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ディルクの出生

 翌日。手紙のせいで緊張もあり、あまり眠れなかったとはいえ目覚めは最悪ではない。


 ニコラはまだ実家でゆっくりしていたようで、それは安心した。


 もしも起きてニコラと顔を合わせていたら、なぜいるのかと聞いてしまう所だった。


 休みのときぐらいは仕事のことは一切忘れて、家族との時間を楽しんで欲しい。


「何かが変わるわけじゃ……ないよね」


 王宮で過ごしていたのが、もうずっと昔のよう。


 何も変わらない外観。もしかしたら恐怖して立ち尽くすかもと心配していたけど、私は堂々と王宮内を歩いている。


 約束の時間よりも早く着いてしまった。応接室にでも通されるかと思えば、貫禄のある侍女が現れ別の場所へと案内される。


 聞いたことがあった。王宮に勤める女性の使用人は皆、同じネックレスをしていると。


 それは証である。王妃の忠実なる下僕であることへの。


 雫型のネックレスで、宝石の色で王妃からの信頼度が一目でわかる。だからこそ彼女達は必死に、それこそ献身的に仕えていた。使用人と言えど、この王宮で後ろ盾があるのとないのでは大きく変わってくる。


 彼女達は努力したのだ。生き残るために。


 その甲斐あって今では全員が同じ色を与えられた。


 滅多に手に入らない高級なお茶を飲みながら、王妃は柔らかい雰囲気で微笑んだ。


 人を警戒させない、むしろ好感を持たせるなんて流石。


 普通の貴族令嬢なら誤って勘違いしてしまう。王妃に好かれていると。


 侍女を下がらせて部屋には二人きり。


 ここにいるのがヘレンだったら「美味しそうですね」なんて言いながら勝手にソファーに座るんでしょうね。そんなマナー違反が許されるのは友達の間柄だけ。


 目上の、ましてや地位が圧倒的上の人間にしていいはずがない。


「座ってアリアナ嬢。楽しくお喋りしましょ」


 お手本のような作り笑い。でも、エドガーほど思惑を隠しきれていない。


 エドガーのお手本となる仮面教師は王妃ダったようね。


 その教師を超えて今では完璧に自身を偽れる。


「失礼致します」


 王妃を前にしても緊張することなく、侯爵令嬢としての立ち振る舞いが気に食わなかったのか眉がピクリと動いた。


 この人は私に粗相でもして欲しかったのかしら。


 もしそうだとしたら、ごめんなさい。私は貴女に臆してる暇はないの。


「私ね。貴女にずっと聞きたいことがあったの」


 静かにカップを置いた。目付きが変わった。


「なぜ私の息子が選ばれなかったのか。納得のいく説明をちょうだい」


 楽しいお喋りなんてのは口実。私を尋問したいだけじゃない。


 正妻の立場は最低限の礼儀を無視し、傲慢な態度で周りを振り回す。


 王妃は私と同じく侯爵家出身。


 権力者同士の結婚に愛があるのはごく稀。王妃は陛下を愛していたでしょうが、陛下は政略結婚と割り切っていた。


「答えなさい。アリアナ・ローズ。“平民混じり”を選んだ理由を」


 これこそがディーが疎まれる絶対的理由。


 私生児。


 それも元は貴族だった家が没落し平民に落ちた不名誉な血筋。


 生まれつき平民と違い、最も蔑まれる存在。


 半分は王族の血が流れていても完璧でないのなら、虐げ見下しても文句は言われない。彼女達の持論。


「まさかと思うけど、あんな卑しい私生児を愛してるなんて、ないわよね?」


 愛?世界で一番嫌いな言葉。


 そんなもののせいで私は死に、大切な人は殺された。


 愛すべき相手を間違えなければ、悲劇は起きない。


 王妃があの男にこだわるのが息子であるのは当然のこと、プライドがそうさせ、自分自身が間違っていないと証明したいだけ。


 私があの男を選び王にすれば、平民である側室も子供も存在する価値すらないのだと。


 あの男が王太子になれば陛下が自分だけを見てくれると。


 ここまで呼びつけたのにお茶の一杯も振る舞うつもりもないらしい。


 あのお茶は好みではないからいいのだけれど。


 意地を張っても、その怒りは私ではなくディーや母親にいく。


 立場の弱い者を攻撃するのは特別珍しいことではないけど、私のせいで理不尽な目に合わせたくはない。


「ディルク殿下はいつも私の気持ちを汲んでくださる素敵な方です」

「そう。貴女には期待していたのにガッカリだわ」


 敵意剥き出しの王妃は冷めたお茶を頭からかけてきた。


 汚れてもいいドレス。張り切ってお洒落もしてない。


 帰ったらシャワーを浴びよう。


 こんな恰好で帰っても心配して訳を聞いてくれるのは二人だけ。


 家族はきっとこう言う。


「みすぼらしい恰好。早く着替えろ」と。


 毛先からポタポタと水滴が落ちる。ハンカチだけでは追いつかない。せめてドレスにだけかけてくれると助かるのに。


 頭からかけるなんて嫌がらせ以外の何者でもない。


「もう帰っていいわよ」


 イタズラが成功したかのように晴れやかな笑顔と声。


 幼稚ね。


「嫌です」


 思い通りになんて動いてはあげないけど。


 血管を浮かび上がらせながら聞き返してくるものだから、今度はハッキリとちゃんと聞こえるように返事をした。


「お断りします」

「私に逆らうつもり!!?」


 振り上げた手は勢いよく頬をぶった。


 指輪をしていない手で幸いだ。常識には欠けているけど、そこまで非常識というわけでもなかった。


 ただ……やはり王妃はあの男の母親。


 私を傷モノにでもしてしまえば、それを口実にあの男と婚約が結べたというのに。


 ──惜しいことをしましたね。王妃様。


 本当に怪我をさせられたのならまた一つ、あの男を拒絶する理由に使うだけ。


 例え王妃でも意味もなく暴力を振るうお方をお義母様とは呼べない。


 私の相手をしてくれたからてっきり知っているかと思ったけど、今のでハッキリと確信した。

 “王妃は何も知らない”


 どう反撃しようか悩んでいると、汗だくの侍従がノックもなしに扉を開けた。その勢いが強すぎて同時に入り口を見た。


 女性の部屋に無断で足を踏み入れるなんて許されない。ましてや王妃のお茶会の最中に。


 王妃が怒鳴りつける前に侍従が私の異変に気付いた。


「王妃様!!いくら貴女様でも陛下のお客様にこのようなこと……!!」

「陛下の……?何を言っているの。この子は」

「はい。本日は国王陛下に呼ばれ参上した次第でございます」


 私が直接言うよりも効果があった。


 人の顔があんなにも青ざめるなんて。王宮医を呼んだほうがいいんじゃないかと心配になるぐらい血の気が引いている。


 先程の無礼を撤回するように必死に取り繕う姿は滑稽。


 ディーに会いに来たと勘違いした王妃は私をここに足止めするつもりだった。


 クラウス様から届けられた手紙を王妃に見せると、事が思い通りに運ばない子供のように癇癪を起こした。ティーセットを床に叩きつけるほどご乱心。


「アリアナ様。着替えをすぐにお持ちします」

「いえ。このままで結構です。陛下をお待たせするわけにはいきませんので」


 王妃付きの侍女が私を連れて行ったのなら、居場所は限られる。


 王宮では王妃が派閥をきかせてるわけではないのか。陛下は王妃のやることに口を出さないはずなのに今回は私を探してくれていた?


 息子の婚約者だから?それとも単なる気まぐれ?


 今回のことは嫌でも陛下の耳に入る。厳重注意だけで済めばいいほうだ。


 ドレスのシミはそういう柄ということにして、髪はタオルで拭けばいい。


 一国の王に会う恰好ではないと知りながも、手紙にはかしこまらなくていいと綴られていたので、無礼とわかっていながらも今回だけは鵜呑みにする。


 幻滅されることを恐れる王妃は放心状態のまま動かなくなってしまった。


 侍従に案内された部屋は、他の部屋と扉が違う。特別感が漂う。


 一歩、足を踏み入れると違和感。クラウス様の結界の中にいるみたい。


 私の恰好を見た陛下は目を見開き立ち上がった。


 何かあったと察してくれた陛下は即座に頭を下げようとしてくれたけど、謝罪をされる程ではない。


 謝罪を受け入れてもらえなかったことに陛下の表情は暗くなった。


 王妃のしたことで陛下が謝るのは筋違い。王妃が謝罪してくれるとは思わないけど、ここは非公式の場。ちょっとぐらい私の意見を言っても罰は当たらない。


 手紙でもいいからと王妃からの謝罪を求めると、目を合わせることなく必ず謝罪をさせると約束した。


 陛下のこの様子からして、王妃本人からの謝罪は期待するだけ無駄。侍女か誰かが手紙の代筆でもするのだろう。


 王妃の性格を考えれば簡単に想像がつく。陛下も大変だな。


 政略結婚とはいえ、あんな人を妻に迎えなくてはならなかったなんて。

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