プレゼント返し
「ヘレンに何を言ったの?」
あの後すぐにヘレンは顔を真っ赤にしながら何も言わず出て行った。
負け惜しみではないけど、一言くらい何かあるかなと思っていたのに。
「何も」
とぼけるシャロンはグラスを手に取りジュースを一口飲んだ。
──これじゃ聞いても教えてくれなさそうね。
自分からあんなにアッサリと引き下がるなんて、らしくない。
会話の流れから察するに、二人の密会のこと、かな?
いえ、どうでもいいわ。そんなこと。
出て行ってくれたのならそれでいい。今日はセツナちゃんを祝うための集まり。
主役の座を奪おうとするヘレンはお呼びではない。
カストとハンネスはすぐさま追いかけて、お父様は公衆の面前でシャロンを怒鳴り散らそうとしていた。
体裁一番のお父様は注がれる無数の視線に気付いて、小物感溢れる睨みをきかせて出て行く。
睨まれたシャロンは特に気にする様子はない。
気にするだけ損。無視が正解。
エドガーも一人で取り残される勇気はなく、良い人を演じながら下手な噂が流れないよう好印象を与えた。
「大切なパーティーを邪魔して、本当に申し訳なかった。後日、お詫びも兼ねてプレゼントを贈らさてもらえないだろうか」
「第二王子殿下。お気持ちは嬉しいですが、そこまでしてもらう義理はございません。妹、セツナへのお言葉を頂くだけで充分です」
「そうか。でしゃばった真似をしてすまない。誕生日おめでとう」
セツナちゃんとエドガーに面識はなく、何ならロベリア家とエドガーの交流もほとんどない。
そのため、この誕生日パーティーの招待状は送られていなかった。
悲劇はまさにそこ。
セツナちゃんの誕生日パーティーに呼ばれなかったために、ヘレンに招待され恥をかかされて可哀想だと、所々で聞こえる。
私からしたら可哀想でも何でもない。
この程度の恥で同情してもらえるなんて羨ましい限り。
可愛い我が身を守ることだけは忘れずに、素早く仮面を付け替える。王太子になるために必死で考え会得した技術。
全部わかっていたのよね。勉強も剣術も、あらゆる分野でディーに勝てないと。
家庭教師もいない。いつ殺されるかもしれない毎日に怯えながら暮らしていた弱い兄に劣っていると認めたくなくて、何か一つだけでも勝てる要素が欲しかった。
それが“人徳”だった。
王族なのに威張らない。親しみやすくて気兼ねなく話せる。階級差別もしない。
エドガーが作り上げた人格者は既にディーが手にしていたと気付いたのはアカデミー入学してすぐだった。
ディーの立場は王族としてかなり弱いにも関わらず損得勘定なしの友達は多い。
頑張れば頑張るほど見下してきたディーが越えられない壁になっていく。
そのストレスは段々と溜まっていき、国民の目が届かない王宮内で発散されている。
何をしているのかは嫌でも想像がつくため、私は昔も今も知らないふりをする。
昔はそうすることが正しくて、エドガーに心の余裕が生まれるなら仕方のないことだと思っていた。
今は……エドガーの味方をする王宮の人間がどんな目に合わされようと興味がない。貴方達が甘やかした結果なのだから、きちんと受け止めるべき。
悪くなった空気を仕切り直して、自慢の料理長の料理を食べてもらう。
変ね。主役はセツナちゃんでメインはケーキのはずなのに、アップルパイに一番力を入れて作られている。
──美味しい。美味しいんだけどね。
まぁ、みんな美味しく食べてくれてるから私も気にしないことに……いや。シャロンだけ、なんで?って顔してる。簡単には騙されてはくれない。別に騙すつもりはないんだけど。
「ローズ家のシェフは腕が良いんですね。こんなに美味しいアップルパイは初めてだ」
小公爵に褒められると悪い気がしない。
料理長達も多くの人に褒められ自信を取り戻しつつある。
実際に料理を口にすれば私の言い分が正しかったと改めて認めてくれた。
声に出すことはしなくても、侯爵令嬢になったと勘違いしたヘレンが立場も弁えず横暴に振舞っていたのだと誰もが思う。
ここに集まったのが賢い人でよかった。
あの子は居候の子爵令嬢。身分を忘れた図々しい子。私は庇ったりしないから、どうか、貴女達の目で見て耳で聞いた真実をこの場にいない人に教えてあげて。
ヘレン・ジーナという人間を。
誕生会は無事に終わった。
一人一人見送っているとセツナちゃんがドレスの裾を引っ張った。
「どうしたの?」
しゃがんで目線を合わせると背中に隠すように持っていた紙で作られた枯れることのない青い花を差し出した。
「今日はありがとう。アリアナお姉ちゃん」
──か…可愛い。
苦しいくらい抱きしめたかったけど、未来の貴族令嬢の見本として、そんなはしたない真似をするわけにはいかなかった。
ニコラね。こんな演出をするなんて。
祝われるべき相手からプレゼントを貰うのは初めて。
「こちらこそありがとうございます。こんな立派な物を頂いて」
「今度はもっと上手に作るから、また貰ってね」
可愛いを通り越して尊い。
照れたようにはにかむセツナちゃんを力の限り抱きしめたい。
「お待ちしております」と堅苦しく返すのではなく、「待ってるね」と小指を絡めた。
具体的な日時なんて決めずに、明日か明後日か。一年後か十年後か。
近いか遠いかもわらかない未来の約束。それを守るためにも私は負けるわけにいはいかない。
セツナちゃんを家に送るニコラに今日は絶対に戻ってこないでと命令した。
去年までは身分を隠していたから仕方ないけど、今年からはそういうわけにはいかない。家族を愛するなら、家族との時間は私以上に大切にして欲しい。
ここにいるのは侍女ニコラではなく、ニコラ・ロベリア公爵令嬢なのだから。
たった一日でも私の侍女でいられないことを悔しそうに唇を噛み締めて俯くニコラの手を包み込んだ。
「私のことはいいから。セツナちゃんと過ごしてあげて」
「一日だけ……。お嬢様のお傍を離れます。ありがとうございます、お嬢様」
セツナちゃんと一緒に馬車に乗り込むニコラの背中を見つめ、場所が見えなくなるまでその場から一歩も動かなかった。
ねぇニコラ。貴女は私の侍女だけど、ニコラ・ロベリアでもあるのよ。それだけは変わらない事実。
私だけでなく、離れていても愛してる家族を時には優先して欲しい。
貴女は何も心配せず、これまで通りに過ごせばいい。二度も殺させはしないわ。
「顔が怖いですよ。アリアナ様?」
下から覗き込んできたシャロンはクスリと笑った。
「ちょっと考え事してて。って、そんな堅苦しい呼び方はやめてよ」
親友のシャロンから他人行儀にされたら悲しい。
縮まった距離が開いたようで、無性に寂しいと感じてしまう。
「はいはい。ごめんごめん。あまり無茶はしないでね。私達はアリーに完璧を求めてるわけじゃないんだから。一人で抱え込むのは禁止。わかった?」
そうだ。シャロンはいつだって私の緊張の糸を解してくれる。
前世でも何度、私は完璧じゃなくていいと言ってくれていたのだろう。
もしもあのとき、シャロンの言葉をしっかりと聞いていたら……。
過ぎて、終わったことを嘆いてる暇はない。
「ええ。わかったわ」
頷くと、シャロンから笑顔が消えて水色の瞳が揺れることなく真っ直ぐに私を捉えた。
「嫌な役目は全部、私が引き受けるからアリーは自分のやるべきことに集中していればいいのよ」
私が男だったら何百回とプロポーズをしてでも生涯添い遂げたい。
私の親友がイケメンすぎてディーが霞んでしまう。