公爵家が支持するのは
ヘレンが決断し、何かを言いかけた瞬間、空気の読めない最後の一人が登場。
──どちらを選んだのか答え合わせをしたかったのに。
ヘレンの性格からして、主役を乗っ取られたと泣きながら被害者ぶる。
カストとハンネスは悲劇のヒロインとなったヘレンを慰めるナイト気取り。
茶番劇を通り越した愚行。
それらを見せられる彼女達はたまったもんじゃない。
お金を払ってでもやめてと言いたくなる。
ヘレンの言葉が戯れ言で、全くの嘘であるということはここにいる全員が証人。
「これは一体……?」
ピンクの花束を持ったエドガーがお父様に案内されてきた。
数分前のヘレンと同じく、呆けた顔。
余程のバカではない二人も察した。
エドガーにはしっかりと招待状を出したのね。
それとも直接お誘いしたのかしら。甘えた声と仕草で。
どっちでもいいことだけど。
で、この空気、どうすればいいの。
「遅れて申し訳ない」
空気をリセットするように爽やかに入ってきたのは小公爵。
ニコラの希望で彼には招待状は送っていなかったはず。
私も口を滑らせていない。
今日のことをどこで嗅ぎ付けてきたのかとニコラが怒りを表している。
笑顔を崩さないのは、これ以上セツナちゃんの誕生会を壊したくないから。
よく我慢してる。不満は飲み込んでいるけどお互いに心の中で会話していた。
長年、傍にいたからちょっとした表情で考えが読めたりもするものだ。
声をかけたくても邪魔をしてはいけない雰囲気に、誰もが二人に遠慮している。
小公爵も悪びれることなくセツナちゃんにプレゼントを渡す。仲は良いはずなのに二人の関係に今、ヒビが入った気がした。
外堀から埋めていく作戦を見抜かれてる。ニコラからしたら大切な家族を利用されてるみたいで許せないのかも。
離れていても、娘と名乗れなくてもロベリア家がずっとニコラを想っていたのと同じぐらい、ニコラも家族を愛していた。
小公爵に悪気がないからこそニコラも本気で怒れないでいる。
「それとディルク殿下。この様な場で申し訳ないのですが」
──あれは……。
アルファン家は昔から味方となる者には自身の髪色と同じ緑色のブローチを渡すと聞く。
それをエドガーの前でディーに渡すということはアルファン公爵家はディーを支持すると表明した。
代々、王家に仕えてきた彼らはエドガーを支持すると誰もが思っている。エドガー自身もきっと。
私でさえ、そう信じて疑わなかった。
前世では二大公爵家はどちらの王子につくことはなかったけど。
アルファン公爵家はずっと陛下にだけ尽くし、忠誠を誓っていた。
──それなのになぜ?
突然すぎる出来事に驚く者がほとんど。
ニコラだけが小公爵の行動を理解している。
「なぜ」と問いたい気持ちを抑えて深く深呼吸していた。
ディーにとって悪い申し出ではないし受け入れて損はない。
小公爵がこのタイミングを選んだのは注目を集める場として最適だったから。
大きくて貴族全員参加のパーティーはあと一回だけ。そこでの表明では”遅すぎる”と判断した。
エドガーはどうするかしら。贈り主を間違えてないかと問いただすか、現実を受け止めるか。
せっかくの花束を握り潰してしまいそうなほど手に力が入りすぎている。
あらあら。ヘレンのための花をぞんざいに扱うなんて。
公爵家の支持を得るために涙ぐましい努力をしていたのに選んでもらえなくて可哀想。
自然と口角が上がってしまうのに、みんなの視線の先にいるのはディー。
小公爵からのプレゼントを受け取るのか見守る。
ただ一人、エドガーだけは受け取るなと強い念を送っていた。
心の中でどんな悪態をついているのか手に取るようにわかってしまう。
「ありがとう。小公爵」
チラッとエドガーを見たあとに、落とさないよう両手で受け取る。
これでディーにも後ろ盾が出来た。
エドガーはどんな気分なのだろうか。
自分が手にするはずだったものを次々と目の前で奪われていくのは。
全て夢だと言い聞かせて精神を落ち着かせようとしてるみたいだけど残念ね。
これは現実よ。
「我々二大公爵家は殿下に忠誠を誓うと、お約束しましょう」
エドガーの考えを見抜いた小公爵も、これが現実であると突きつけた。
「とても心強いな。でもいいのかい。ロベリア家まで」
勝手に代弁されたニコラに心配そうに視線を送る。
「アリアナ様が選んだ殿方ですから。私達はこれでも見る目があるんですよ?ディルク殿下」
小公爵の先走りじゃなかったことに安堵の息をついた。
こうして他人を思いやれるディーは本当に優しい人。
これがエドガーなら、自分のために尽くすのは当たり前だと、本音を抱きつつも薄っぺらい感謝を述べるだけ。
「なるほど。それじゃあ小公爵。一つお願いしたいことがあるんだけど」
「何なりと」
「ボニート令嬢」
「申し訳ありませんが私にはお答えすることが出来ません」
言い終えてもないのに名前を聞いた途端に爽やかな笑顔で丁重なお断り。
誓った忠誠を覆すのが早い。小公爵は個人的な弱みでも握られているのかしら。そうでなければその態度の説明がつかない。
「私にも発言の許可を頂けますか」
王子と次期公爵が揃って伯爵令嬢の声に肩をビクつかせる。
冷や汗をかきながらディーは許可を出した。
影の支配者っぽくてカッコ良いじゃないの。
そんなに警戒しなくてもこんな大勢の前で秘密を暴露するほど性根は腐っていない。
隠しておきたい秘密を知られてしまっているのなら気が気じゃないはず。その心理を利用して高貴な二人で遊ぶなんて。
シャロン。貴女って本当に……最高の親友だわ。




