ある晴れた日の出来事【sideなし】
その日は晴れていた。目を細めてしまうほど眩しい日差し。
朝起きて、カーテンの隙間から差し込む光のおかげで快適な目覚め。
ヘレンは浮かれていた。とてもいい気分だった。
ここ最近、アリアナが変わったと思ったのは勘違いで、アリアナはちゃんと自分のことを思ってくれていると信じ込んでいる。
華やかな青いドレスに身を包み、鏡の前でくるりと回った。専属侍女は手を叩きながら「似合う」や「世界一可憐」などとヘレンを褒めた。
満足そうに微笑んでいると三回のノックと共に、いつもより着飾ったカストとハンネスがヘレンを呼びに来る。
背景には花でも描かれそうなほど美形オーラが辺りを包んだ。
整った顔立ちの人間は黙っているだけで女性を虜にしてしまう。
麗しの二人を間近で見られたことに、侍女は頬を赤らめうっとりしていた。
服装だけでこんなにも雰囲気が変わってしまうのだから、ローズ家で働く侍女やメイドの目は潤い続けている。
家族の次に特別な姿を目にするのは、ローズ家で働く彼女達の特権。
「早く行こう。みんな待ってる」
エスコートのために差し出された手に手を重ねた。
天真爛漫なヘレンが転ばないように、二人の男はしっかりと手を繋ぐ。
三人が並ぶと益々美しい世界へと変わる。
今日は年に一度の誕生日。アカデミーに親しい友人は作れなかったがアリアナが自分の友達を招待してくれている。
毎年のことだ。
朝から馬車の出入りが多く、中にはヘレンを笑った令嬢の姿もあった。
先日、アリアナが買いに行ったプレゼントが今日、大勢の前で手渡されると考えるだけで優越感に浸る。
アリアナは変わってなどいなかった。そうでなければ三日前から内緒でパーティーの準備などするはずがない。
使用人を通して、準備をしていたことはわかっていた。
当日のお楽しみということで、敢えて本人には何も聞かず知らないふりをしていた。
──あぁ、私ってなんて、気の利く女の子なんだろう。
自画自賛。自惚れ。
今のヘレンをなんと表現するべきか。
センスの良いアリアナがくれる物はドレスか宝石か。ヘレンの楽しみはとまらない。
「あの人いる?ほら、ボニート令嬢」
「いたな、確か」
「そんなぁ。せっかくのいい気分が台無しになっちゃう」
何かとつけて張り合い、アリアナとの仲を引き裂こうとするシャロンに不快感を示す。
親友と認められてから不必要にヘレンを追い込む。
大勢の前でわざと笑い者にしたり、孤立させるようなことを言っては陰で嘲笑っているに違いない。
悪役令嬢が身近に実在していたことに身の危険を感じて、いじめられていると勇気を出したのに……。
──アリアナは信じてくれないんだもん。
ヘレン自身も誇張していたかもと思うところはあったが、それに近い扱いを受けたのも事実。
昔から困ったことがあればアリアナが解決してくれた。いつだって一番にヘレンを思っていた。
──アリアナの一番は私じゃなくちゃいけないのよ。
「やだなぁ。あんな人に祝ってもらいたくない」
いじけたように唇を尖らせる。
二人の相性の悪さを間近で見てきたのだから、招待しなければいいのにと愚痴をこぼす。
「はは。なら追い返せばいいさ。今日の主役はヘレンなんだからな」
ヘレンを慰めるようにカストが口を開く。
「そうよね!それにたかが伯爵のプレゼントなんてその程度の物に決まってるし。ねぇカストお兄様。私はいつになったら侯爵令嬢になれるの?」
「今日でもいいだろ。父上には後で報告すればいいし」
「そうだな。誕生日プレゼントは多くても困らないだろう?」
ハンネスの思い付きにカストは大きく頷く。
今日という記念すべき日をもっと特別にする。
「ほんと?やったぁ!カストお兄様とハンネスお兄様。大好きよ」
浮かれるヘレン。全てが手に入ったかのように足取りは軽くなる。
その一歩一歩が新たなる破滅へと向かっているとも知らずに……。
到着した部屋の前で、最後にカストとハンネスに確認した。ドレスが似合っているかと。
自分が褒められるのは嬉しいものだ。何回聞いても気分が良い。
このドレスはアリアナとお揃いの色。祝いに来てくれた全員に見せつけるためだけに用意した。
口では冷たく突き放してもアリアナはヘレンを大切にしているのだとシャロンにわからせることが目的。
緊張はしていない。今日、ヘレン・ジーナはヘレン・ローズになる。
約束されたその未来が心を踊らせる。
侯爵令嬢になれば誰にも文句を言われることなくアリアナの傍にいられるのだ。
──私を下に見てきた連中を跪かせてあげるんだから。
手始めに生意気な伯爵令嬢に、これまで与えられた苦痛を返す。
泣いて許しを乞いたとしても許しはしない。
傷ついた心は、同じように傷つけなければ癒せないのだ。
階級が上がるということは発言力が変わる。ヘレンの言葉はアリアナと同じぐらいの力を持つ。
下の者が上の者に逆らうなんて以ての外。
つまり!必然的にヘレンはシャロンの上に立つということ。
綻ぶ顔を引き締めて、閉ざされた一枚の扉を開けた。