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感じたことのない胸の痛み

 シャロンが早退して不安な気持ちはあったけどディーが傍にいてくれるだけで安心する。心の拠り所みたいに、私を支えてくれるんだ。


 昼休みには空き教室でお弁当を食べることになった。


 食堂や中庭だと人が多すぎる。


 アカデミー内は基本、どこも出入り自由になっているため、お気に入りの場所でのんびりご飯が食べられる。


 カルの機転のおかげでエドガーはヘレンと取り残された。カルはエドガーを快く思っていないから、なるべくディーに近づけたくないらしい。


 王宮では向こうから距離を取ってくれるけど、人目の多いアカデミーでわざとディーを無下に扱えば評判が下がる。


 保身のために上辺だけ仲良くしようとしてくることが気に食わない。


 クラウス様は女子生徒に囲まれたまま食堂へと連れて行かれた。助けて欲しそうだったけど、交流を深めればいいとディーに見放された。


 小公爵は友人と食事を摂ると言っていたけど、私の机に黒い花を置いた彼よね。


 小公爵もまた誠実な人。きっと彼と、有意義な話し合いをしてくれる。


 昨夜の恋文の返事を渡すとまるで乙女のように顔を赤らめた。ハンカチに包んで大切にしまおうとするから「読まないの?」と聞く。


 ネジの壊れたオモチャのようにぎこちなく首が動き、誤魔化すように窓の外の何もない空を見上げた。


 ディーから貰った恋文の綴られた文字は震えていた。私のことを想いながら一生懸命書いてくれたんだ。それにしても緊張しすぎだわ。あんなにも字に表れるなんて。


 愛されているのを実感する。


 ディーの望みは王位に就くことよりも私に愛されること。それだけは私にも叶えられない。


 他人の愛し方なんてとうに忘れた。


 小公爵のことをすっかり気にしなくなったディーはワクワクしている。早く時間が進めって顔してる。封を切って中身を読めばいいのに。


 そんなに期待されても特別なことなんて書いてない。形式な返事しか書かなかったことを、ちょっとだけ後悔した。



 それが昼休みの出来事。




 放課後にはプレゼント選びを手伝って欲しいと数人の友達に頼むと、私に声をかけようとしていたヘレンはそのまま素通り。


 自分宛だって勘違いしてるようだけど、教えてあげる義理はない。聞かれてもないし。


 エドガーは小公爵を味方にしようと高級店に誘う。それがまたスマートで、癪だけど勉強になる。猫を被る(すべ)はエドガーの十八番。右に出る者はいない。下心しかない本心を上手く隠す。


 ディーと帰れないのは寂しいけど…………ん?寂しい?胸が少し、ほんの少しだけキュウと締め付けられる。


 今晩からディーと手紙の交換、文通を始めることになった。クラウス様が転移魔法を施した特別な魔道具を婚約のお祝いにくれたらしく、それを使えば一秒とかからず届けられる。


 秘密のやり取りをするのにうってつけ。流石に生命体は無理だと忠告も受けている。


 ──鳥でも贈ろうとしたのかしら。


 街には似たような店が並んでいるのに売っている物はまるで違う。


 いつもは贔屓の店でしか買わないけど、シャロンと下町の店を回ってみようかな。今度誘ってみよう。


 普段ならシャロンが隣にいてくれるのに、今日はいない。私はいつの間にかシャロンと一緒にいることを当たり前のように思っていた。


 店は子供から大人向けまで、多種多様で見てるだけでも楽しい。


 このハンカチならニコラ達も気兼ねなく受け取ってくれるはず。これは私を慕ってくれる使用人だけのご褒美。


 アドバイスをもらいながら“合う”プレゼントを買えた。メッセージカードも添えて、あとは当日まで部屋で保管しておかないと。


 家に帰るといつもの茶番劇はなかった。ヘレンの心が傷つけられた日は必ずカストと二人で見るに堪えない安い同情劇を演じていたのに。


 あれが無意味だとわかってくれたのなら進歩した。


 それにしても何かが変。出迎えて欲しいわけではないけど、一人も顔を見せないなんて。


「お嬢様。侯爵様が至急、応接室に来るようとのことですがいかがなさいますか」


 ヨゼフが緊張するほどの大物が来客中。エドガーではないはず。昔からヨゼフはあまりエドガーを良く思っていなかった。きっとエドガーの心を見透かしていたのね。


 私を利用していることもヘレンに気があることも。それでも私の友人としてもてなしてくれた。


 この時期に尋ねて来る人か。例のティーカップのお方はまだ来てなかった。記憶違いなんてあるはずないし、些細な出来事でさえ過去が変わっている?私にとって追い風となるなら文句はない。


 逆風となり私の足を止めることはまずないだろうけど……。シャロンに調べてもらうにも、優しさに甘えてばかりではいけない。


 私はシャロンを利用したくて親友だと言ったわけじゃない。複雑な過去を暴こうとしているわけでもないし、調べる対象の素性もわかっている。シャロンの手を煩わせることもない。


 だとすると誰が……。ヨゼフは誰が尋ねて来ても平常心を崩さない。


 ──例外がいた。ブランシュ辺境伯だ。


 だとしたらマズい。今はまだ会わせる時期じゃない。


 私を呼びつけたってことは、そこに意味がある。ブランシュ辺境伯を紹介してもらったことは前世から今日まで一度もない。


 百%ブランシュ辺境伯ではないと言い切れない。もし、そうだったとしたら事情を説明して……無理ね。会ってしまってる時点で手遅れ。


 お母様と噂でしか知り得てないけれどブランシュ辺境伯を怒らせると軍隊でも勝てないと聞く。


 千の兵を無傷でなぎ倒し、振り払い、屍の上に君臨する。


 噂が尾ひれをつけて拡張されただけだとしても、それに近い実力があることは間違いない。


 孫の言葉に耳を傾けてくれても、何もしないとも限らない。せっかく彼らにピッタリな復讐の方法を思いついたというのに実行に移せないまま終わるのは納得いかなかった。


 けど、ブランシュ家はお母様の生まれ育った実家。事前連絡もなく訪問するなんて考えられない。


「ヨゼフ。誰が来たの?」

「それが……」


 それはとても予想だにしていなかった人物。


「嘘でしょ」


 なんて聞いてはみたもののヨゼフがそんな嘘をつくはずがない。


 私が帰ってくるのを待ってたの?ずっと?


 それならこれ以上待たせるわけにはいかない。


 着替えることなく制服のまま向かうと、揃いも揃って大の大人が娘と同じ子供に媚びへつらう姿は情けなかった。


 ヘレンの愛嬌も今日に限っては発揮されない。


 それもそのはず。アカデミーであんな失態を犯して、俯いたままこの場をやり過ごそうとしている。

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