#5
対面までの時間が迫ってきた。
エドガーを前にして私は冷静でいられるだろうか。
室内にいても息が詰まるだけ。気持ちを落ち着かせたくて庭に出ると銀色の髪をした青年が花を眺めていた。
顎に手を当てながら見入っていた。
あれは間違いない。第一王子のディルク。
彼の噂は一度だけ耳にしたことがある。
ディルクが私に恋焦がれていると。
それはただの噂だった。誰が発信源かもわからない眉唾物。
そんな素振りはなかったし私とエドガーの婚約を心から祝福してくれた。義兄として力になると言ってくれたし、例え一瞬だろうと私と二人きりにならないよう配慮もしてくれた。
下心も本当になかった。
「道に迷われてしまったのですか?」
「いいや。花があまりにも美しかったので見とれていました」
「これはお母様が手塩にかけて育てたんです」
ヘレンのために。
ピンクや黄色といった鮮やかな色が好みのヘレンに合わせて咲く花。
この家の至る所がヘレンのため。
「僕はてっきりヘレン嬢が植えたのだと思いました」
「なぜですか?」
「だってアリアナ嬢の好きな青い花が一輪もないので」
私が青い花を好きだと知っているのはニコラと執事長だけ。友人はおろか家族にだって話したことはない。
話したところで意味がないから。私の好きな物なんて誰も興味がない。
「これは抜け駆けではありません。純粋にアリアナ嬢に似合うと思い買った物です」
はにかみながら伸びてきた手は、私の胸に青いブローチを付けた。
捉えようによっては賄賂。普通なら受け取るべきてはないのだろうけど、王族からのプレゼントを断るなんて恐れ多い。
ディルクが私を好きという噂は本当かもしれない。彼の手は震え耳まで真っ赤。
目が合うと徐々に顔も赤くなる。
こんな感情が出る人だったの?
髪の色と同じ銀色の瞳は揺れていた。
「殿下は私が好きなのですか?」
聞いてしまった。
我ながら愚かな質問。
驚いたディルクは「違う」と否定しようと口を開くものの、すぐに閉じた。
目を伏せて、気持ちの整理がついてら目を開けて堂々と言い切った。
「はい。だからこそ僕はアリアナ嬢の婚約者になりたいと心から思っています」
こんな私のどこを好きになってくれたのだろうか。
家門に恥じないよう勉強を怠ったことはない。アカデミーでは常にトップをキープ。交友関係も利益のある人を中心に選び、誰にでも分け隔てなく接してきた。
いつだったかエドガーに言われた。私はつまらないと。そんなつまらない私を愛してると。
本当に愛していたのは愛嬌があるヘレンだったのに。
つまらない私を好いてくれるなんて、そんな……あるわけがないのに。
「殿下は王になりたいのですか?」
「まさか。考えたこともありません。ただ、アリアナ嬢が王妃になりたいのなら僕は王になります」
「おかしな方ですね。私のために王になるなんて」
「本当です。本当に……本気です」
本気だ。目を見ればわかる。
多分ディルクは私が頼めば人を殺せる。何も聞かずに私のために。
最初はエドガーを選んでそこから復讐していくつもりだったけど、こんなにも誠実な彼を選ばない理由があるのかしら。
「ディルク殿下。素敵なブローチをありがとうございます」
「気に入ってもらえたなら良かったです。そろそろ時間ですね。行きましょう」