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都合の悪い捏造された記憶

 ここにウォン卿はいない。私に触れてもお咎めがないと思ってるのなら甘い。


 私が報告すれば言い訳をする間もなく地下牢に閉じ込められる。


 可哀想な自分を演じるヘレンの儚さはいつ見ても一級品。脳内お花畑なのに随分と計算高い。


 その能力を勉強や人間関係に使ってくれれば私の負担は減るのに。ヘレンは興味のないことに才能を使えない。


 気持ちはわからないでもないんだけど。


 人は自分の好きなことには熱中するものだから。


 だからといって何もしないのとは違う。


 ヘレンは努力する姿勢すら見せない。例え嘘でも、その姿を一度でも目にしていればヘレンに対する私の評価は変わっていたかもしれない。


 反応を示さない私を見上げるヘレンの目は潤んでいた。


 騙されていた頃は、本当にヘレンを助けたい気持ちでいっぱいだった。


 私の全てを懸けてでも。


 勘違いしている哀れなヘレンをどうするべきか。


 助ける義理はない。犯罪者の肩を持って私の評価を下げるなんてごめんだ。


 突き放そうと口を開くと、この場を引っ掻き回したほうが面白くなるのでは?と思った。


 先に仕掛けたのがそっち。私はただ迎え撃っているだけにすぎない。


 ヘレンを引き剥がして、いかにも味方と思わせる笑顔を作った。


「ねぇヘレン。シャロンにいじめられたって本当?」

「……………………え?」


 長い間の後、恐怖に顔が歪んだ。


「その話は今は…いいかな」

「ダメよ!だって貴女はお父様の親友の娘なんだから。だから勇気を出して教えて。シャロンに一体いつ、どこで、どんな風にいじめられたのかを」


 周りに聞こえるように声を張った。


 シャロンの眉がピクリと動く。カルも顔をしかめている。


 女子生徒達は「どういうことかしら?」「ありえませんわ」などと、小声ではあるものの、しっかりと声が届く声量でヘレンを責め立てる。


 ごめんなさいシャロン。唯一の親友を傷つけるようなことをして。


 教室に入る前シャロンには空気を悪くするとだけ伝えておいた。


 ただそれはシャロンを傷つけるつもりではなく、ヘレンの立場を悪くするためのもの。神に誓ってシャロンを傷付けるつもりはなかった。


 本当はシャロンに援護して欲しくて事前に伝えたのに、だった一人の親友を騙す形になって心が痛い。


 シャロンの大好物であるタルトを買って、後で謝らないと。


 去年の夏頃に、新メニューとして食堂に追加されていたはず。


 アカデミーの食堂で出るスイーツは甘さが控えめだからシャロンも気に入っていた。


 潤んだ瞳から絶望の色が滲み出る。必死に何かを訴えてくる表情だけど、言葉にしてくれないと伝わってこない。


 説明も言い訳もしないヘレンへの風当たりは強い。


 怯えて黙り込むだけでは何も解決しないのよ。


 貴女が何を言おうとも守ってあげるわ。私の親友、シャロンを。


 いつまでたっても戻ってこない私を待つのを止めたエドガーが遅れて来た。ただならぬ雰囲気に教室の外から傍観する。


 ヘレンは自分のことで頭がいっぱいで視野が狭まっている。エドガーに気付く気配もない。


 王族ならこういう場面に出くわしたら、事が大きくなる前に沈静化するのが普通。


 黙って見ているだけなら名ばかりの王子でしかない。


 シャロンは私を下がらせてヘレンを向かい合う。身長差もありシャロンが見下ろす形となる。


 シャロンからの圧に後ろにいる私に視線を定めた。


 ──助けを求められてもな。


 ここでシャロンを押し退けて前に出たら、私がシャロンに嫌われるかもしれない。


 親友に嫌われたら立ち直れないだろう。


 きっとヘレンならこの気持ち、分かってくれるはず。


 ヘレンがエドガーに嫌われたら生きていけないのと同じぐらい、私にとってシャロンはとても大切な人。


 でもねヘレン。貴女の愛してる男はとてもズルい男なのよ。


 今だって面倒事に巻き込まれたくないから、事態の収拾を私にさせようと瞬きもしないで見てくる。


 助けたいなら人任せにせず自分で助けてあげればいいじゃない。ヘレンだって私よりエドガーに助けて欲しいと願ってるわ。


 その足を一歩、教室に踏み入れるだけでいいのに、逆に一歩下がる。


「私がジーナ令嬢をいじめた?そんな記憶はないんだけど、詳しく教えてくれる?そしたら思い出すかもしれないから」

「それは、だから……その」

「まぁ…!ヘレンったら、もしかしてまた、嘘をついたの?」


 “また”を強調し、慌てて口を閉じた。


 意図を汲んでくれたのはカル。


「まさか馬車のことを……」とボヤいては疑いの眼差しを向けた。


 あの日のお茶会のことは多くに広まり、知らぬ人はいない。


 みっともない醜態を晒す前にアカデミーを辞めるのが得策だけど、ヘレンはそこまでか弱くなかった。


 困った素振りをすれば周りが助けてくれると信じきっている。そういう世界でしか生きてこなかったヘレンからすれば、自分は守られて当然の存在。


 尽くされることが普通だと思い込む。


「あれはカストお兄様が勝手に……!!」

「正式に養女になったわけでもないのにお兄様ですって」

「あんなのがアリアナ様と暮らしているなんて不幸ですわ」

「やめないかっ!!」


 ようやく助けた。愛しい彼女が、あんなの呼ばわりされて怒るのは当然。


 そのまま、みんなの前で化けの皮が剥がれてくれるといいんだけど、それは欲張りすぎね。


「寄って集って一人を攻撃するのは淑女としてあるまじき行為だ。それとヘレン。ボニート令嬢のことは誤解なんだろ?」


 すかさず助け舟を出した。


「そ、そうです!誤解なんです」


 その舟に必死にしがみつく。そんなんで助かるなんて思わないで。


「じゃあ誰にいじめられていたの?」


 と、そこに運良く先生が入ってきた。授業が始まれば逃げられるなんて甘いわ。


 貴女はシャロンを陥れようとした。絶対に許さない。


 先生はヘレンが責められていることだけがわかり、何があったのかを聞いた。


 ヘレンは自分だけが被害者で、可哀想でしょう?と、演技アピールするのに必死で喋ろうとはしない。


 エドガーに任せたらこちらにだけ非があるようなことを言うに違いない。


 私が事情を説明した。私の思い通りにさせまいと、一歩前に出た。


 その行動を今ではなく、ほんの数分前に取っていれば良かったものを。


 いつからいたかもわからないエドガーに口を挟まれたくないと言えば、周りの人達も戸惑いながらに頷いてくれる。


 ──傍観者でいたからバチが当たったのよ。


 納得してくれた先生は授業を遅らせてくれた。


 日頃の行いから大人からの信頼度は高い。これで時間気にせずゆっくりと話し合える。


 もし本当にいじめがあったとしたら授業どころではない。


 教え導く教師が見て見ぬふりをしていいはずもなく、公平な立場から双方の意見を聞いてくれる。


 身分に惑わされず、どちらか一方を悪だと決めつけない先生の姿勢は尊敬しかない。


 まだ日の浅い教師や、ゴマをすって教員から王宮管理職を狙う大人も一人二人はいる。


 王族相手でも真っ直ぐと目を見て、間違いを間違いだと言える姿はカッコ良く、そんな先生を酸素年間見続けることで教職の道を目指す生徒もいる。


 扉と窓の鍵を閉めて他クラスの生徒が入れないようにした。


 屋敷の中でならいくら中傷してもバレないと調子に乗っていた。


 いじめられているのか確認をされることはあっても、まさかシャロンの前で聞かれるとは夢にも思わなかったらしい。


 せっかく授業を遅らせてくれたというのに、ヘレンは口を噤んだまま。エドガーが代弁しようとするも、先生は許さない。


 きちんとヘレンの口から語らせようとする。当然と言えば当然。


「あの、私。本当に誤解してて……」


 やっとの思いで絞り出した言葉は、先程エドガーが庇ってくれたことをそのまま言っただけだった。


 まぁ、そうよね。シャロンは常に誰かと一緒にいて、ヘレンをいじめる時間はない。


 それ以上に具体的なことはなく、俯いて黙り込む。


 貴女はまだ、自分が被害者だと演技は止めないのね。


 シャロンは苛立ちを隠すように笑顔でいるけど限界が近い。


「誤解ってことは誰かにいじめられたからよね?シャロンとよく一緒にいる誰かに……」


 思い当たる人物は一人。私だ。


 空気が変わりつつある。


 誰かに命令していじめさせたのではないか、と。


 このまま私の責任にしてしまおうと、エドガーの口元は綻んでいる。


 全員の視線がヘレンに向けられているから気が抜けたんでしょうけど、おあいにくさま。


 私はちゃんと見たわよ。


 仮に私のせいになったとしても切り抜けられる自信しかなかった。私は何もやっていなし、指示も出していない。


 証拠も証人も出てくるわけがないのだ。誰かがでっち上げない限り。


 証拠はともかく、証人に信用性はない。


 女子生徒がヘレンに協力するわけはなく、となると、男子生徒しか残されていないけど。


 ヘレンを慕う生徒の発言に証拠能力があるわけもなく、自作自演か狂言で片付けられるでしょうね。


「そんなことあるわけないじゃない!!」


 ヘレンよりも先に否定してくれたのはシャロンだった。その後に女子生徒達が声を揃えて肯定してくれる。


 あのまま私が黒幕だと決定付けられるわけもなく、ヘレンの思い描いたシナリオな簡単に崩れ去った。


 ヘレンの思い描いたシナリオが実現しないときはなかった。いつだって私が叶えてあげていたから。


 自分では何もせずに甘えるだけ。そのくせ事が上手く進まなかったら全ての責任を押し付けてくる。


 卑怯でずる賢いとこはエドガーとそっくり。


 恋人同士の性格は似てくると聞くけど、最低なとこだけが似るのね。


 流れを止めたシャロンを睨むエドガーと目が合った。慌てて逸らすも、もう遅い。


 貴方はいつもそんな目で私やシャロンを見ていたのね。


 分かりやすい敵意を見せてくれていたのに、私は何も気付けなかった。


 気付こうとさえ……しなかったのだ。


 上辺だけの付き合いでは人の本性は見抜けない。


「アリーがいじめる理由なんて何もないわ」


 私は別にいじめていることは否定しない。


 今だって私からしたらいじめているだけ。


 新しく友達になってくれた令嬢達は私を庇ってくれる。


 厚意や優しさを、素直に受け止めると胸がジンと熱くなった。


 人との繋がりを大切にするって、こういうことなんだ。


 私はもっと変われる。そんな気がした。

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