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まじないの効果

 昨日はぐっすり眠れて朝から爽やかな気分。


 嫌なことはあったけど、気にしなければどうってことない。


 彼らは、ああいう生き方しか出来ないのだと、そう思えばあまり怒りは湧いてこなかった。


 朝いちで薬を塗るだろうから先にガーゼを外す。


 鏡に映る自身の顔に驚いた。お父様に叩かれた痕が治っている。


 あれで実は力がこもってなかった?ううん、そんなはずはない。あの痛みと衝撃は紛れもない本物。


 だとしたらこれは夢?


 試しに頬を引っ張ってみた。うん、痛い。これは現実だ。


 人間や動物には怪我や病気になったとき、治そうとする機能が備わっている。


 だから昨日の怪我も、時間が経てば治る。そう。時間が経てば。


 昨日の今日で綺麗さっぱり治るなんておかしい。


 絶対に何か原因があるはず。


 ここ最近、変わった出来事があるとすればクラウス様にかけてもらったおまじない。


 そういえば寝ているとき、温かい何かに包まれた気がした。


 もしあれが夢ではなく、ましてや気のせいでもなかったとしたら。


 私も魔法について詳しいわけではないけど、本来、人間に備わる機能を爆発的に上げる魔法があると聞いたことがある。


 治癒魔法と自然治癒魔法。二つは似て異なる魔法。


 治癒魔法は時間の経った古傷さえも治す魔法で、自然治癒魔法は怪我をすればその日の内に自動で治してくれる。


 どちらも魔力の量で治る怪我の深さや大きさは変わる。


 まさかクラウス様の言っていたまじないって自然治癒魔法のこと?だとしたらなんて……良い人だろうか。


 私とは会ったばかりなのに。


 ましてや勘違いとはいえ剣を向けた相手。


 心に余裕がある、器の大きい人だ。


 クラウス様の魔力だからこそ、たった一晩で治ったのだ。


 あの方には感謝しかない。


 傷が治っていても気付く人はニコラとヨゼフだけ。王宮に務めているウォン卿とラード卿はクラウス様の魔法だと察して、それでも口は閉ざしたままでいてくれる。


 あの場にいた数人は痕になっていなければお父様が手加減したのだと、見当違いなことを思う。


 最初から拳を握らず平手打ちだったのは、もしかしたらお父様なりの手加減だったのかもしれない。


 叩いた本人は流石に気付くかしら。一日で治っていたら、もっと強く叩けば良かったと後悔するかも。


 ディーの傷は完治したから今日は登校するはず。クッキーを作るために早起きしたんだし、ベッドの上で物思いにふけるのはもったいない。


 部屋を出ると腕組みしがら壁にもたれるカストがいた。


 ウォン卿とラード卿はいつでも剣を抜ける体勢。


 ラード卿が数歩とはいえ扉から離れているのは、この時間なら誰もここに来ないと確信しているから。


 まともな人間なら一日屋敷にいれば、使用人がどれだけ杜撰で横暴で、立場も礼儀も弁えない無礼者かわかる。


 侯爵家で雇われる使用人でありながら侯爵令嬢の私より、子爵令嬢のヘレンを優先させる彼女達に三流以下の烙印を押した。


 この屋敷で仕事をしているのはニコラとヨゼフ。料理長達だけ。


 他の人は他の仕事で忙しいらしく、本来の業務に手が回らない。


 カストを無視しようと思ったけど、さっきから視線を送ってくる。それを遮るようにウォン卿とラード卿が前に立つ。


 私への接触は禁止されてるからってずっと待ってたんだ。いくら家族だとしても気持ちが悪い。ヘレンの部屋に行けばいいのに。


 昨日、私にあんなことを言われて夜中まで泣いては、使用人を付き合わせたんでしょ。


 可愛いヘレンが可哀想だと言うのなら慰めてあげたらいいじゃない。


 接近禁止は向こうから声をかけることも含まれているのかしら?見てくるだけで特に何も言ってこない。


 二人がいなければ声をかけてくるんだろうけど。


 もしかしたら私に用事があるというのは私の思い込みで、朝からあの場所にいるのがカストの日課なのかもしれない。


 こんな時間に起きることがないから私が知らなかっただけだ。


 騎士の朝は早く、過酷だと以前カストが言っていた気もするけど、きっとまだ早朝訓練の時間ではないのだ。


 ラード卿にはこのままニコラの部屋の前で護衛をお願いした。ニコラが起きたら厨房にいると、伝言を頼んで。


 勝手に厨房に行くことは、起きたニコラに怒られる覚悟はしておこう。


 ウォン卿は剣から手を離し、カストを警戒しながら私の後ろを歩く。


 厨房に向かっていると後ろから不機嫌な声が飛んできた。立ち止まって、ため息をつくとギリギリと歯ぎしりの音が聞こえた。


 肩を掴んで振り向かせたいのに、牢屋に入るのが嫌で我慢している。


 このまま後をつけられのも面倒くさい。うんざりしたように要件を聞くと昨日の一件を持ち出した。


 シャロンに謝罪をさせに来いなど、縁を切れなど。


 ──あぁ……本当に面倒くさい。


 私が変わったとわかってるのに、まだ操り人形にしようとする浅はかさ。家族の利益のために動いてくれる“私”はどこにもいない。


 最初から蚊帳の外に追い出していたくせに立場が悪くなると縋ってくる。


 因果応報。自業自得。


 彼らにピッタリな言葉。


 自分でも驚いている。優秀な兄だと慕っていたカストにこんな冷たい顔が出来るなんて。


「そろそろ朝の訓練の時間ではないですか?私なんかに構ってる暇があるなら団長としての務めを果たしたらどうです?」

「なぜそんな風に変わってしまった!?昔のお前は……!!」

「逆にお聞きしますけど、なぜ変わらないとお思いで?人は成長すれば変わる生き物です」

「もういい。わかった。せめて私とヘレンの噂がアカデミーで広がらないようにしてくれ」

「無理です。もう全学年、全生徒に知れ渡っているので」

「お前はそれを止めなかったのか?私がヘレンを異性と見てないことぐらい知っていただろう!!?」

「嘘をついたのはそちらです」


 向こうから近づくのは禁止でも私から近づくのは命令に背いたことにはならない。


 後ずさり逃げようとするカストの腕を掴んだ。


「ディーからの贈り物をお父様からだと嘘をつき、私とディーを嘲笑っていたのでしょう?」

「ち、違う」

「ではなぜあんな嘘を?すぐにバレてしまうのに」


 口を噤んで答えなかった。カストに構っている時間もなく腕を離してあげて、軽く胸を押すと足の力が抜けたように尻もちをついた。


 あんなにもカッコ良かった兄の姿はどこにもない。

 愛情を目の前にチラつかせながら支配してきた操り人形が、十六年の時を経て意志を持つようになった。


 それは計画に支障をきたすほどの大誤算。


 情けない兄を見ないように振り返らないことが、私の最後の優しさ。





「アリアナお嬢様!おはようございます」

「おはよう。またクッキーを作りたいんだけど、いいかしら?」

「もちろんです!」

「それとね。その……チョコを生地に入れることは出来るかしら」


 ディーはあまりチョコを食べたことがない。


 高級な贅沢品ではあるけど、王族や上級貴族なら簡単に手に入る。


 王族の口に見合った物となるとかなりの高級品となるため、ディーに食べさせるのはもったいないからと、いつも除け者にしていた。


 アカデミーを卒業したお祝いに陛下が用意することはあっても、今の段階でディーの口に入ることはまずない。


 だからというわけではないけど、私がディーに食べて欲しかった。


 屋敷に買って置いてあるチョコは全部私の物。


 ヘレンが食べたいと言えば、一番のお気に入りのミルクチョコを出した。


 どちらかと言えば私はビターチョコのほうが好みだけど、ヘレンのためにミルクチョコを購入しているようなもの。


 ホワイトチョコは他の二つよりも値段が高く、それでもヘレンは私が用意するのが当たり前のように強請ってくる。


 チョコの販売店の店主と私は仲が良く、安く買えるだけでなく購入時にあまり出回らないアーモンドチョコや生トリュフをくれる。


 そのことを知ってからはローズ家で買うより、私が買ったほうが得だと判断し、大量に買い置きするように指示をされた。


 それで役に立てるのならと浮かれていた。


 チョコなんかで愛情の一つでも貰えるなら、とっくに私は愛されいたのに。


 今までのチョコは私の厚意であげた。


 返せとは言わない。その代わり、これからは一粒だってあげるつもりはない。


「無知で恥ずかしいんだけど、普通のクッキーに刻んだチョコを混ぜ込んだ物がチョコクッキーでいいのかしら?あれを作りたいんだけど」


 なぜかしら。やたら生温かい視線が突き刺さる。雰囲気がほっこりしてる。ウォン卿まで微笑ましく見てくる。


 なんで?


 知識ないのに無理に語ってる姿が子供みたいと思われていたらどうしよう。


 お菓子作りならニコラが詳しいし、確認しておけばよかった。


「お嬢様の仰っているのは恐らくチョコチップクッキーのことですね。大丈夫です。こちらも簡単に出来ますので。お嬢様がオーブンの温度をいじらなければ」


 根に持ってるわけではなく場を和ませようとしてくれてる。


 冗談を言えるほど私に心を開いてくれた。


 料理長の発言に、ウォン卿は軽く咳払いをした。


 私がやらかしたことを察してしまったみたい。


「お嬢様。今日はこちらの型をお使い下さい」


 料理長が取り出したのはハートの型。


 今まで出されたクッキーの形は丸か四角。うちにこんな洒落た型があったとは。


 ヘレンはこういうの好きだし、ヘレンのために用意してたのかな。


「これは知り合いの職人に作ってもらいました。お嬢様がまたディルク殿下のためにクッキーを焼かれるときに使って頂きたくて」


 ──私のため……?


「いくらしたの。払うわ」

「滅相もございまさん!私が勝手にしたことですので」

「そう……?……ありがとう」


 ハートは好きの想いを伝える形。


 私がディーに想いがないことを、ディーは知っている。だからハート型のクッキーをあげても勘違いはしない。


 むしろ私達の仲を積極的にアピールするには、最適とも言える。


 エドガーが入り込む余地はないと見せつけなければならない。


 頭ではわかっているのに、特別な形を使うことに気が引けてしまう。


 心がモヤモヤする。そんな私個人の感情を表に出すわけにもいかず、時間に余裕がある内にクッキーを焼いてしまおうと調理に取り掛かる。


 途中、起きてきたニコラに怒られはしたけど想定内だから大丈夫。


 厨房に来るまでにラード卿がフォローしてくれていたおかげか、いつもより小言の時間が短い。


 今日は多めに焼いたからみんなに味見してもらおうと思ったけど、やっぱり断られた。


 味見用は無難な丸型にしたのに。


 ディーが食べてくれたらみんなも食べてくれるのであれば、私が帰ってきてから食べてもらおう。


 私がクッキーを焼いてる間、手の空いた料理人は朝ご飯を作ってくれていた。ご飯と言ってもパンなんだけどね。


 手軽にすぐに食べられるようにと配慮してくれた。


 時間かかると思われていたのかな。


 二回目は手順を全て覚えているから、時間はかからないのに。

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