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ナルシスト騎士団長

 夕日が完全に落ち始めた頃、長居しすぎたとシャロンは慌てて立ち上がった。


 ボニート伯爵はそんなに過保護ではないし、帰りが遅くなったぐらいで怒る性格でもない。伯爵夫人もだ。


 だとすると、あのため息は誰に向けられたものかしら。


 聞きたいけど、聞いて困らせてしまうぐらいなら、シャロンが話してくれるまで待とう。


「今日はありがとう。助かったわ」

「親友のためだもの。お安い御用よ。また明日アカデミーでね」


 大して仲良くもないヘレンやカスト達までシャロンの見送りに来るなんて。


 良い人アピールをしたいのなら遅いわ。貴方達の不名誉な噂は風よりも速く貴族の間に広がっていく。


 貴族は噂話が好きなのよ。他人のスキャンダルは話の肴として最高。他人の不幸ほど甘く美味しいものはない。


 力のある上級貴族なら尚更。


 私に手を振ってくれるシャロンの前にカストが立ち塞がる。


 騎士として鍛えているためガタイはかなり良く、プライドと同じぐらい体が大きい。


 邪魔なんだけど。


 シャロンは私の親友よ。交流のない貴方が間に割って入ってどうするの。


 カストは控えめな笑みを浮かべながらシャロンの手を取った。ポカンとしてると、そのまま甲に唇を押し当てた。


 背筋がゾワッとした。された張本人は鳥肌もの。


 この男は何をしているの!?


 婚約者でもない女性にあんなこと……。


 誰も何も言わないってことは、カストの行いは正当且つ普通だとでも?


 いえ、違うわ。ニコラとヨゼフは後ろのほうで顔をしかめてる。


 ウォン卿とラード卿もギョッと目を見開いている。


 そうよね。やっぱりおかしいのよね。


 騎士が手の甲にキスをするのは忠誠を表す。


 女性に恐怖を与えるための行為ではない。


 まさかカスト。シャロンが自分に気があると勘違いして誘惑しようとしてる?


 女心を弄んで利用しようとするなんて最低のクズがすること。


 後でお詫びの手紙と消毒スプレーを贈ろう。


「小侯爵様」


 目上の上級貴族であることを忘れずに手を振り払わなかったのは褒めてあげたい。


 拳を握り締め、整った顔を殴られてもカストには文句を言う資格もないのだ。


 傷ついたような笑顔はカストの、顔だけファンの女性が見たら失神するほど、綺麗という言葉が似合ってしまう。


 カストの目的がシャロンを利用することと知っているから、ときめきはしないけど。


 いつものシャロンなら強気で言い返すところだけど、どうするのかしら。


「よろしいのですか?ジーナ令嬢が見ていますわよ」


 驚いたふりをしながら咄嗟に後ろに下がり自然に手を離した。


 ここでその話題を持ち出されると思わなかったのか、誰よりもお父様の顔が醜く歪む。


 お父様の指示でそんなバカげたことをしてるんだ。


 シャロンが標的となった理由は恐らく二つ。


 一つは今、ここにいる令嬢が偶然にもシャロンだった。ニコラは公爵令嬢として認知されてはいるけど、同時に私の侍女であることも広まった。


 妹の侍女に手を出す軽率な男と思われたくないのね。


 妹に贈られた馬車を家族ぐるみで居候にあげてる時点で、名誉も何もあったものじゃない。


 二つ目は、私の親友だから。


 昔から交流のあるシャロンなら密かに恋心を抱いていても不思議ではない。


 迅速に噂の上書きをするにはヘレン以上に噂の的となる令嬢が相手でなければ意味がないのだ。


 腹立たしいを通り越して殺意が湧く。今すぐにでも殺してやりたいわ。こんな男。


 自分の名誉のためだけにシャロンを汚そうとするなんて……!!


 慌ててヘレンとの仲を訂正するもシャロンのほうが上手だった。


「まぁ……!!では小侯爵様は妹のように可愛がってるだけのジーナ令嬢のために、妹のアリーに贈られた馬車を勝手にあげたのですか!?」

「そ、それはだな……」


 反論する材料がない。


 ここで正直に私が嫌いだからと言えば心象はもっと悪くなる。


 好感度を上げておきたいカストは、シャロンを納得させられる言い訳が思いつかずに開いた口がすぐに閉じられた。


 心配なんてしなくてもシャロンは見事に逃げ果せ(おおせ)た。カストの気持ち悪い作戦から。


 愚かねカスト。シャロンが貴方のような男を好きだとでも?


 過去に何度か遊びに来たとき、うっとりした目で見とれていたのは認める。


 カストではなく剣技を。


 シャロンの好みは剣を扱う男性。騎士の職に就いていなくてもいい。


 自分も剣を握るからこそ共通の話題で盛り上がれる男性へのポイントは高い。


 シャロンがボニート家の令嬢ではなく、もしくはボニート家が暗部を率いてなければカストに惹かれていたかもしれない。


 薄汚い秘密を知ってしまうことはなかったのだから。


 ──それにしても芝居が大袈裟すぎない?


 業を煮やしたお父様が怒鳴り散らす。私へのストレスを身分が下の伯爵令嬢で発散するって…。


 この親にしてあの子供あり、ってね。


 キョトン顔で右から左に聞き流すスキルは一流。シャロンは本当のことを言っただけで怒られる筋合いはない。


 悪いのは揚げ足を取られるようなことをしたお父様。それをさもシャロンが全て悪いみたいな態度。


 ──侯爵の名に泥を塗りすぎよ。


 先代は厳しいけど人との繋がりを大切にする人だった。こうやって他者を侮辱する恥ずべき行為を何より嫌う。


 その子供が今では親の教えを立派に逆らってる。病で亡くなりさえしなければ喝を入れてくれた。


 逝くのが早すぎです。おじい様。


 かれこれ十分、喋り続けたお父様は肩で息をするほど疲れていた。


 侯爵家当主が直々に伯爵令嬢を叱ってやっと優越感に浸るお父様の小物感。


 動じないシャロンが「終わりましたか?」なんて聞くものだから火に油を注いだ。


 延長戦が始まる。


 もうそろそろ耳を塞いでも良さそうなのに、笑顔で聞いてるふりを続けられるシャロンの強靭な精神力は見習いたい。


 誰であろうと毅然と振る舞えるシャロンは私のお手本でもあった。

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