まじない
協力を得るにあたって計画の全貌を明かした。
ディーはどうにか実現しようとあの手この手を真剣に考える。
力のある貴族だけでなく第二王子も一緒に処罰するとなると、私達だけでは最後まで事を進められない。
陛下と王妃の許可が必要になる。息子第一大好きの王妃がエドガーを殺す協力をしてくれることはまずない。陛下は……どうだろう。
エドガーが無実を訴え続ければ罪を不問とする可能性が高い。全てを決定権は国のトップである陛下に委ねられる。
ディーは陛下と王妃の首筋に剣を押し当ててでも承諾を選ばいいなどと、物騒なことを呟く。
それでも無理なら、陛下を殺して自分がその座に就くと、本気のトーンだった。
本当にそれをしたらディーが捕えられる。
手段を選ばずして私の復讐を叶えてくれるのは有難いけど、ディーが犠牲になるのは嫌。
私なんかのせいでディーの人生を台無しにすることはない。
要は陛下が首を縦に振ればいいだけ。脅さなくてもエドガーのしたことを国中に報じればいい。
王妃に逆らえない貴族は対抗してデマだと主張してくるだろうけど、こっちには証拠もある。
国民から非難されても尚、エドガーを庇うのであれば、陛下の家族を愛する気持ちに感服し、罪人として処刑するのは諦める。
代わりに、私個人の私怨で、私刑にするだけ。
クラウス様は大笑いしてる。
どこがそんなに面白かったのかしら。私は至って真面目なんだけど。
メガネを外して涙を拭う。
笑い泣きするほど私はおかしなことを言ったつもりはない。
二人の姿が対極すぎて逆に落ち着く。
クラウス様がミステリアスなんて噂、誰が発信源なのかしら?
接してみると感情も豊かで、裏表がハッキリしている。その分、裏切りがないと信じられる。
「私はそろそろ行くとしよう。恋人同士の邪魔をするのは趣味じゃないんでね」
「クラウス様。今日は本当にありがとうございました」
「友人を助けるのに理由はいらない。そうだろう?アリアナ・ローズ令嬢」
私も友人の一人だと認めてくれた。
「友人である君へ、まじないをかけてあげよう」
細く長い指が額に触れた。体の中を心地良く温かい何かが巡る。
「ではまた」
クラウス様が帰るとディーと二人であることを意識してしまう。
すっかり怪我が治ったディーは明日からアカデミーに復帰する。重症を負わせたと思い込んでいるエドガーはさぞ面食らうことでしょう。
化けの皮が剥がれるのも時間の問題になってきた。
必死に築き上げてきた栄光が壊れる様はきっと滑稽で面白い。
陽が暮れる前に帰らないとな。
窓がないと太陽が沈んでいるのかもわからない。せめて時計でもあれば良いのだけれど。
寂しそうなディーを置いて行くのに抵抗があり困っていると、カルがクスクス笑いながら入ってきた。
カルが来たということはもう下校時刻。
私も帰らなくては。
「また明日」とお決まりのフレーズで今日のところは別れた。
ここからだといつもより帰りが遅くなる。
私の身を案じてカルが送ってくれると申し出てくれたけど、クラウス様の瞬間移動の魔法陣があるからとディーが断った。
立ち上がるディーを見て完全回復したのだと安堵のため息をつく。
誰かに見られたりしないように人気のない場所に転送してくれた。
魔法って魔力がなければ使えないと聞いていたけど、魔法陣は違うみたい。
陣そのものに魔力が溜め込まれているから誰でも使えるのか。
誰にでも使わせられる便利な魔法陣が未来であまり主流になっていなかったのは、魔法陣を作る魔力と維持するための魔力の量が通常の何倍も必要になるからだと考えられる。
便利な物を作るにはそれ相応の苦労があるのね。
ディーはこのまま王宮には帰らず、もう一晩あの小屋で過ごす。今戻れば次のターゲットが母親になるかもと懸念している。
門の前にはウォン卿が私の帰りを待っていてくれた。というか、無断で早退した私に家族を近づけないようにするため。
シャロンが私の荷物を持ってきた時点で、何かあったのは想像がつく。
私が一緒にいたら、私の体調が悪くなりシャロンが送ってくれたのだと思うけど、肝心の私の姿はどこにもない。
寄り道をするにしても、私が他人に荷物を押し付ける素敵な性格の持ち主じゃないこともわかってくれている。
ならば消去法で、何らかのやむを得ない事態で早退したということになるわけだ。
ウォン卿は護衛騎士に過ぎない。余計な詮索をする様子もない。
玄関を入ってすぐのとこでカストとハンネスがヘレンを慰めていた。部屋でやればいいのに。
ウォン卿のうんざりしたような目から察するに、ずっとああしてたようね。
ハンネスはともかく、同じ騎士であるカストの醜態には目も当てられない。
しかも騎士団長よ?
そんなくだらないことをする暇があったら特訓したいいのに。
私から近づくよう小芝居してるみたいだけど目を向ける価値もない。
「アリアナ様のご学友がお待ちです」
「私の?」
誰とも約束はしてなかったはず。ニコラが相手をしてくれているらしく部屋に急いだ。
取り残された三人のことはどうでもいい。あと二年、私には何も出来ないのだから。
部屋ではニコラとシャロンが昔話に花を咲かせていた。
私の荷物を届けに来て、そのまま待っててくれたんだ。お礼になるかはわからないけどディーのために焼いたクッキーをあげた。
新しいのは明日朝一番に焼く。ディーの喜ぶ姿を思い浮かべるだけで口元が緩んでしまう。
シャロンはプライベートでお世辞を言うタイプではなく、味の感想が聞ける。
「美味しい」か「不味い」の前に第一声が「冷めてる」だった。
仕方ないじゃない。作ったの朝なんだから。
料理の知識のない私からしたら、冷めたクッキーを温めるには焼くしかない。焼いてしまえば焦げてしまう、という方程式が出来上がる。
冷めた物をそのまま出すのは失礼だし、次からは料理長に温め直してもらおう。
「にしても、アリーがクッキー作りねぇ」
食べやすいように半分に割りながら呟いた。
やっぱり意外かしら。私が料理なんて。
「そんなに好きなのね。殿下のこと」
「好きっていうか……。ディーが可愛いからつい」
好きになれるわけがない。あんな純粋な人を。汚い私が。
眩しすぎるんだ。見ていられないほど。
「本当にそれだけ?」
らしくない追求。
言葉に詰まってもお構いなしに力強い瞳は私から逸れることはない。
ドクンと心臓が跳ねる。
シャロンが何を求め、どんな返事を期待しているのかわからず、無理やり私から話題を逸らした。
「それより!聞きたいことがあるの。もしかして王宮に(暗部)いるの?」
「いるわよ」
サラっと即答された。
ディーが襲われたことを知っていた時点で間違いなくそうであると確信はあった。
騒ぎになってないのをみるに、ディーの暗殺が広まらないように王宮内でもごく一部にしか知れ渡っていない。口が固く信頼の高い人間となると限られてくる。
いち早く異変に気付けるほどディーの近くにいるのはカル。可能性はなくはないけどあのカルが……。
いつもタイミング良く訪問したり私の心を読んだかのようにすぐ助けてくれたり。あれ?カルの気がしてきた。
「ねぇ。カル……」
「違うわ」
まだ喋り終えてないのに。
暗部の存在を知っていて、ディーの傍にいる人間を真っ先に疑うなら最有力候補はカル。シャロンもそう思ったから、私の考えを先読みして間髪入れずに否定した。
会話についてこれないニコラは何も聞こえてないとアピールするように、空になったカップに紅茶を注ぐ。
私の侍女は優秀すぎる。
時間を気にしながらも私も紅茶のおかわりをした。ニコラの淹れてくれる紅茶は視覚、嗅覚、味覚。三つを楽しめる。
こんなにも魅力溢れる紅茶を、例え嘘でも不味いなんて口にしたヘレンには罰を与えないと。