隣国の王太子
いつも私は守られてばかりだった。今度は私がディーを守らないと。
相手が魔法使いだからと引くわけにはいかない。
護身用でベッド脇に立てかけていたディーの剣を手に取った。
──お、重い。
ディーはあまり筋肉質ではなく細身。よく振り回せるわね。改めてディーのすごさに尊敬する。
両手でしっかりと握り、暗殺者に剣を向けた。
どんな能力を持っているかわからないけど、ディーには指一本触れさせない。
暗殺者は私の行動に意外性を感じ、目を見開いて驚いていた。
刃物を使う危険性なんて百も承知。
仮に暗殺者を殺してしまっても、私の責任。私の落ち度。
ディーに負担をかけさせるつもりは毛頭ない。
「待ってアリー!クラウスは僕の治療に来てくれたんだ」
慌てた声に緊張の糸が切れた。
クラウスって確か隣国の王太子……!!
一度だけその姿を見たことがあった。
ディーとは対照的な金色の長い髪を一つに束ね、メガネをかけていて、不思議なオーラを纏っていた。真面目そうなのに気が抜けていそうで、威厳なんて感じられない。
王太子妃として厳しい教育が続く中でディーの部屋に足を運ぶクラウス様とすれ違った。
目は合ったものの言葉を交わしたわけでもないし、エドガーがクラウス様を嫌っていたから極力、私も関わらないようにしていたのも事実。
たった一度しか見ていないのにエドガーよりも美しく輝く金色の髪は忘れたくても忘れられない。
疑う余地がないほど彼は王太子だ。
すぐさま剣を収め深く非礼を詫びた。
魔法が使えてディーの元に来る人物なんて限られる。
クラウス様が小屋に出入りしている痕跡はそこらじゅうにあった。
まずは外観とは中が違いすぎる。
クラウス様の魔法で綺麗にしてくれたんだ。当然よね。埃まみれの部屋で療養させられるわけがない。
桶に入った水が冷たいのも魔法なんだと思う。
窓がないのに明るいのもきっと……。
自分が思ってる以上にディーが襲われて動揺していた。
私のせいで国同士の交友に亀裂が入ってしまう。許しを得るのに差し出せるものは私の命だけ。
彼らへの復讐はまだまだ終わっていないのに心は荒れることなく不思議と穏やかだ。
一度理不尽に殺されているからなのか、正当性のある死は受け入れられる。
剣を置いて敵意はないのだと示した。
震える手は後ろに隠した。
「そんなに怯えないでくれ。私は友人の恋人を殺すほど外道ではない」
「な、っ……こ、恋人じゃ…。僕とアリーは婚約者で……」
「そんな真っ赤になりながら否定されてもな」
クラウス様が背中に手をかざすと黄金の光が温かくディーを包んだ。
痛みで苦しめていた傷は痕になることなく消えた。
治癒魔法は高度な魔法だったはず。魔力の消費も激しく治るのに時間がかかる。
でも、クラウス様は瞬きする間もなく治してしまった。
夢を見ている気分だ。
私が聞いていた話ではクラウス様の治癒魔法は、せいぜいかすり傷を治す程度。
あんな大きな傷は治せなかったはず。
まさか隠していたの?
人にはそれぞれ事情があるから、ここで聞くのは間違ってる。
いつか……やるべきことが終わった後にでも聞いてみようかな。
「それじゃあ治した礼に、さっきの話を詳しく聞かせてもらおうかな」
「何のことかな」
「とぼけるつもりか」
「そういうわけじゃ」
「あの生意気な弟を王にしないためにも協力者は多いほうがいいと思うぞ」
「しっかり全部聞いてるじゃないか!」
クラウス様の言うことも一理ある。二人だけでは色々と限界があり、補ってくれる存在が必要不可欠。
それにエドガーを好ましく思っていないなら敵になる確率も低い。
王宮で暮らしているならディーの安全も保証されるし良いことづくし。
クラウス様も私の話を笑わずに信じてくれていた。
また胸がホワッと温まる。
他人からしたら当たり前のことでも私からしたら泣きそうなほど嬉しい。
無条件に信じてもらえるのも、偏見なく私の言葉を聞いてくれることも。
私がディーを選んだことで出来事のほとんどは変わってしまった。
大きなイベントや馴染みの行事は開催されるけど。
前世とは進み方が異なるも、ヘレンがやらかす以外は頭を悩ませる事件が起きないため無事……かどうかはさておき、終わることが出来る。
人間関係の変化は今後の役に立つだけでなく、私自身が変われた証明になる。
何気ない会話でさえ楽しさを覚えた。
クラウス様は人が時間を逆行し人生をやり直す現象に関心を示す。
過去に戻れば記憶もリセットされていないとおかしいと言うけど、私は過去に戻るのは初めてで何が普通なのかよくわからない。
未来の知識を持つ者が過去に戻り、自分の都合の良いように未来を変えるのは良くないことだとはわかる。
ただ、私の場合は意図して戻ったわけではないから、普通という常識が当てはまらない気がする。
復讐内容は決まっているからこそ、どうやって捕まえるかが鍵になる。
シャロンから預かった証拠を使ったとしても私と同じ苦しみと絶望を味わう間もなく処刑されるだけ。それでは復讐の意味がない。
私が与えたいのは死だけではない。僅かな希望から一転、絶望の谷に突き落としたいのだ。
泳がせる良いチャンスがあればいいのだけれど。
「水を差すようで悪いがお嬢様はいいのかい。胸糞悪い理由があるにせよ家族だったんだろう?後悔とかは」
「ありません。彼らは家族ではありませんので」
「意外だな。私の記憶ではローズ家の令嬢は、率先して家門の利益を追求していたが」
「その結果が裏切りだと言うのなら、私はもう疲れました」