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私が貴方を選んだ理由

 まさか本当にディーだったとは。


 不意にあんな……告白のようなことを言われて戸惑いはしたけど、私がローズ家の令嬢だと知って囁いただけかと思っていた。


 昔からそうなのだ。歳の変わらない男の子達は作られたマニュアル通りに私に接してくる。


 面倒ではあったけどお父様の期待に応えたくて相手が誰だろうと完璧に“役割”を果たした。


 私に好意を持つ人がいるわけがないと、自分自身に言い聞かせながら。


 いつかは私も名前を呼ばれて、お父様の子供なのだと認めてもらうために。


 私のしてきたことが無駄な努力に終わるとわかっていれば、もっと自分の時間を大切にした。


 道具は一生かかっても人の輪に入れてもらえない。そんなの当たり前だ。


 道具は意志を持たない物でしかない。


 私はアリアナ・ローズという人の名前を与えられ、人の形をした道具。


 最初からずっと、そんな扱いしか受けてこなかった。


 子供のときに得る純粋という名の感情は残酷だ。


 一線引かれた向こう側に足を踏み入れたくて、出来ないことを出来るようになるまでひたすら努力するしかない。


 心のどこかで求めているものは手に入らないとわかっていながらも、縋るように手を伸ばしては、拒絶されると落ち込んでまた頑張ればいいのだと呆れるぐらいバカなことを思っていた。


 子供ながらに真剣な想いを伝えてくれていたディーに嘘をつき続けることに息苦しさを覚えた。


 優しさに甘えて真摯に向き合ってくれるディーに恥じる生き方だけはしたくない。


 打ち明けよう。全てを。


 その上で私に協力してくれるか決めてもらう。


「あのねディー。聞いて欲しいことがあるの」


 語ろうと口を開くも、言葉は出てこなかった。


 もう一人の私が耳元で囁く。


 間抜けでロクでもない真実を語ればディーは離れていくに決まっている。


 そんなことになれば復讐はおろか、第一王子に捨てられた哀れな欠陥品だとエドガーに嘲笑われるだけ。


 そうね。そうなるかもしれない。


 でも……。正面から私と向き合ってくれるディーには話さないといけないの。


 例えそれで軽蔑されたとしても。


 心を落ち着かせて、動揺を悟られないように毅然とした態度を崩さずに真っ直ぐとディーの目を見た。それはいつもディーが私にしてくれること。


 記憶に焼き付いて忘れることの出来ない過去の出来事を口にするのは辛い。


 平然を装っても、言われのない罪。暴言。不当な扱い。全てが記憶だけでなく体にも染み付き、目の前に迫る死に恐怖せずにはいられない。


 震える手をどうにか抑え、無様な姿を見せないように一呼吸起きながら、ゆっくりと語り終えた。


 もしここにいるのがエドガーで、私の話を聞き終えたらきっと、バカにしたように鼻で笑う。


 そもそも私なんかの言葉に耳を傾けるつもりもない。


 適当に聞き流して、飽きたらヘレンの話題に転換する。


 そうか。だから私はディーの傍にいるだけでこんなにも心が安らぐんだ。


 私を見て、私の声を聞いて、私の名前を呼んでくれる。


 前世で起こった事実と愚かにも騙され身を滅ぼされたこと。


 まともな人間なら私が薬物を服用していると疑われてしまう内容。それでもディーは泣いてくれていた。


 私が受けた苦痛や悲しみに共感してくれている。


 私の手を握っては生を確かめるように何度も何度も「アリー」と呟く。


 同情や哀れみじゃなくて、私が傷つけられた過去を本当に本気で心配してくれている。


 ドラゴンが視せてくれたその後の話にはホッとする反面、“私”をみすみす殺してしまった無能な“自分”に腹を立てていた。


「ここからが本題。私はエドガーを絶対に王にしたくない。そのためにはディーの協力が不可欠。もしやりたくないなら……」

「やるよ」

「そう。やる……やるの!?待って待って。私は貴方を……」


 騙していた。私への愛を利用した。


 私がずっとされてきたことを。


 罪悪感はあったけど、それ以上に復讐したい気持ちのほうが強かった。


 ディーの大切な恋心を踏みにじる最低な私を許してくれるどころか、汚いやり方を認めてくれる。


 私の行いは正当化していいのだと。


 自分の言っていることがおかしいと欠片も思っていない。


 沢山の疑問(なぜ)の答えは至ってシンプル。


 私の力になりたい。それだけ。


 見返りに不確かな愛情を求めているはずなのに、それを口にすることはなくなった。


 夢の中でなら伝えてくれる望みも、現実世界で、しかも私の前で言葉にしてはならないと言い聞かせている。


 歳上で第一王子。


 歳下で貴族令嬢の私なんかに遠慮なんてしなくていいのに。


「おや?私はお邪魔かな?」


 楽しそうに弾んだ声の持ち主は壁にもたれかかって大袈裟に肩をすくめた。


 ──いつ入ってきたの……!?


 扉が開く音はしなかった。


 ディーを狙う刺客にしてはまるで緊張感がない。決めつけてはダメよ。一流の暗殺者は必要に応じて、どんな人間にもなりきれる。


 結界を通り抜けられることが出来るのは非魔法使いだけ。同じ魔法使いだと弾かれるか、強行突破するしかない。


 魔法の知識が浅い私でも知っていることは、張られた結界が強ければ強いほど、結界が揺れて侵入者の存在を教えてくれる。


 結界を張った魔法使いよりも力が強い場合、結界は意味を成さない。


 エドガーが雇った暗殺者は魔法使いってこと?


 それも隣国の王太子を軽く凌ぐ実力者。


 それなら王宮に忍び込めたのにも納得がいく。

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