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恋をした【ディルク】

 王宮の外には数えきれないほどの人がいて、自由に生きていた。


 僕は広い建物の中に閉じ込められて生かされているだけ。その気になれば眠っているときにでも首は斬れる。


 死はすぐそこまで迫っている。あとは誰かの合図で僕とお母様は……。


「どうしました」


 バルト卿はあまり表情が豊かではない。


 動かなくなった僕を心配する割に眉一つ動かさなかった。


 本人も愛想良くする努力はしているけど上手くはいかない。


 昔から感情を表に出すのが苦手で何を考えているかわからないと周りから距離を置かれることもあった。


 いち兵士から騎士団長まで駆け上がれば、実力が認められ自然と人が集まる。今となっては仏頂面のほうが人気があるらしい。


 未だ新人団員には怖がられてるみたいだけど。


 その度に副団長がフォローしてくれている。


 いつかはバルト卿の笑顔を見てみたい。


 不器用で、でもきっと、愛嬌のある可愛くて優しい笑顔なんだろうな。


「何でもない。人の多さにビックリしただけ」


 嘘はついていない。


 右も左も、前も後ろも人がいて、目を閉じないことには視界に映る。


 世界の広さを痛感した。


「それならいいですけど。それで。どこに行きたいんですか」

「えーっと……あそこ!あの店」


 武器専門店。一人前になった騎士が新しく剣を買うために足を運ぶ。験担ぎのようなものだと言っていた。


 店の場所は騎士団の話を盗み聞いた。僕が話しかけると困らせてしまうから。


 存在を消すのは得意だ。息を潜めてじっとしていれば、誰も僕に気付かない。


 だって空気は人には見えないのだから。


 初めて外に出た僕が騎士御用達の店に迷わず辿り着いたことに疑問を持たれた。


 バカ正直に盗み聞きしたなんて言えないから笑って誤魔化した。


 バルト卿もしつこく追求してこなかったけど、僕が情報を得られる方法なんて一つしかない。


 騎士が通う店だからか、扉はガラスで背後から襲われても対処出来るようになっている。


 ふふ、無意識なんだろうな。バルト卿の表情が崩れている。


 王宮に僕の味方がいないことに心を痛めてた。


 僕なんかのことは陛下に命じられた護衛対象とでも割り切って任務に当たれば楽なのに。


 バルト卿は優しい人だな。


 中に入ると剣や木刀、盾と鎧がズラリと並んでいる。


 訓練用で使っている木刀はここで買っていたんだ。


 ポカンと口を開けて呆気に取られていると、店主がにこやかに近付いてきて、何を探しているのか聞いてきた。


 バルト卿はここの常連で、店主も僕ではなくバルト卿と話をしようと僕には目もくれない。


 悪気があるわけじゃないから二人の邪魔をせずに一人で見て回ろうとすると、バルト卿に肩を捕まれた。


「今日はこの子の物を買いに来た」

「ほう?この子の?団長の……子供ですか?」

「違う。俺の弟子だ」

「弟子!こんな子供が!?はぁー、世の中何が起きるかわからないもんだねぇ。僕、このおじさん、顔が怖いだろ?」

「うん。でも、バルト卿はすごくカッコ良くて、僕の憧れなんです」


 顔が怖いことを否定しなかったら、店主は豪快に笑いながら頭を撫でてくれた。


 この人もバルト卿がカッコ良いって知ってるんだ。仲間が出来たみたいで嬉しかった。


「では、改めて。いらっしゃいませ、小さな騎士様。今日は何をお探しですか?」


 僕の目的は武器ではない。ブローチだ。


 婚約者の女性が男性騎士に贈るのが一般的。僕はバルト卿のことは好きだけど、そういう意味ではない。純粋に憧れ。


 尊敬しているからこそ贈りたかった。


 バルト卿に婚約者がいたら他の物も考えたけど、なぜかいないからブローチに決めた。


 こんなにも頼りがいのあるバルト卿がなぜ恋人の一人や二人いないのか僕にとって謎。


 僕の色眼鏡のせいもあるのかもしれないけど、バルト卿は絶対、カッコ良いに分類される。


「騎士のお知り合いがいたのですか?」


 ここでブローチを買えば贈る相手は女性ではなく騎士。


 いつの間に知り合ったんだと、ちょっと不機嫌。


 責任問題を恐れているわけじゃない。その騎士に僕が嫌なことを言われたり、嫌な態度を取られたりしてないか心配してくれてるんだと思う。


「とてもカッコ良くて強くて、そんな彼のように正しい剣を使える人間になりたいんだ」


 バルト卿の瞳と同じ橙色のブローチを選んだ。


 これだけでは誰にあげるのかまだわからず悩んでいる。


 橙色が似合う騎士は僕の目の前にいるんだけどな。


 会計時にラッピングをしなかったから自分宛だと勘づいた。


「あらぬ噂が流れたらどうするおつもりで?」

「バルト卿に迷惑はかけないと約束するよ」


 どうせ誰も思わない。僕があげたって。


 僕がどこで何をしていようが興味を持たない人達だ。バレるわけがない。


「貴方って人は……」


 項垂れながらも受け取ってくれた。すぐに付けてくれた。


 よく似合う。


 僕は王位なんて興味がないからバルト卿のような騎士になる。


 誰からも慕われるような強くて優しい騎士。


 それが夢だった。




 外出したことがバレる前に帰ろうとすると店の外で女性の悲鳴が聞こえた。


 見ると、二つ手前の花屋で見かけた女の子が身動きを取れず立ち尽くしていた。


 男は酔っ払って見境がなくなっている。


「いけません。貴方は本来ここにいてはならない存在なんですよ」


 助けに行こうとした僕の腕を掴んだ。その力は強くて、本当にダメなことなんだとわかる。


「早く行かないとあの子が……!!」


 一目惚れをした。


 花屋の店主と楽しそうに話すその笑顔に心臓がはねた。


 痛かったんだ。どんな罵声を浴びせられるより、理不尽な暴力より、ずっとずっと痛かった。


 血が沸騰したように体中が熱くなる。


 バルト卿の手を払う。


 僕がかりそめの王子なばかりに、あの子が一生癒えない傷を負うことになる。


 国民は第一王子の存在は発表されてはいるけど顔までは知らないはず。


 生まれてから僕が会ったのはお母様とバルト卿を除けば、陛下とエドガーと王妃。形だけのメイド二人。


 その他の王宮で暮らす人とはすれ違わないよう向こうが僕を避けていた。


 そんな僕の素顔を晒したところでバレるわけもないのに。バルト卿は用心深い。


 後から、あのときああすれば良かったと後悔して泣くのは嫌だ。


 今!僕が彼女を助けられる近い位置にいる。


 周りの大人は巻き込まれないように顔を逸らして足早に通り過ぎる。


 ──僕だけが彼女を救えるのなら……!!


 バルト卿が教えてくれる剣術は守るための力。彼女を助けられないのなら、この力に意味はない。


 飾られていた鎧を着て彼女と男の間に割って入った。酒瓶を受け止めて斬らないよう鞘から抜かず峰打ちで気絶させる。


 初めての実戦で手が震えるほど緊張したけど彼女を守りたい気持ちが強かったんだ。


 男が酔っ払ってくれてたおかけで、簡単に倒せた。


 もし男がシラフだった僕みたいな子供の攻撃は簡単に止められてしまう。


 どうやら僕は運が良かったようだ。


 こんな大胆な真似が出来たのは、いざとなったらバルト卿が助けに来てくれると信じているから。


 だってほら。いつでも出られるように剣に手をかけている。


 顔を隠して助けに行く僕と、そんな僕に敬語を使い主君のような態度を取るバルト卿を見て、店主は勘づいた。


 僕が誰なのか。


 わかった上で僕をバルト卿のいち弟子として褒めてくれた。


 とても勇敢な、他の騎士に自慢したくなる騎士だ、と。


「危ないところを助けて頂いてありがとうございます」


 大人のような透き通った声。


 可愛いと綺麗は同じではないと聞くけど僕には同じに見えた。


 だって彼女はとても……。


 熱い。顔も体も。


 鎧を着ていて良かった。こんな顔、とても見せられたものじゃない。


「あの?お礼がしたいのでお名前をお伺いしてもよろしいですか」


 万が一に備えていたバルト卿は目を伏せたまま首を横に振った。


 正体を明かさないってことは当然名乗れない。


 このまま黙っていても困らせてしまう。


 恩を着せたいわけじゃないから、花を一本だけ欲しいと頼んだ。


 花束は侍女のための誕生日プレゼント。


 普通、貴族令嬢がいち使用人のためにプレゼントを贈ったりはしない。余程仲が良く信頼の置ける人物なんだろう。


 青色を選んだのは彼女が好きだからと。


 名前も知らない、彼女のことが一つだけ知れた。嬉しかった。


 このまま別れたら僕の存在は記憶にも残らないかもしれない。


 そんな先の未来を想像すると、さっきとは別の胸の痛みに襲われた。


 さっきのはキュウって締め付けられるのに対し、今チクっと針で刺されたような鋭い痛み。


 僕は何者でもなくて、きっと将来、何者にもなれないかもしれないけど、君にだけは覚えて欲しいと切に願う。


 偽名を使い、調べられたら後々厄介なことになる。


 このまま沈黙を貫くわけにもいかない。


 胸のときめき。心臓の熱さ。どうにか伝わって欲しくて……


「私は……。この命尽きるまで貴女を想うことを許して欲しい」


 例えこの花が枯れても僕の想いが色褪せることはない。


 そんな想いを込めた言葉。


 ──な、何を言っているんだ僕は!


 正体も明かさない男から見初められたって困らせてしまうのに。


 告白紛いな言葉を社交辞令として流してしまう彼女はきっと、この手の言葉を頻繁に言われ慣れているのかもしれない。


 それはそれで寂しいな。僕は本気なのに。


 彼女を家まで送りたかったけど、歩く鎧が隣にいたら彼女が好奇の目で見られてしまうかもしれないからグッと我慢して、彼女の背中が見えなくなるまで見送った。





 帰り道、バルト卿が教えてくれた。


 彼女はアリアナ・ローズ。貴族の中で力のある侯爵令嬢。


 現当主は残念な頭をした勘違い男で、ローズ派と呼ばれる貴族を自分の力で従えさせていると思い込んでるらしい。


 実際には侯爵夫人の実家、ブランシュ辺境伯の後ろ盾があるから。あとはアリアナ嬢が優秀で今のうちに縁を繋いでおこうと下心。


 僕は……。僕の想いは純粋なものだ。


 息子が二人いるらしいけど、遠くない未来でアリアナ嬢に追いつき追い抜かれてしまうと、バルト卿は読んでいる。


 才能に溢れるアリアナ嬢は政略結婚にはうってつけの人材。


 貴族同士の結婚ではよくあることとはいえ、アリアナ嬢には幸せな結婚をして欲しい。


 それは願いだ。


 身勝手で、アリアナ嬢を想う一人の男の。

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