表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/181

鎧の騎士

 醜態を晒したかのようにディーの挙動がおかしくなった。


 頭を抱えて膝を丸めて、小さくなろうとする。


 言い訳をしているみたいだけど何を言っているのかわからない。


 記憶を消す呪文でも唱えているのかしら。


 清らかな空気が流れているはずなのに、ディーの周りだけ、どんよりしている。


 これなら聞かなかったふりをしたほうが良かったかも。選択を過ったかもしれない。


 私に言いたいことを言えず言葉を飲み込ませて我慢させている。


 自分のことなのに、何も伝えられないなんておかしい。


 私のせいであるからこそ、どうにか解決策を考えたい。


 本音を聞いたところでディーは素直になってはくれないだろう。私のために本音を隠して隠して、ずっと奥のほうに隠してしまうんだ。


 夢の中のディーはとても大胆。


 いや、夢だからこそ、なのかも。


 そういうストレスを発散出来る場所は誰の目にも触れることのない夢の中。


 これからは言わないと嫌いになると脅しをかけたらどうかしら。うーん、よりストレスを与えることになりそう。


「あぁもう、最悪だ。こんなの、知られたくなかったのに」

「落ち着いてディー。傷口が開いてしまうわ」

「今のは忘れて。ほんとに……。君を困らせるつもりはないんだ」


 切実な願いにも似たお願い。


 弱っているせいなのか、目が潤んで、まるで捨てられた子犬のよう。


 完全に忘れることは無理でも、口約束でディーを安心させられるなら、それでもいい。


「いいわ。その代わり答えて。どうして私を好きなの」

「それ、は……。一目惚れなんだ」

「家で会ったあの一瞬で?」

「もっと前だよ。アリーは覚えてないかもしれないけど」

「嘘……。だって……!!」

 

 いくら何でも信じられない。


 私が王宮に初めて行ったのはエドガーが主催した入学式祝いのパーティー。去年よ。参加者は壱恵年生のみと決められていた。


 仮に全校生徒を招待しても、ディーが会場に来ることはない。


 アカデミーでディーとすれ違ったこともなかったはず。


 去年の特別授業ではディーは別教室で授業を受けていたから、顔を合わせたのは婚約者を決めるあの日なのだ。


 それ以前だと言うなら人違い。


 ディーは幼少期、外に出ることが禁じられていた。会えるわけがない。


 王宮内でも顔を合わせられる人間は限られていて、惨めな幼少期を過ごしていたと、エドガーが笑いながら話してくれた。


 人の不幸をあんな風に笑い飛ばせるエドガーの神経を疑いながらも、私はエドガーの意見を否定することを出来なかった。


 エドガーを婚約者に選ぶということは、そういった人格さえ受け入れることなのだと思っていたから。


 身分を隠していたとしても、こんな綺麗な顔なら忘れるわけもないのに。


 これまでに出会った人達の記憶を辿るも、ディーらしき人物はどこにもいない。


 でも、ディーが人違いをしたまま、こんなに私を好きになるとは考えにくいし。だとすると過去に会ったというのは嘘ではない?


 馬車や店の中から私を見たってことかしら。直接会ったことがないのなら、その線が妥当。


「僕は素顔ではなかったからピンとこないと思う」


 小さく微笑んだディーは


「この命尽きるまで貴女を想うことを許して欲しい」

「鎧の……騎士様……?」


 全ての記憶を押し退けて、とある日の記憶が頭の中に浮かんできた。


 忘れもしない。忘れられるわけがない。


 あの日の出来事を鮮明に思い出す。





 あれはニコラがローズ家にやって来た最初の誕生日。


 サプライズでプレゼントをあげたくて護衛も付けずに街に出た。馬車を使えば気付かれてしまう可能性もあり歩いて。


 子供の足だと辿り着くまでに時間がかかった。


 家にこもって勉強や読者ばかりしていた私には体力はなかった。


 当時からニコラの家庭事情は聞いていたから高価な物を買うつもりはなく、私の大好きな青い花束に決めていたのだ。


 お母様から毎月、お小遣いと称して金貨五枚。銀貨五枚。銅貨十枚が渡される。


 将来のために貯金していたのが役に立った。


 今でも一応は貰ってはいる。額は減ったけど。


 それでもニコラへの給料は払えるし、私個人が必要な物を買うときはヨゼフがお金を渡してくれる。


 侯爵令嬢である以上、侯爵家のお金を使うのは私の権利であるからと。


 当たり前のことをわざわざ口に出すのは私よりもヘレンが優先されるから。


 お父様も面と向かって指摘されると許可を出すしかない。嫌々感からわかるように、本当は私にお金を使うつもりはなかった。


 むしろ、私へのお金は全てヘレンに回すつもりだった。


 ヨゼフのおかけで私はみすぼらしい哀れな令嬢にならずに済んだ。




 事件が起きたのは花を買った直後。


 仕事をクビになった男性が朝からお酒に酔い、誰彼構わず絡んでは、私を見て怒りが頂点に達したようだった。


 平民は貴族に意見することが許されていない。


 例え理不尽でも受け入れなければ家族が酷い目に合わされる。


 怒鳴り声からわかるのは、男性は無職になり、妻と子供が家を出た。唯一の心の拠りがなくなった男性には守るべきものはなく、怖いもの知らずになっていた。


 貴族によって職を失った男性が貴族である私を恨むのは当然。


 私が職を紹介すると言ったところで家族が戻ってくるわけではない。


 切れてしまった家族の縁は簡単には結び直せないのだ。


 私が我慢することで男性の怒りが鎮まり、他の人への被害が抑えられるなら、一瞬の痛みを耐えればいい。


 私は貴族。平民を守り導くのが役目。


 大丈夫。大丈夫……。


 自分に言い聞かせるしかなかった。


 これは自業自得。ニコラを喜ばせたいからって、誰にも何も言わず外出した。


 ヨゼフには伝えようと思ったけど、仕事が忙しそうだったし、お母様も侯爵夫人としてやるべきことが多くていつも疲れていた。


 たまにはゆっくり休んで欲しいという私なりの気遣い。


 馬車を使わない貴族に恩を売る必要はないと感じているのか、誰も助けてはくれずに見て見ぬふり。


 それでいい。


 私を庇って怪我をされるのが一番堪える。


 手に持った酒瓶で殴りかかってくると、思わず目を閉じた。


 数秒待っても痛みはなく、恐る恐る目を開けると鎧を着た小さな誰かが剣で受け止めていた。


 あんなにも重たいものを着ているのに素早い動きで男性を倒してしまったのだ。


 子供に負けたことにより酔いが覚め、お酒で真っ赤だった顔が真っ青に変わった。


 人目もはばからず土下座をしては許しを得ようとする。男性を責めるつもりもなければ、罰するつもりもない。


 私は怪我をしなかったのだから、今回は何もなかったとして、処罰の対象にはしなかった。


 男性には新しい仕事を紹介した。働いていればお酒を飲む時間も減って、他人への八つ当たりも減るはず。


 あとは家族が戻ってきてくれたらいいけど、それは他人の私が口を挟んでいい問題じゃない。


 だからこそ願う。あの男性の未来が、今より少しだけ良いものになるように。


 事が一段落つき息をつくと、視界に一人分の影が入り込んだ。


 慌てて振り向くと鎧の彼?彼女?がいた。


 うん!だよね!!助けてくれたし。


 邪魔をしないように待っててくれたのかな。


 なんて優しい人なんだろうと思った。


 お礼をしたいからと名前を聞いても答えてはくれず、私は「鎧の騎士様」と呼んだ。


 お忍びで遊びに来た、どこかの貴族の子供なら深入りするのはよくない。


 言葉のお礼と、あとは今渡せる物がいいんだけど……。


 そもそも性別が定かではないのに、特定の物を買うのは失礼すぎる。


 お菓子ならどうだろう。


 この辺りにあるのはケーキか焼き菓子。


 でも、好みやアレルギーもあるし、食べ物もやめておいたほうがいいかも。


 貴族御用達専門店で本人に選んでもらったほうが無難な気がしてきた。そうなったらお金が足りなさすぎる。


 ツケで買うことも出来る。けど、後で屋敷に店のほうから請求がいく。


 一人で外出したなんてバレたらお母様に心配される。無理はしないでと。


 買い物だけならともかく、酔った人に絡まれたなんてバレたら悲しませてしまう。


 それだけは嫌だ。


 所持金も多く持ち合わせておらず何をあげたらいいか悩んでいると、鎧の騎士様は花を一本だけ欲しいと言った。


 私が悩み、困っているのを悟ってくれたのだろうか。


 本数に意味はないからあげることは構わかった。


 鎧で表情は見えないのに、何だかとても嬉しそうだったんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ