大切な人の大切な人を、大切にしたい
ヘレンの完全孤立は言うまでもなかった。
いくら侯爵令嬢になるかもしれない存在でも、味覚が合わないだけでなく、侮辱までされるとなると迂闊に付き合えない。
金輪際、ヘレンに招待状を送る人はないだろう。
可愛い顔をしたヘレンは平然と他者を貶すと発覚してしまった。
ヘレンがいないとつまらないのか、エドガーは早々に戻ってくる。
教室のただならぬ雰囲気に、何があったのかを訊ねた。
大袈裟にではなく、起きたことを順に説明していく。
聡明な第二王子殿下は誰が悪いのか見当がついたはず。
愛する恋人がピンチなのに庇う素振りがない。どこまでも卑怯ね。
私がいないと王太子にもなれないくせに。
「どうしてよアリー。そうやって私を悪者にして楽しいの?」
「聞き捨てならないわ!自分のことを棚に上げてアリーを責めるなんて、どういう神経してるの!?」
「そうですよ!アリアナ様。いくら当主様がお決めになったとはいえ、恩を忘れたあのような方と暮らすのはいかがなものかと」
「もし良ければ我が家にお泊まりに来ませんか。最上級のおもてなしをさせて頂きます」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
自分の発言の何がダメだったのかまるでわかってないヘレンは、私のせいでみんなから悪者にされたと再度口にした。
私としてはヘレンが嫌われるのは大歓迎だけど、言葉の意味ぐらいは考えて喋りなさい。
ヘレンへの責めは容赦なく続く。
彼女達が私のファンクラブのメンバーなのだろうか。さっきからすごく味方をしてくれる。
どこかで切り上げないと午後の授業が潰れてしまう。教師に迷惑をかけるわけにもいかないし。
エドガーなら止められるかもしれない。
悪いのがヘレンだとわかりきっているこの状況で庇ってしまえば想いを寄せているとバレ、私との婚約は確実になくなる。
私の味方をすればヘレンには裏切ったと思われる。
愛か利益か。どちらかを選べずに傍観者を決め込むような人間は、人の上に立つに相応しくない。
大事な決断を出来ないのと同じこと。
私の命とヘレンの幸せなら迷わず天秤にかけられたのに、おかしな話ね。
一言「終わりにしよう」と言えばここにいる生徒は従う。
そんな簡単なことをしないなんて、よっぽど自分のことが大切なのね。ヘレンよりも。
ヘレンもヘレンで、エドガーではなく私にばかり助けを求めるのは二人の関係を気付かれたくないから。
私の婚約者に名乗りを上げるエドガーと、実は付き合ってますなんてバレたら、この先一生、ヘレンの立場は悪くなるどころか、社交界から追放の恐れもある。
こっちもこっちで、自分の保身ばかり。
カルなら止められるんじゃない?
目で合図を送ってみるけどゆっくりと視線を下に下ろした。「女の戦いは怖いですから」と聞こえた気がした。
やけに諦めが早いけど、もしかして経験済み?
困ったわね。正直、私にも止められる自信がない。
このまま無視するのはダメだし。
「アリー…」
「都合が悪くなるとアリーに助けを求めるなんて卑怯じゃなくて?ジーナ令嬢」
頭の良いシャロンなら秘密を握っていることを悟られるようなヘマはしない。
今、この瞬間に起こっている事実だけでヘレンを追い詰める。
私の親友はなんて頼もしいんだろう。
ヘレンの失態はとても見ていられるものじゃなく、なぜ野放しになっているのか原因を追求すると、カストの想い人だからではと誰かが口にした。
先日のパーティーでの出来事は正確に広まっている。
居候のために妹へのプレゼントを勝手にあげただけでなく、ディーからだということを隠し嘘までついた。
「知らなかった」と主張するヘレンの無実を信じる者はいない。
この際、知っていようが知っていまいが、彼女達からしたらどっちでも良かった。
私へのプレゼントを勝手に使い、あまつさえ使用済の馬車を私が使えばいいなどと口走ったヘレンは人として失格なのだ。
非難はヘレンだけに留まらない。カストにも矛先は向く。
騎士団長を任命される実力と目の保養となる容姿。社会的地位もある。
憧れ、恋焦がれる女性が国にどれだけいたことか。あの場面を直接見てしまった人は深く幻滅して、なぜカストを好きになってしまったのか後悔していた。
外見に惑わされていたことが恥ずかしいと、カストへの想いをキッパリと断ち切る。
「カルロ様。ディルク殿下に頼んでジーナ令嬢の後見人を用意して下さい」
「な…っ!!酷いですボニート令嬢!!私にはもう身寄りがいないんですよ!?」
「そうかしら?ジーナ子爵には兄と妹がいます。そちらを頼ればよろしいのでは?他の家に住み着いて迷惑をかけるよりいいはずです」
集団いじめをしてる気分。不思議と嫌ではない。みんなが私のために声を上げてくれている。
思い返せば何度もあったんだ。そういう瞬間は。
人の優しさに疎かった私は気付かず……いえ、気付こうとさえせず偽物の愛に踊らされていた。
惨めで滑稽な私を嘲笑っていた。
必死に助けを求める視線を無視しているとヘレンの苛立ちは増していく。
去年まではよく、あんなにも庇ってあげていたし良家の令嬢も紹介した。親友にしたいと本気で思っていたから。
「前から言おうと思ってたんだけど、私をアリーって呼ぶのやめてくれる?」
「どうして!!?私達、親友でしょ」
「違うわ。ただの友達よ」
このタイミングで拒絶することによりヘレンに媚びを売ったり、味方にならなくていいのだとわかってもらえた。
「愛称って特別なものでしょ?だから婚約者であるディーと親友のシャロンにだけ呼ばれたいの」
「そんなの今じゃなくていいじゃない!!!!」
大勢の前で怒鳴り散らしてしまうほどヘレンから余裕が消えた。
ヘレンは考える力が乏しい。貴族はアカデミーに入学する前に家庭教師からある程度のことは教わる。
けど、お金のないジーナ家では当たり前のことが出来ず常識を身に付けずに育ってきた。
だからこんな傲慢でワガママな性格になってしまったんだろうけど。
家庭教師が雇えないなら親が見本となるべきだったけど、ヘレンはジーナ子爵ではなく夫人をお手本として選んだ。
「ボニート令嬢」
ようやくカルが口を開いた。
事態の収拾をつけるのかと思えば
「私のことはカルで結構です。未来の王妃様であるアリアナ様の親友ならば、従者である私に敬意を払うことはありません」
「貴方のそれも今言うことかしら?」
「殿下よりアリアナ様を大切にしろと仰せつかってますので。ならばアリアナ様の親友であるボニート令嬢を大切にするのも当然です」
それはいつか聞いたディーと同じ発言だった。
ディーはニコラと会ったこともなくて、なのに守ってくれた。 王宮第一騎士団の貸出なんてありえない。
陛下に直々に頼み込むのもそうだけど、普通はそんなこと思いつかないし、思いついたとしても実効するなんて……。
ディーに直訴された陛下はさぞ面食らったことでしょう。
私にとってニコラは大切な人でも、ディーにとっては名前も知らなかった赤の他人。
理由なんて、あるようでない。とても単純なこと。
私がディーにお願いしたから。
見返りを求めることなく、我が身のように強く心配してくれる。
その結果はやりすぎではあるけど……。
カルもカルで誠実すぎる。
私だけでなく、私の周りの人間にも気を配ってくれるなんて。
これまではノーマークだったのに、今の発言でカルの人気に火がついた。
カルには婚約者はいない。現在、好意を寄せる女性もいない。完全フリー。
前世ではアカデミーを卒業しても、浮いた話の一つもなくディーの護衛を全うしていた。
もしカルに気になる女性がいたら応援してあげたいな。
婚約者がいるのに他の女性に鼻の下を伸ばす男と比べたら好感は高く、アタックしたくもなる。
カルが婚約者だったら相手の女性を蔑ろにすることはない。他の女性に目移りすることもない。
誠実で真面目でつまらないと言う人もいるはず。それでも私は断言する。
真面目でつまらない人間のほうが信用出来ると。