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貧乏貴族の味覚

 翌日、ディーは公務のため休みだった。


 いつもは門で待っていてくれてるから会えないと寂しい。


 代わりに待ってくれていたカルは事前に伝えられなかったことを詫びた。


 そのときの態度が妙によそよそしいというか、何かを隠しているようだった。


 カルが口を噤んでいることを、私が聞いていいはずもなく気付かないふりをするしかない。


 ディーが忙しい身なのはわかっていた。こうしてアカデミーにいない日も多々あったし。


 公務の内容にもよるけど最低でも三日は王宮にこもる。


 カルはいてくれるし、シャロンや他のクラスメイトもヘレンが近づいてこれないように壁となってくれる。


 独りぼっちのヘレンを慰めるのはエドガーとその取り巻き。


 ──え……何でいるの?公務は?


 陛下はディーにしかやらせないのかしら。ディーのほうが王太子になるのに一歩リードしてるけど、あからさまにディーに期待してる。


 前世では二人はいつも同じ日数、公務を任されていたはず。


 公務内容が歳上であるディーにしかわからないとか?そんなことはないわよね。


 公務を任せると言っても最終的には陛下と陛下の側近がチェックするし、公務中も家庭教師が傍にいるからわからないことはすぐに聞ける。


 学生身分でありながら公務を任せるのは、いずれは携わるかもしれない仕事故に、わからないなりにも自分で考えることを身に付けさせることが目的だった。


 正式に王太子になれるのはアカデミーを卒業後となる。それまでは王太子(仮)になるわけで。もちろん婚約者に選ばれたからといって、その立場に甘えるのは厳禁。


 エドガーは甘えていたわけではないのだろうけど、自ら進んで公務を手伝おうとはしなかった。積極性に欠けている。


 決められた日数、決められた時間だけやっていれば周りからの評価は得られた。それだけ外面が良いということでもある。


 そんな要領の良いエドガーも今では穏やかではいられない。


 私に選ばれなかったということで肩身の狭い思いをしているのにディーだけが頼られるとなると築き上げてきたものは一気に崩れる。


 どうにかして功績を挙げなければと躍起になってるはず。


 残念なことにこの時期に話題となる大きな事件や問題はなく、エドガーの活躍は日の目を見ない。


 仮にあったとしても、ディーの功績となるよう私が全力を尽くす。


 ディーと関わり合いを持ったのは今世が初めてなのに、ディーの顔を見ないとなぜか落ち着かない。


 私がディーに会いに行くのはおかしなことではないけど、公務の邪魔をしたくはない。私が尋ねたらどんなに忙しくても「忙しくない」と言って、私との時間を作ってくれる。


 頑張っているディーの足を私が引っ張るわけにもいかない。数日経てばまた会えるんだ。我慢しよう。




 お昼になると泣きそうなヘレンに呼び止められて食堂に行くタイミングを逃した。


「わ、私も一緒に食べたいの」


 わざわざ私を誘わなくてもエドガーと食べればいいじゃない。


 喜んで誘いを受けてくれると思うけど。


 その肝心のエドガーは貴族子息達と既に教室を出ていた。


 チヤホヤされたいのに慕ってくれる男子生徒と食べないのは、エドガーのいないとこで他の男性と一緒にいたくないのね。


 そういうとこは誠実なんだ。


「私はいいわよ。皆さんはどうかしら」

「アリアナ様がいいなら」

「断る理由はないですし」


 嫌々感は滲み出ている。


 ヘレンは何も感じてないのか、パァっと笑顔が明るくなった。


「ありがとうございます!今日からお弁当を持ってきて。シェフに作ってもら…って……」


 豪勢に盛り付けられたお弁当を見せようと開けると、教室中の空気がシンと静まり返る。。


 どこかからクスっと笑い声が聞こえた。


 予想だにしてない出来事なのにヘレンは即座に悪知恵を働かせた。


「うぅ…私って本当に嫌われてるのね」


 被害者のように泣き崩れるヘレンに同情の声が上がる。


 使用人が貴族に対する仕打ちではない。


 彼女達を味方につけようって魂胆。何か事情があるのではと、親身になろうとする生徒がいてもおかしくはない。


 シャロンだけはヘレンに非があるとわかってくれてる。被害者ぶるヘレンに対しての嫌悪感は隠しきれるわけもなく、後ろのほうで睨みを利かせていた。


 こんな人の多い所であからさまに表情を歪めるわけには自然とそういう顔になるんだろうけど、その睨み方も普通ではない。


 つい視界にシャロンが入ったカルは何も見てないと主張するように即座に顔を逸らした。


 令嬢らしからぬ顔を見て見ぬふりするなんて、真の紳士ね。カルは。


 教室のあちこちから、ヘレンを心配する声が上がる。


 貴族令嬢としてヘレンは決して褒められた存在ではないけど、万が一にも使用人から悪質な嫌がらせを受けていれば、いずれその波紋は貴族社会全体を揺るがす危機となるわけで。


 そうなる前に危険な芽は早めに摘んでおこうという意志が読み取れる。


 手で隠した顔はずる賢く笑っているんでしょうね。


 思い通りに事が進む優越感に浸っていられるのも今だけ。


 甘いわヘレン。私がそれを許すわけないじゃない。


「泣かないでヘレン。私が料理長にそうしろって言ったんだから」


 予期せぬ発言にヘレンよりも周りの女子生徒が声を荒らげた。


「アリアナ様が!?どうしてそんな」

「まさか……いじめを?」

「そうね。事情を知らない皆さんからしたらそうかもしれない」


 言葉を切ることで誰もが、そうせざるを得ない理由を考え始めた。


 こういうとき、真面目に生きてて良かったと心底思う。


 私とヘレン。どちらの言葉に説得力があるのか一目瞭然。


「何でもない」と終わらせようとすると食いついてきた。すぐには答えず悩むふりをした。


 言いづらそうに口元を手で隠す。


 焦らされれば人はどうしても知りたくなる。


 一度目を閉じて、いつか見たお芝居を思い出した。悲しくも愛しい表情。大切に想う人を晒し者にしなければならない辛さ。


 私はこんなことを言いたくない。でも!罪のない料理長達を悪者にしたくない葛藤。


 表情や仕草一つで見ている者に言葉以上のものを伝えられる役者に私は魅せられていた。


 一緒に見ていてた家族は「所詮作り物。何が面白いんだ」とバカにしていた。


 私だけが彼らと違う感想に違和感はあったものの、嫌われたくなかったら頷くしかなかったのが悔しい。


 良いものを素直に良いと言いたかっただけなのに。


 あのときの役者をイメージして、表情と雰囲気を作った。


 ヘレンが毎日のように料理にケチをつけていることを話すとみんなの目が変わった。


 本人に悪気はなく、口に合わなかっただけかもと付け足す。


 何を作っても「美味しい」の一言もないのなら、もう何も作らないのがヘレンのためだと。


「私、ローズ家のパーティーに招待されたことがあるんだけど料理すごく美味しかったわ」

「そうよね。私なんて家でもあの味が食べたいからお父様に無理を言って、ローズ家からレシピを頂いたわ」

「それなのに不味いだなんて……」

「侯爵家の食事がお口に合わないのは当然じゃないかしら。だってジーナ子爵って。ほら、ねぇ?」


 ジーナ家は貴族でありながら金銭的余裕のない貧乏貴族と称されている。


 普通に生活していればそんなことにはならないのだけれど、夫人の豪遊のせいでいつもお金に困っていた。


 月に一度訪れる商人から宝石やドレス、アクセサリーを買い漁り、酷いときには没落寸前までいったとか。


 難を逃れたのはジーナ子爵の真面目さと人徳のおかげ。上級貴族からの信頼が厚く、担保なしの無利子でお金を借りられたから。


 その夫妻が亡くなり娘のヘレンが借金を背負わされてしまい、それを肩代わりしたのがお父様。


 夫人の金品を売れば返せたのに、母親の遺品だからと全てを引き取った。ジーナ子爵の物と一緒に奥の部屋にしまい込んだ。


 あの頃は私もそのほうがいいと賛成していたけど、それがまさか。はぁ……。

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