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始まりの約束【sideなし】

 遥か昔。初代国王陛下の時代まで遡る。


 世界には人間以外の種族が存在していたと言い伝えられていた。


 だが、記録に記されているだけで実際に目にした者はいない。


 他種族は警戒心が強かったり人間に紛れ込んで生活したりして、実在するという証拠は何一つ見つかっていないのだ。


 国には今のように多くの建物はなく大きな森があったそうで。


 森は豊かでたくさんの動物が住み着いている。


 人間と動物。双方の領域に立ち入らないことは暗黙のルールであり、定められた一線を超えなければとても平和であった。


 人間の領域である森の東側は太陽の光が差し込むことはなく、昼間でも夜を思わせるほど薄暗い。


 そこに隠れ住んでいたドラゴンは大きな体を小さくしようと丸まって、時間の許す限り眠る。


 ドラゴンの放つ威圧に、人間も他種族も本能的に感じ取り森の東側に足を踏み入れる者はいない。


 たった一人、好奇心旺盛で国を担う王である男を除いては。


 彼にとって重要なのは民の平和。それを脅かすものは排除しなければならない。


 薄暗い道をひたすら真っ直ぐ歩き続ける。奥に進むにつれて手足が震え、これより先に行ってはならないと、危険信号が送られてくる。


 それでも彼は臆することなく進む。


 彼には責任がある。


 人々の上に立つ者として民を愛するだけでなく、守るという義務がある。


 だからこそ、率先して動かなければならないのだ。


 この国の王として認め、祝福してくれた多くの者達のためにも。


 歩き続けていくと、空気が浄化されているかのように辺り一面がキラキラと輝いていた。


 そして彼の目には…………美しいとさえ思わせる漆黒のドラゴンが安らからに眠っていた。


 彼の気配に気が付いたドラゴンは目を見開き、威嚇しようと体を起き上がらせた。


 王宮を簡単に踏み潰せてしまいそうなほど、ドラゴンは大きい。


 どんな物でも簡単に引き裂いてしまう鋭い爪。


 あの口からは炎を吐くのだろうか?


 彼は好奇心を抑えきれていない。


 怯えることも、利用しようとするやましい気持ちもなく、友人になろうと手を差し出した。




 ドラゴンは人間が好きだった。


 小さくて非力で、一人では出来ないようなことも力を合わせて成し遂げようとするからだ。


 今よりもまだ、ずっと昔。


 そんな人間達の前に姿を現したことがあった。


 遠くから眺めるだけではつまらなくなってしまう。


 見たことのない巨大な生き物に人間達は怯え、必死に命乞いをした。


 今年収穫した作物や、若くて綺麗な女性、肉付きの良い赤子を差し出しながら。


 怖がらせたいわけではない。供物や生贄が欲しいわけでもない。


 ただ……近くで見たかった。


 愛しい人間達を。


 怖がらせるつもりはなかったと伝えるには言葉を交わさなくてはならない。


 人ならざる者が人の言葉を喋ればより怖がらせ、「化け物」と呼ばれてしまう。


 それはとても悲しいことで、ドラゴンは大きな羽を羽ばたかせその地を後にした。


 忘れていたわけではない。


 人間とドラゴンは全く別の種族。分かり合えるわけもなければ、共存も出来るはずがない。


 ドラゴンは世界に一匹しか存在しない希少種。


 他の大陸ではその存在が知られていても、この大陸ではそうではなかった。


 出会ってしまうのが許されない行為なのだと、ドラゴンは深く理解した。


 それからは遠くから見ているだけにした。


 家族や友人。人間には様々な関係性があり、退屈はしなかった。時々、ハラハラさせるような展開に陥るが、事なきを得る。


 ドラゴンが人間の前に姿を現して、季節が二つほど過ぎた頃だっただろうか。


 人間達はドラゴンを呼んだ。


 ドラゴンがドラゴンであることを知らず、当然、名前も知らないのだから、人間達はドラゴンを「黒い神」と呼ぶ。


 必死な姿に何かあったのではと心配になったが、人間達の心の内が読めてしまうドラゴンはひどく絶望した。


 人間達はドラゴンを戦争の道具に使おうとしていたのだ。


 黒い神と呼ぶ一方で、心の中では「邪神」やら「世界を滅ぼす魔物」と蔑んでいた。


 よもや、人間を愛するドラゴンに人間を殺せと望む。


 ドラゴンの力を持ってすれば他国を侵略し、国民を服従させることを出来る。


 人間と共存するなら全人類を支配してしまえば叶う願い。それでもそんな卑劣なことをしないのは、人間を傷つけない想いが強かった。


 ドラゴンが愛した、心優しき人間はいない。


 絶望し、人間を見限るには充分すぎる出来事。


 もっと早くに気付くべきだった。人間の住む世界でドラゴンの存在がどれだけ異質かを。


 人間の地を去り、二度と足を踏み入れなければいい。たったそれだけのことを、ドラゴンは出来ない。


 羽を持つドラゴンが孤独に生きられるのは遥か上空。他の種族も辿り着けない、雲よりももっと上の世界。


 古くから人間が崇める「神」の住む神地。


 孤独は寂しい。目を閉じれば浮かんでくる愛しかった人間達の姿。


 記憶も想いを忘れてしまえば、どれほど良かったか。


 大陸から大陸へ。静かになれる場所を探して彷徨った。時の流れと共に人間の欲は膨れ上がる。


 あの人が欲しい。金持ちになりたい。アイツが邪魔だ。


 世界の王に君臨したい。


 欲という願いは様々で、自分以外の人間を傷つけることを厭わなくなってきた。


 愚かで欲にまみれた人間に呆れながらも、人間の住む地を去れない自分自身を笑う。


 人間達のことを考えることも、見ることさえ疲れたドラゴンはひっそりと生きるとこを望んだ。


 永住しようと決めたのは大きな森があり、人間と動物が互いの境界線を引いて生きていたから。


 元々、陽があまり差し込まない東側は昼間でも危ないかはと人間は立ち入らない。


 静かに眠るには、これ以上最適な場所はない。

 そう思っていたのに……。


 そこに現れた。忌み嫌う人間が。




 彼は純粋で、口から出る言葉にも嘘偽りはない。


 黒い体がカッコ良いと言えば、心の中でもそう思う。


 友人になりたいと言えば、種族の違う自分なんかを相手にしてくれるだろうかと不安に思う。

 彼の言葉は全て本心。


 彼はドラゴンが愛した『人間』という存在そのもの。


 差し出された手を掴むことも、振り払うことも簡単だった。


 今後、二人の関係を決める主導権を握っているのはドラゴン。


 ドラゴンからしたら、小さな彼の手を鋭い爪で傷をつけてしまわぬよう、ちょこんと優しく触れた。


 二人の間に友情が芽生えるのに、そう時間はかからない。


 彼はこの国を治める王で在ったため会える時間は限られていた。ドラゴンはそれでも良かった。


 例え一分だろうと会いに来てくれることが何よりも嬉しい。




 優しくて温かい彼にドラゴンは何かしてあげたくて望みを訊ねた。


 ドラゴンの力を持ってすれば不老不死も世界一の大魔道士になるのも夢ではない。


 私欲のない彼の望みは平和かもしれない。それさえ叶えられるのだから、ドラゴンは偉大である。


 彼は言った。まだ見ぬ子孫のために一度きりの願いを使わないと。


 もしかしたらこの先一生、願う日はないかもしれないけど、もし……もしも。何十、何百年先の未来で愛する者を失い深い絶望に打ちひしがれたとき、やり直すチャンスを与えて欲しい。


 それは友としての最初で最後の頼み事。


 ドラゴンは願って欲しかった。あと数日も生きられない、歩くことすらままならない彼に。


 老いることも朽ちることもない命を。


 だって彼は……生まれて初めて出来たたった一人の友人だから。


 人間とドラゴンは全く別の生き物。


 人間の一生はドラゴンにとっては一瞬。出会ったのがつい昨日のような感覚。





 彼の命が終わりを迎えた日、ドラゴンは静かに待った。そのときが来るのをずっと。独りぼっちで。


 彼の子は彼に似て優しかった。


 子の子も彼に優しかった。


 いつからか彼の血を引く子孫達は少しずつ私欲を求めるようになった。


 それでもドラゴンは目を逸らすことなく、彼が愛した国を、彼の血が受け継がれていく人間を、見届ける。


 時には醜い争いをしたり、真実の愛を見つけたとかで他人を深く傷つけることもあった。


 時の流れと共に人間は変わる。ドラゴンはそのことを学んでいた。


 約束を果たしたのはそれから長い長い月日と気が狂いそうな時間が経った、人も物も全てが真新しくなった現代。

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