生き返らせてくれたのは
ヘレンが完全に令嬢達から線を引かれたのはカルが登場してすぐのこと。
先日、前世のカルへのお礼に剣の装飾をプレゼントをした。
ヘレンなりに一泡吹かせようと頑張ったみたいだけど、私はやましい気持ちで贈ったわけでもなくカルが証言してくれた。その装飾は私がディーに作りたくて見本として買った物だと。
ディーが剣を扱うことは誰もが知っていること。
私はディーに興味がなかっ……じゃなくて、エドガーの婚約者だったから他の男性によそ見をしなかった。
義兄となるはずだったディーの情報収集もせず、巧みに用意された道を歩いていただけ。
淑女の嗜みとしてありとあらゆるものはマスターしているけど、ディーへのプレゼントが不格好になるのが嫌だった。
店で売ってる物を手本として作れば良い出来になるのはわかっていた。おかげで自分でも満足のいく装飾が作れて大満足。
──何回か失敗したことは黙っていよう。
カルにはハンカチでもと思ったけど、ディーの騎士でもあるから装飾を選んだ。色違いのお揃いで二人の仲が怪しまれないように願う。
「ジーナ令嬢。真偽のほどを確かめもせず誤解を招くような発言はアリーを陥れようと思われても文句は言えませんよ?」
シャロンが呆れたようにため息をついた。ローズ家の汚点を知っているシャロンは、心底軽蔑しているのに普段通りを装っている。
必死に謝るヘレンに私は怒ってないことを伝えて、今日はお茶会を楽しもうと手を引いてあげるとシャロンに呼ばれた。
ヘレンには関わるな、って意味ね。
このお茶会にはサプライズゲストが用意されていると聞く。見当はついているけど。
「ごめんねヘレン。私も行かなくちゃ。でも大丈夫よね?お兄様達がいるんだもん」
あんなに人気だったカストとハンネスの周りに令嬢は寄って来なくなった。前から言い寄られて迷惑していると言っていたし、ちょうど良かったのかも。
この一件でローズの名に傷はついたけど、まだ足りない。
こうやって少しずつ、じんわりと、大事にしてきた歴史と誇りにヒビを入れていく。来たるべき日に粉々に壊れてしまうように。
シャロンに先導された場所には、最先端のドレスを身にまとったニコラ・ロベリア公爵令嬢がいた。
お互いに「初めまして」と挨拶を交わす。
微力とはいえ公爵家と太いパイプを繋ぎたかったお父様からしてみればこのチャンスを逃したのは大損。
ロベリア家からは幼い二人と公爵夫婦は欠席しているけど、他の兄妹は参加していた。
私とディーは宮殿内で休むことに。先程のひと騒動で疲れきった私を労わってくれる。
「すみませんアリー。僕が余計なことをしたせいで」
「大丈夫よ。それに謝らなければいけないのは私。あの馬車がディーからだと知っていたのに……」
「どういうこと?説明して欲しい」
「彼らに…ヘレンに恥をかかせたかったの」
馬車なんて大きな買い物をしたらヨゼフが不審がって私に報告してくれる。
それがなかったってことは誰かからのプレゼント。
仮にエドガーだった場合、お父様からと嘘をつかずにエドガーからだと口を滑らせる。
彼らの言動を注意深く観察していれば、おのずと答えは出る。
そして何より、あのお父様がクッションやブランケットといった小さな気配りが出来るわけもない。
これには温厚なディーも怒るはず。私ことを考えて私のために選んでくれたプレゼントを悪用された。
ディーの目を見ることが怖かった。軽蔑されていたら、婚約を解消したいと言われたら。
次第に鼓動が速くなる。
次にディーの口から出てくる言葉を聞きたくない。
耳を塞ぎたくなっていると、私よりも大きなディーの手が、そっと温かく私の手を包み込んだ。
穏やかな笑みを浮かべるディーは私の心を見透かしていた。
「僕は怒ってないよ」
意外なことにディーは、そんなことをする理由は、お父様達がヘレンだけを可愛がっているからかと聞いてきた。
端から見たらやはり、私は愛されていなかったのだ。
必死になって、そんなことはないと自分を言い聞かせてきた。
生まれてからの十六年を自分自身で否定できるほど、私は強くない。
きっと愛してもらえる。認めてもらえる。
現実を突きつけられた気分。
何かをやり遂げる度に、たった一言でも労いの言葉が欲しくて顔を出しては、冷たい目で追い返される日々。
ヒステリックに叫ぼうものなら厄介者扱いされる。それが怖くて、貴重な数分間を私なんかのせいで無駄にさせてしまったことを謝罪して部屋に戻るしかなかった。
この期に及んで他者から愛を求めはしない。求めさえしなければ傷つくことはないのだから。
ディーからの贈り物を利用してまで恥をかかせようなんて最低な行いを理解してくれようとしている。
そうか。ディーは決めつけないんだ。私の言葉や行動だけで。
何かしらの意味があると信用してくれている。
あの屋敷にいるとヘレンが何も出来ないことは私が悪いと責められてきた。
反論すれば生意気だと愛想をつかされ、見捨てられたくなかった私は縋るように、もう言い訳はしないと理不尽に頭を下げてきた。
彼らはわかってた。私が何を恐れて、何を求めているかを。だから、どれだけ横柄で矛盾した言動を取ろうと、愛情のために自ら進んで操り人形になってしまう。
考えることを放棄して、目の前に置かれた与えられるはずのない愛情を手にしたくて。
復讐のことを言おうか悩んでいると一枚の絵が目についた。
王族の肖像画ではない。
──ドラゴン?
でも、なぜ王族所有の宮殿に飾られているの?
御用達の絵描きが描いたわけではなさそう。まるで素人が絵描きに習って描いたかのような荒々しいタッチ。
絵も額縁も新しい感じがなく大昔に描かれたものみたい。
真っ黒な体と深紅の瞳。なぜだろうか。惹かれてしまう。
息をするのも忘れて黙り込んで絵を一点に見つめる私にディーが教えてくれた。
それは私がずっと知りたかった答え。
涙が零れた。
私を生き返らせてくれたのはディーだった。