年に一度のお茶会
今日は年に一度の恒例、王族主催のお茶会。上級貴族はもちろん、私の家族はもれなく全員招待された。
息子の婚約者の家族は特別扱いになる。
そうでなくてもエドガーの友達枠にいる私とヘレンのおかけで、王族と接する機会が与えられていた。
とはいっても今回のお茶会の招待状は陛下からではなくエドガーから届いたもの。
王族主催ということもあり、陛下、王妃、ディー、エドガーの四人がそれぞれ招待状を出す。
王妃からの招待状を持つ貴族は圧倒的に多く、逆に陛下からの招待状を持つ貴族は少ない。
陛下の信頼と信用を勝ち取り、尚且つ貴族てしての義務を果たし実績を残す貴族が少ないということだ。
招待状をもらったからと必ずしも参加する必要はない。現に今日も、仕事が忙しく欠席した者、辺境に住んでいて王都まで来られない者もいる。
時間調整のため一週間前には届いているはずなのに。要は来る意思がないのだ。
私はディーとエドガーから招待状を送られてきたけど、一枚だけでいいからディーの招待状を持参する。
ディーから貰ったドレスを着て、お茶会専用の宮殿に向かおうとしたら見慣れない新品の馬車が目についた。
「アリー!見てこれ!侯爵様が買ってくれたの。アリーはディルク殿下にいっぱいプレゼント貰ってたからこれは私のでいいよね?」
──私に確認する前から自分の物にしてるじゃない。
中は普通だけど、長時間座っていられるようにクッションが置かれている。
肌寒くなったように手触りの良いブランケットまで用意されていた。
「父上はお前が嫌いなわけではない。それは理解しているな」
私は何も言っていないのに、急にカストが話しかけてきた。
騎士団長ではなく次期侯爵の貴族として参加するため、いつもより気合いが入っている。
それはさておき、どう見ても嫌いじゃないかしら。お父様は私を。
いや、好き嫌いじゃない。私を人として見ていないだけ。あの目に私がどう映っているのか見てみたいほどに。
どれだけ嫌いでも名前ぐらいは呼ぶ。それさえしないお父様は父親としての義務さえ放棄している。
私を家から追い出さないのは体面のため。
この国がいらない子を捨ててもいい独自の文化を推奨していたら、私は生まれてすぐ外の世界に放り出された。
「アリー?どうして黙ってるの?もしかしてダメだった?そうよね。侯爵のプレゼントを私が貰うなんて図々しいよね」
「アリアナ!!お前はどうしてそう心が貧しいんだ!!」
か弱いヘレンを庇う自分に酔っているのね、ハンネスお兄様は。はいはい。カッコ良いカッコ良い。
私は別に馬車にこだわりなんてないし、普段使っているものでいい。
会場までのエスコートにはカストではなくコゼット卿にお願いした。
本来であれば団長であり兄であるカストにお願いするのが妥当。本来であれば、ね。
私は、私を嫌う人にエスコートを頼めるほど心は広くないのよ。
コゼット卿は私とカストを交互に見ては、差し出した私の手を掴んでくれた。
騎士としての価値を傷つけられ怒鳴りつけたい気持ちを抑えてヘレンのエスコートのため手を差し出した。
嬉しそうなヘレンには悪いけど、カストは貴女を選んだわけではないのよ?
私に選ばれなかったから、ローズ家長兄として誰もエスコートしなかったなんて恥をかきたくないだけ。
貴女だってそれはわかってるはずなのに、カストを喜ばせるために演技をしてあげるなんて優しいじゃない。
私には真似出来ない芸当。
それとも本当に、自分が選ばれたなんて、勘違いしてるわけではないわよね?
カストもそのままの貴方でいてね。そうやってヘレンの味方をして、ヘレンを贔屓して、私をぞんざいに扱ってくれればいい。
それがどれだけ自分の首を締めることになるのか想像もしていないんでしょ?
馬車の中は沈黙が流れるのに不思議と重たい空気ではない。静かな時間が心を落ち着かせてくれている。
「アリアナお嬢様。到着致しました」
いつ見ても立派な宮殿。
ここでは主に王妃がお茶会やパーティーを開いていた。陛下との夫婦中はさておき、権力者とのパイプを繋いでおきたい奥様方は側室の悪口を言うために集まる。
見え透いたお世辞でも王妃と比べ側室は劣っているとでも言っておけば、機嫌を良くしてくれるのだ。
社交界にはあまり興味はないけど義務として一応参加はしていた。
前世では私の婚約者はエドガーだったから。王妃が主催、あるいは参加する催し物には参加しなければならないが時間の無駄で面倒でもあった。
今世ではそれがないんだ。そのことに気付くと、ちょっと気持ちが楽になった。
大勢に囲まれていたディーは私を見つけては一目散に駆け寄った。
私のドレスとディーの礼装はお揃いで、私達の仲を見せつけるには丁度いい。
胸にはディーから初めて貰ったブローチを。身に付けてるアクセサリーはこの間、ディーに贈られた物。
ディーなら赤色の礼装も似合うのに、袖を通すことは一生ない。
私が赤色を嫌いな限り。
軽く挨拶をしようとドレスの裾を持ち上げると門のほうが慌ただしくなり、警備兵がとある馬車を取り囲んでいた。
何事かと先に到着していた貴族達も集まってくる。
「何の真似だ?道を開けろ」
「それはこちらの台詞だ。小侯爵」
警備兵を下がらせたディーはかつてないほどの怒りに燃えていた。
当然よね。私に贈ったはずの馬車を、あろうことかヘレンが乗っているんですもの。
頭の良いカストお兄様はなんと言い訳して許しを得るのか。すごく楽しみ。
人気のお芝居よりもこっちのほうが一層面白い。
「なぜこれをアリーではなくジーナ令嬢が使っている?これはアリーへのプレゼントだと伝えたはずだが」
「そうだったの?ヘレンとお兄様が私には、お父様がヘレンのために買った物だと言っていたから。ディーからの贈り物だと知っていれば乗ってきたのに」
「ローズ侯爵を呼んで来い。すぐに!!」
夫婦揃って先に挨拶に来ていたお父様達は門まで呼び出され少し不機嫌。
ディーに馬車の件を問い詰められ瞬時に悟った。この状況で助かる術はないと。
やっぱりカストとハンネスも贈り主が誰だか知っていたのね。ヘレンも…聞かされていたと考えたほうが納得がいく。
せめて自分が買ったなんて嘘をつかなければ逃げ道ぐらいはあったかもしれないのに。そうまでしてヘレンにカッコつけたかった?
ヘレンがその馬車を使うなんて思わなかったのかしら。それとも私が一緒に乗るとタカをくくった?
何にせよ浅はかすぎる。
前世の私はなぜ、こんな家族に愛されたいなんて願っていたのかしら。
向き合ってさえいればおかしな点に気付けたかもしれないのに。
王族の名を汚した彼らは死刑までとにはいかずとも、罰は与えられる。
どうしたのエドガー。貴方の未来の家族が困っているわよ。助けてあげないの?
そっか。下手に口出しして関係を疑われてしまったら元も子もないもんね。
ヘレンもどうして泣きそうな顔で私を見ているのかしら?助けて欲しいのね。自分で蒔いた種なのに。
いいわ。助けてあげる。だって最初からこうなることを予想して、一緒に行こうと言わなかったのだから。
「待ってディー。ヘレン達を許してあげて」
「アリーは優しすぎる」
「だってカストお兄様はヘレンが好きだから」
「な…っ!!アリアナ!!?」
「お父様はそんなお兄様の想いを悟って、いずれは義娘となるヘレンのために何かしてあげたかったんだと思うの」
望み通り庇ってあげると周りは一瞬にして天下のローズ家を悪と見なした。
恋愛は個人の自由。居候の子爵令嬢に恋をしても誰にも咎める権利はない。想い人のために妹に贈られた物を横流しするのは褒められたものではないけど。
ここで許しておけば私の株は上がる。
同時に同情も引けて一石二鳥。
恋愛成就のために婚約者からの贈り物を奪われた可哀想な妹、と。
私はお父様の教えを遂行しただけ。
これでおあいこよね。利益のために家族を悪者にしたてあげたのは私だけじゃない。
そのせいで私は殺されたのだから、むしろ優しいぐらいだわ。
前世のこと故に、今はまだ計画を練っているところかもしれないけど。