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婚約者からの贈り物

「失礼します。アリアナお嬢様にお客様がお見えです」


 丁度、説明が終わると部屋をノックする音が聴こえた。


 ニコラもヨゼフもここにいるから、必然的に別の使用人が来るしかない。


 ニコラが扉を開けようとすると早速、護衛として二人が動いた。


 扉開けた瞬間に刺してくる度胸のある人間がいるとは思えないけど、言える雰囲気じゃないから黙っていよう。


 出てきたのがニコラではなく騎士二人だったことに、呼びに来たメイドは変な声を出して驚いた。


 私に客人が来たらしいけど、誰が尋ねてきたのか教えないメイドに苛立ちながらも、行ったほうが早いと判断した。


 護衛の二人を連れて部屋を出た。


 後ろを着いて来るメイドが緊張している。


 エドガーなら喜々としてるだろうから、相手はディーかしら。


 私の客人だと言う割には屋敷内に入れてもないのね。こんな失礼極まりないことがまかり通るのが侯爵家なら世も末。


 礼儀も弁えられない上級貴族が、これからもその地位にいられるとは限らない。名ばかりの侯爵家に未来はないのに。


 玄関を開けると大量の荷物と共にカルが入ってきた。


 言葉を失うほどの量に目がおかしくなったのではと擦ってみたり、深呼吸をしてみたけど…。うん。ハッキリと形がある。幻ではなく本物。


 ニコラ達も目が点になってる。


「こちらディルク殿下からのささやかな贈り物でございます」

「ささやか?」


 思わず聞き返した。


 カルは笑顔で大きくうなづいた。


「はい。ささやかです」


 荷馬車十台分はささやかとは言わない。それとも王族からしたら本当にささやかなの?


 誕生日にプレゼントはよく貰うほうだけど、こんなに山が出来るのは初めて。


 大きすぎて箱に入らない物はリボンだけ結ばれている。


 え、待って。あれ本棚よね。そうなると幾つかの箱の中身は本。


 嬉しい。嬉しいんだけどね。限度ってものがあるじゃない。


 プレゼントをここに置いておくわけにもいかず、まずは私の部屋に運ぶようお願いした。


 中身を確認しないことにはお礼も言えない。


 私宛のプレゼントを運んでくれる使用人はおらず、ヨゼフとニコラがせっせと運んでくれる。


 今日のカルはちゃんとディーから言伝を預かってきていた。


 ささやかなプレゼントはお詫びの品でもある。


 事前に報告することなく騎士団員を送ったことへの。

 よかった。そこは常識ある人として間違ってると思っているのね。


 これに関しては私が急にお願いしたからディーも準備が出来なかっただけで、本来なら謝るべきは私。


 それなのに山積みのプレゼントまで贈ってくれるなんて。


 この二人も満足のいく説明もなくここにいるかもしれない。本来の業務を離れて護衛任務につかされて責任を感じてしまう。


 不満をあらわにするわけでもなく、自分達がやるべきことをやろうとしてくれている。


 カルもカルよ。これは側近の仕事のはずなのに護衛騎士が来るなんてどうかしてる。コゼット卿に会いに来た“ついで”と言っているけど疑わしい。


「お久しぶりです。ニコラ様。元気そうで何よりです」


 箱を重ねて持ち上げようとしたニコラに声をかけた。


「あら。知り合いだったの」

「数回顔を会わせた程度です」


 ニコラとカルが顔見知りでも驚くことはない。だってニコラは……。


「ア、アリー。今カルがニコラをニコラ様って呼んだように聞こえたんだけど」


 ニコラを「ニコラ様」と呼ぶカルにヘレンは訝しげな目を向ける。


 普通はそうよね。貴族が一介の侍女を様付けするわけがない。


 空っぽの頭の中では、どんな最悪の事態を想像していることやら。


「おや?ご存知ないのですか?ニコラ様はロベリア公爵家の娘ですよ」


 私の代わりにカルが答えた。


 ロベリア公爵はよく言えば平穏。悪く言えば臆病。


 財と権力はあるものの貴族としては立場は弱い。何事にも慎重すぎて、それこそ石橋を叩きすぎるタイプ。


 それでも公爵家として信頼と実績を積み重ね、その座から引きずり下ろそうと考える不当な輩はいないほど。


 しかも家族愛が強すぎるため、笑い者になることはない。


 そうよ。前世でニコラが死んだとき公爵が何もしなかったとは思えない。


 投獄されているときには情報はなかったけど、私が死んだあとで何かが起きた可能性だってある。


 私が死んで愛する者と結ばれた新しい王は国民から祝福され、不穏分子は皆、無残に殺されたのだろうか。


 悪女に加担した罪は重い。殺す理由はそれだけでいい。あの国民の反応を見ればわかる。


 敵意、憎悪、殺意。全てがこもった視線や言葉は、「死んで償え」と言っていた。


「そんなわけないわ。だってあそこのお嬢様はみんな……」

「事実よ。ニコラはロベリア公爵家の三女なの」


 知らないのも無理はない。ニコラは病弱で屋敷から出たことのないか弱いお嬢様。という設定だから。


 ニコラは物事ついた頃から侍女に憧れていて、華やかな貴族社会には興味を示さなかった。愛娘の夢を叶えるべく、健康体のニコラを病弱にしてしまい誰にも会わせることなく立派な侍女にするため学ばせた。


 貴族はアカデミーに通うことが義務付けられているものの、例外はある。


 外に出るのも難しい病弱なら、無理に通う必要はない。


 知識を身に付けることははもちろん大事ではあるけど、学ぶ本人の体が一番大事。


 無理をして取り返しのつかないことになってしまっては遅い。命は……一つしかないのだから。


 アカデミーは王族の管轄。


 健康体のニコラを病弱と偽り登校させないのは偽証罪に該当するため、陛下にだけは本当のことを話している。


 公爵家の娘ならいずれ、王妃付きの侍女に選ばれるかもしれないと夢を応援してくれた。


 今のとこニコラは私以外に仕えるつもりはないらしく、仮に仕事ぶりを評価され王宮に招かれたら侍女を辞めて貴族に戻るらしい。


 ニコラにとって主は私だけだそうだ。


 侍女になるのを断られたぐらいで王妃も目くじらを立てて、処刑だ何だとは言わないはず。そんな器の小さいことしたら最後、いい笑い者だ。


 侍女として生きると決めたニコラはロベリア公爵令嬢の名前を捨てた。娘として家に帰ることの出来なくなったニコラは、生まれた弟と妹に二〜三回しか会えていない。


 いくら夢だったとしても家族と離れるのは寂しいはず。


 私はロベリア公爵とは縁がないから、たまにシャロンの屋敷に遊びに行くときにニコラも連れて行く。


 そこで家族の近況を知れる。直接会えるわけじゃないからシャロンの口だからだけど。


 家族のことが聞けるだけ嬉しいとニコラは満足そうに笑う。


 シャロンから事前に聞いていなければ、ここまで親身になることはなかった。


「アリーは知ってたの?どうして教えてくれなかったの?」


 しがみついてこようとするヘレンの腕を容赦なくカルが捻り上げた。


 騎士道を疑われるのを覚悟でやっているのだとしたら相当ね。


「その手を離せ!!」


 カルの行動に、素早くカストが反応する。


「何を言っているんですか?私はジーナ令嬢を助けたんですよ?」


 あのまま触れようものなら王命に背いたことになり捕まっていた。カルからしてみれば感謝はされても怒鳴りつけられる筋合いはない。


 もう私に庇ってもらえないカストは奥歯を噛み締めながら怒りを隠すことなく下がった。


「それからジーナ令嬢。私のことはカルロとお呼び下さい。愛称で呼んでいいのは殿下とその妃であるアリアナ様だけですので」

「シャロンもダメかしら」

「ボニート令嬢なら構いません。アリアナ様の親友をなぜ断れるのでしょう」

「それはそうとカル。早く離してあげて。ヘレンの腕が折れてしまうわ」

「それはそれは。気付きませんでした」


 清々しく嘘をつくカルはある意味好感が持てる。


 カルが出向いてくれたのはコゼット卿に会いに来たわけでもプレゼントを届けに来たわけでもない。


 ニコラの素性を敢えてバラした。


 独断ではなくディーからの命令だろうけど、さすがに公爵の許可は得ているはず。


 無断でやったとしたら公爵の怒りを買いかねない。貴族としての立場が弱いと言っても、長年、公爵の地位に君臨し続ける家門。後ろ盾のないディーを潰すことは訳ない。


 目が合ったカルはニッコリと微笑んだ。


 その笑みは許可を得ていると捉えていいのね?


「ニコラ様のことは近いうち王都に広がることでしょう」

「ニコラはいいの?」

「はい。どの道隠し通せるものでもないですし。それにバレたほうが堂々と家族に会いに行けますから」

「貴女がいいなら私は何も言わないわ。カル。急なこととはいえ次からは事後報告はしないで」

「申し訳ございません。気を付けます」

「それじゃあカル。お詫びに一つ、聞いて欲しいお願いがあるの」

「何なりと」

「プレゼントをいくつか持って帰ってくれないかしら」


 まだ運び終えていないプレゼントの中から、幾つかカルに手渡した。


 とびきりの笑顔で。

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