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譲らない気持ち

 お昼はレストランにでもと誘ってくれたディーの袖を引っ張る。


 短い時間で、アカデミーで耳にしたことのある評判の良い店をリストアップして、そこから私が喜びそうな店を選んでくれた。


 侯爵令嬢ともなると並の店では満足しないと思われていたようで、未成年というより大人の貴族がデートによく使う雰囲気の落ち着いたレストラン。


 ディーの頑張りを無駄にするみたいで、掴んだ手を離した。何もなかったように行こうと笑顔を取り繕えば、ディーは私の話を聞こうとしてくれた。


「お、お弁当。作った…んですけど」


 今日はいつもより早く起きてお弁当を作ってみたけど見事に失敗した。


 貴族が厨房に立つのはみっともないとされる。故に料理が出来なくても問題はない。


 だとしても!!これはもう料理とは呼べなかった。元の食材がわからないほど黒焦げ。ダークマターと笑われても仕方がない。


 料理長もこんな料理あったかと疑問視するほど。


 使用人が全員お父様の味方というわけではない。少なくとも料理長達はヘレンを嫌ってる。


 毎回、作る料理に文句を言って作り直させる。


 お父様も一緒になって怒鳴りつけることが増えた。好みの味も満足に作れないのかと、メイド達にも陰で笑われる始末。


 ヘレンだけでなく、ずっと尽くしてきた主君にまで口撃されると、ローズの名を持つ者全員に不快を示していた。


 ただ、私だけには敵意も憎悪もなく、昔と同じように接してくれている。


 先代から厨房を任せられてきた料理長達からすればこれ以上ない屈辱。


 辞めたい気持ちはあるだろうけど、機嫌を損ねて次の働き口を潰される恐怖から現状に耐えるしかない。


 今回の料理も快く教えてくれるほど私には尽くしてくれる。


 ディーは目を輝かせていた。失敗作でさえ私が作ったものだからと美味しそうに食べてくれる。


 こんな好意的は態度は初めて。これが好きな人への思いやりや優しさだとしたらエドガーとは真逆。


 いくら愛されたかったとはいえ男の見る目がなさすぎた。恋は盲目とはよく言ったものだ。


 その表現は少し違うな。あれは恋ではなかった。


 愛されるためだけに、自分で自分を利用しようとしただけ。


 本当の意味で人を好きになったことはなかった。それが妙に寂しくて、心がザワついた。


 だってそれは私が……空っぽだったと認めてしまうことになる。


 愚かで浅はかで、ポッカリと空いた穴を埋めようとしていただけ。


 誰からも好かれるエドガーの妻となり王妃になれば、無条件で国民から愛される。他人の名声をあたかも自分に向けられたように錯覚していた。


 私の下心は彼らの私利私欲を優に超えていた。


「もういいです。そんなに食べては体を壊します」


 美味しくないことなんてわかりきってるのに、渋い顔をするどころか笑顔で完食する勢い。


「アリーが僕のために一生懸命作ってくれた料理を残すなんて出来ません」


 真っ直ぐすぎる純粋すぎる想いは心臓が大きく跳ね、同時に流れる血が冷たくなるのを感じる。


 もう一人の私が後ろから囁く。自惚れてはいけないと。


 期待をすればするほど、後から惨めになるのは私。


 ()()()()()でいることが私にとってもディーにとっても、最善である。


「では体調を崩されたら言って下さい。薬代はこちらで払います」

「仮に寝込んでしまって僕が今日を楽しみにしすぎて浮かれてしまったからで、決してアリーのせいではありません」


 どこまでも優しい人。復讐のために利用していることが申し訳なくなり良心が痛む。


 罪悪感が膨らんでいく。息をするのも苦しい。


 今ならまら全てをなかったことに出来る。


 ディーを私から解放してあげれる。


 いえ、ダメね。そんなことをしたらディーに悪評が付きまとう。


 前世のことがなく、私の意志で初めからディーを選んでいたら純粋に惹かれて好きになっていた。


 ディーへの恋心が芽生えるには私はあまりにも……汚い。


 溢れんばかりの愛情を惜しむことなく注いでくれるディーに愛さないでと頼むのは失礼だ。


 望まなくても欲しかった愛情(もの)は既に与えられていた。


 応えてしまったら、万に一つでもまた同じことを繰り返すのではと心のどこかで臆病になる。


 それでもせめて、嘘でも「好き」と言えばディーは喜んでくれるだろう。


「どうしました?」


 言葉は出なかった。開いた口を見て不思議そうにキョトンとした。


 誤魔化すように咳払いをして話題を逸らす。


「ところでディー。その敬語はやめて下さい。ディーは殿下であり私より歳上です」

「ではアリーも」

「私は……」

「身分や歳は僕にとってはどうでもいい。僕達は対等なのだから」


 ディーは変に頑固。返答次第で要求は受け入れてもらえない。


 私が折れるしかないみたいね。


「わかったわディー。それより聞いてもいい?今日のことはカルが気を遣ってセッティングしてくれたけど、ディーにも予定があったんじゃない?」

「カルと剣の訓練をする約束を」

「ディーは剣を握るの!?」

「やっぱりおかしいかな」

「意外だっただけ。もしかしてカルの言っていた“とあるお方”ってディーのこと?」

「違うよ。僕なんてその人と比べるとまだまだだ。彼は世界で一番強い」


 そこまで言わせるその実力者に会ってみたい。


 お願いしてみるとその人は今は国にいないと。


 騎士ではなく自由の身だから色んな国を渡り歩いている。手紙も数ヶ月に一度しか実家に送らないから居場所を把握するのが困難。


 それほどまでの人物なら私は知っているはず。それなのに誰一人として当てはまらないのは貴族ではなく平民?


 詳しいことを言いたくないのなら無理に追求はしない。


「そうだディー。私から一つお願いがあるの」

「僕に出来ることなら」

「すごく簡単よ」


 内容には驚きはしたものの深くは聞いてこずに了承してくれた。


 疑うこともなく信じてくれるのは有難いけど、罪悪感だけが膨らんでいく。

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