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愛してください!〜前世で元親友と元婚約者に殺されましたが、今世の親友と婚約者と共に復讐します〜  作者: あいみ
第三章

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開かれたパンドラの箱

 屋敷に到着し、応接室へと案内される。


 その際に、誰も部屋に近づけないよう執事に指示を出す。


 テオには自室へ戻れと命令。

 強すぎる圧に従わざるを得ない。


 向かい合う一人用のソファーが並ぶ。

 座るように促され腰を下ろした。


「さて。では……。単刀直入に聞こう」


 目の前にいるのはさっきまでの優しい人ではない。

 代々続く公爵家を守り、繁栄させてきたフィリクス・アルファン公爵。


 空気が揺れる。息が苦しい。


 大声と暴力でしか主導権を握れない侯爵とは違う。


 自分がいかに生ぬるい世界にいたのか実感させられる。


 これが本物の貴族。


「パトリシア・ブランシュ。あぁ、今はローズか」


 なぜここで、お母様の名前を?


「彼女は本物か?」


 首をはねられた、痛々しく苦い記憶が蘇る。


 それほどまでに大きすぎた衝撃。


 シャロンでさえ目を見開いたまま、言葉を飲み込むのに精一杯。


 アルファン公爵は私が答えるのを待つ。急かすことなく。


 静寂は怖くもある。

 いつもより心臓の音がうるさくて、二人に聴こえてしまうかも。


「なぜ……そのようなことを……?」


 絞り出した声が震えていたのが自分でもよくわかる。


 呼吸をするのもやっと。取り乱さないでいられるのはシャロンが隣にいてくれるから。


「君も知っての通り、パトリシアは着飾ることに興味がない。侯爵夫人として最低限のことはするが、それだけ。そんな彼女が久しく会ったとき、全身をまるで……女のように着飾っていた。何より私を見る目に熱がこもっていたことが一番おかしい」


 明確な違和感。


 目頭を抑えながら息を吐いては、何とも言えない表情を浮かべる。


「こんなことを言う私が一番、おかしいのはわかっている。彼女が偽物なら本物はどこにいるのか。成りすまして何をしているのか。不可解な点が多すぎる」


 現実的に考えてありえないことだからこそ頭を悩ませる。


「公爵の仰る通りです。夫人は九年前からお母様ではありません」


 時が止まったかのように静か。


 感じていた違和感が答えであったことに絶望していた。


 嘘をついたところですぐに見抜かれる。

 だからこそ、嘘偽りなく残酷な真実を告げるしかなかった。


「待て……それは、つまり……。だとしたら君は」


 言葉が詰まる。口元を手で覆う仕草。


 多分、次の言葉は……。


「君ほどの人間が気付かないわけがない。誰にも明かさず沈黙を選んだのはなぜだ」

「だって違和感を口にしてしまえば認めることになるではありませんか。私を愛してくれていたお母様は、もうこの世にいないのだと」


 九年前。あの子がローズ家にやってきたときから、本当は知っていたんだ。


 目の前にいるのが本物(ははおや)ではないと。


 些細な違和感に蓋をすることで、現実から目を背けた。


 全ては私の勘違い。お母様は生きている。


 暗示のように何度も頭の中で繰り返す。


 まだたった七歳。もう七歳。

 人によって感じ方はそれぞれ。


 私は……まだ七歳だった。正確には七歳になったばかりの子供。

 現実を受け入れ認めるにはあまりにも……。


 泣いてしまわないように強がった笑みはアルファン公爵の良心を傷つけた。


 額に手を当て俯き、「すまない」と謝る。


「いえ。気にして……」


 ないと言えば嘘になる。


 あの日。シャロンからローズ家最大の秘密を聞かされたときから、蓋を閉めた記憶の箱が開いた。

 それでもすぐに心の平穏のため知らなかったふりをしたんだ。


 私は何も気付いていなかったと自分を欺いた。


 一枚目の書類に記されていたのは、お母様を殺しジーナ夫人がパトリシア・ローズとして侯爵夫人になったこと。

 あの男が……エドガー・リンデロンが偶然にも見つけ拾った魔法使いを使って。


 毎日、他国から買った少量の毒を食事に混入し続けた。

 お母様は体が丈夫で毒が効きづらい。そのため、予想以上に時間がかかってしまった。


 殺される一ヵ月くらい前から体調が悪くなり、医師に診てもらったけど体に異常はないとのこと。

 私は信じた。またいつもの元気なお母様に戻ると。


 だって思わない。医師を買収して嘘の診断をさせたなんて。


 変身魔法を使って姿形を変えた夫人は、常にその姿を保っていられるわけではない。

 部屋にこもっている間は本当の姿に戻る。


 人前に姿を現さなくても不審がられないのは、体調を崩していたことが周りに広まってるから。


 毒のせいで体はあまり言うことがきかず、ほとんどを部屋で過ごすようになり他者との交流を控えるようになった。

 それも計算のうちだったのだ。


 偽物とすり替わっても不自然でないように。


 ヨゼフも夫人に違和感は感じていたものの、直感だけで口にしていいことではなかった。


「誰が殺したかも……わかっているようだな」

「黒幕は侯爵。協力したのは第二王子です」


 予想していなかった名前に驚くも、感情が爆発することはない。


 ──普通はそうよね。


 ローズ家だけかと思いきや、まさかの第二王子が関わっているなんて。

 彼らがなぜ、あの男を強く支持するのか。その理由が垣間見えただろう。


 気付いてしまった小さな違和感はパンドラの箱。

 開けることはおろか、触れることさえ許されない。


 私達は触れて開けて、中身(しんじつ)を知ることで絶望した。


「もう一つ告げることがあります。カスト・ローズとハンネス・ローズは、ヘレン・ジーナの実兄であり……ジーナ夫人の息子です」


 二枚目の書類に記されていた、死ぬ間際の私にも教えられなかった真実。


 兄二人に関してはお母様の了承も得ていた。

 嫁いできた侯爵夫人として、夫である侯爵を立てるべく、愛人の存在に騒ぎ立てることもない。


 侯爵の言う通り、愛人の子を自身の子供として受け入れ育てた。


 お母様を蔑ろにする侯爵に対してヨゼフは常に怒りに燃えていたけど、お母様に止められていたこともあり執事長としての役目を果たす。


 歪な関係が上手くいっていたかはさておき、亀裂が入り壊れていったのはお母様が私を身篭ったとき。


 夫婦になったのだから最低限の義務はこなさなくてはならない。月に一度しかない夫婦の時間。

 そこで私を身篭り、それ以降侯爵は息子に言い聞かせてきた。


 パトリシアはお前達から母親を奪い、図々しくも侯爵家に潜り込んだ女狐であると。


 そんなバカげた話を信じてお母様と私に敵意を向けるようになったのは言うまでもない。


 お母様の娘に生まれた私に二人のことを隠すようにお願いしたのも、いつかきっと血縁とは関係なく本物の家族になれると淡い期待を抱いたからだ。


 その期待は裏切られ、殺されたお母様が不憫でならない。


 ヨゼフは今まで心を押し殺し、どんな気持ちで私に仕えてくれていたのか。

 真実を話せないことに苦しみ、何も知らない私を不憫に思う。


 些細なことにさえ気付かないよう細心の注意が払われていた。


 帰ったら謝ろう。私の存在(せい)で要らぬ苦労をかけたこと。


 お礼もしないとな。私のために真実を隠してくれていたこと。


 幼い私が知るには酷で重荷。

 心が潰れ壊れる可能性しかなかった。


「…………は?」


 眉間の皺が深くなる。


 私達を睨んでいるわけではないだろうけど、人を殺してしまいそうな目つき。


 何も悪いことをしていないのに、ごめんなさいと謝りたくなった。


 高まり荒ぶった感情を鎮めるため、使用人に紅茶を持ってきてもらう。


 数分とはいえ、話が中断したことにより冷静さを取り戻してくれた。


「先程の話はその……事実、なのか。何かの間違いでは」

「いいえ。間違いありません。この情報は暗部が調べ上げたものですから」

「暗部?」

「我が家の情報屋です」


 それだけで納得するほど甘い人ではない。

 より詳細を求めていた。


 下手な隠し立ては信頼を損なうだけ。


 暗部の存在。元暗殺集団。魔法使い。各家に配置していること。

 全てを包み隠さず話した。


 私は暗部がどうやって情報を集めているのかは知らなくて、シャロンにさえも方法は教えられていないとか。


 ──やり方がかなり過激なのかも。


 敬愛する主に話せる内容ではないのなら納得。


「ボニート令嬢は我々を失脚させられるだけの情報を持っていると思っていいわけか」

「誤解があります。暗部は何でもかんでも秘密を調べるわけではありません。私が命じたことにだけ尽力するだけです」


 最初から知っていれば、シャロンはもっと早くに真実を私に告げてくれていた。


 王妃となり王族の仲間入りを果たす私に一つの欠点もあってはならない。


 古い付き合いをしてきた私に欠点や足元をすくわれるような汚点はなく。

 あるとしたらヘレン・ジーナ(いそうろう)


 だから調べたのだ。私の足を引っ張りかねない存在を。

 隅から隅まで。その結果が……これだった。


 ローズ家の血を引くあの子を調べれば当然のことながら、ローズ家の秘密に辿り着く。


「それで?真実(すべて)を知りながらも君は……。君達はただ見ているだけなのか?」


 アルファン公爵にとってお母様は恋を成就させてくれた恩人であり友人。


 殺されているとわかっていながら、罰を与えることのない私達に憤りを感じていた。


「私達が持っている今の証拠だけでは、第二王子までは届かない可能性があります」


 強い感情を真っ向から受け止めるために座り直し姿勢を正す。


 私が持つ強い感情は復讐心のみ。殺意なんて生温いものではない。


 暗殺計画書が作られるまでに、彼らに対する民衆の心象を悪くして私が受けたように罵詈雑言を浴びせられるように。


 でも……。


「近いうちに終わらせます」


 もう待っていられない。


 彼らなら何度でも同じことを繰り返してはビアンカ嬢の心を踏み躙る。


 見えていないし、見ようともしない。

 嘆きの言葉なんて聞くつもりもなかった。


 私と関わりがあまりなかったビアンカ嬢に対してあんな仕打ちをするのであれば、確実に今、息の根を止める。


 今日のことで私とディーへの殺意が膨らんだ。


 財産を奪うため、ディーへの嫉妬から、私達を殺す機会が訪れた。


 時期が早まろうとも、自惚れが強くナルシストでもある長兄は自らが立てる作戦に絶対の自信を持つ。

 意気揚々と語っていたあの顔は、僅かな綻びもなく完璧な作戦に酔っていた。


「ふぅ……。私は何をしたらいい?」


 姿勢が崩れると圧が消えた。


 怒りはまだ収まっていないけど私のしようとしていることに力を貸してくれる。


 その表情は冷静とは言い難いけど。


「ブランシュ辺境伯を王都に呼んで頂くことは可能ですか?」

「難しくはない」

「それでは、お願いします」


 私が呼べたらいいんだけど、何かをしていると勘づかれても厄介。


 手紙では時間がかかるため直接、向かわなくては。

 二度もヨゼフが行くのは不信感を抱かせてしまう。


 ブランシュ辺境伯と接点があり、尋ねてもおかしくない人物。


「夫妻には私から話しますので、私が会いたがっているとお伝え下されば」

「わかった。五日もあれば戻って来られるだろう」

「ありがとうございます」

「……パトリシアのことを知っているのは私だけか」

「情報共有のためにディルク殿下にも資料をお見せしました」

「そうだったの?」

「ごめん。言ってなかった?」

「初耳よ。気にしないで。ディーにも話すつもりだったから」


 あんなにも力を貸してくれるディーに隠し事をするのは失礼。

 婚約者でいる間だけはせめて、誠実で在りたい。


「裏切りを知ったとき、君には連中を罰する手があったはずだ。よく今まで耐えられたな」

「ただ殺すだけでは物足りない。彼らには逃れられない死を与えたいのです。絶望を味合わせなければ殺す意味がない」

「私も出来る限りのことは協力しよう」


 準備が整っていく。


 あとはスクロス様が見つかり、帰ってきてくれればいいのだけれど。

 今はどこにいて、何をしているのかしら。


 話が終わると、公爵夫人がわざわざ挨拶に来てくれた。


 私とシャロンはあまりのタイミングの良さにポカンと口を開けて呆けたまま。


 部屋の外で聞き耳を立てていたわけではない。

 アルファン公爵は近づくなと命令していた。

 一族の当主を軽んじる行動を取るとは考えにくい。


 ──夫婦として通じ合うものがあるのだろうか?


 だとしたら、なんて素敵な関係。

 お互いを尊敬し理解して。

 目指すべき夫婦の形。


 初めてお会いする公爵夫人に威厳なんてものはなく、おっとりとした柔らかい雰囲気を醸し出す。

 愛嬌があり、とても可愛らしい人。


 アルファン公爵が惚れ込むのもよくわかる。


「あ、あの。公爵夫人。そちらのドレスはどこで買われたのですか?」


 珍しい。シャロンが自分からドレスの話題に触れるなんて。


「これは他国から取り寄せている物で、ここでは買えないのよ」

「そうですか」


 しょんぼりした。可愛い。


 そうか。夫人が着ているドレスは上品さがありながらも派手さがない。

 とてもシャロン好みだ。


 色合いも落ち着いていて、まさに着る人を選ぶドレス。


 他国といっても交流がない国なので、一見(いちげん)の客では買えないのではと不安が表れる。


「カタログがあるの。一緒に見ましょう」

「はいっ!!」


 沈んだ気持ちが一気に上昇。


 子供のように無垢な笑顔は本当に可愛くて。

 身分を気にせず肩を並べて歩く姿に胸がほっこりしていると


「君は本当に彼女が好きなんだな」

「と、言いますと?」

「息子から聞いたよ。君達の仲の良さは殿下でさえ入り込む余地がないと」

「シャロンはかけがえのない親友ですから。特別なんです。誰よりも」

「羨ましい限りだ。私には親友がいないからな」


 本気で羨ましがる様子はない。

 立場上、そういうのは諦めてるようにも見えた。


 親友になり得たかもしれない人はいたはず。

 タイミングやキッカケがなかっただけで。


 そう考えると私とシャロンが親友になれて、誰よりも深い関係を築けているのは奇跡。


 感謝をしなくては。


 私と出会ってくれた、たった一人の親友に。


「アリアナ嬢。私は君とパトリシアの味方だ。何があっても」


 アルファン公爵は今から出掛けるからと、準備に取り掛かる。


 物陰から様子を伺っていたテオは心配そうに声をかけてくれた。

 冗談交じりに、いじめられていないかと。


「大丈夫よ。ただちょっと……」


 向き合っただけ。認めたくはなかった現実と。


「テオ。ディーをよろしくね」


 親友になってくれなんて図々しく願わない。

 友人として傍にいて、道を間違えそうになったら正して欲しいだけ。


 悲しそうな笑みを浮かべたままテオは小さく返事をした。


 見抜かれているのね。私がいずれいなくなると。


 鋭い観察眼は父親譲り。優しく温厚な性格は母親譲り。両親の良いところだけを持って生まれた、優しく頼りになる人。

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