未来への投資
会場に入るために必要な物は家名ではなく招待状。
どんなに忠誠心が高くても、この場に入ることが許されるのは招待された者のみ。
つまり……。私達は今、すごく目立っている。
ディーがいることもそうだけど、ローズ家から私だけが参加していることが特に。
知ってる顔といえばアルファン公爵のみ。テオは次期当主同士で集まっていた。
久しぶりの再会に盛り上がっている。
こちらから彼らに声をかけていいものか悩む。
「お初にお目にかかります。ディルク殿下。アリアナ嬢。私はミラント伯爵家当主、ゴーサルと申します」
ミラント伯爵はアルファン公爵の右腕。傘下の中でも特に信頼が厚く、アルファン公爵が自らの代理に指名するほど。
真面目で努力家。二つも歳下とは感じさせない貫禄。
品定めでもされているのか、ミラント伯爵は不気味なほどに笑顔。
会話の受け答えを間違えたら……。身構えるように気を引き締めた。
「殿下は国民のことをよく考えておられるのですね」
「え?」
「エドガー殿下は優秀ですが、貴族と平民を分けて考える節があります。優先順位は常に貴族。仮にも王族が国民を差別化するなんて、あってはなりません」
「あの!!何を言って……」
ミラント伯爵は今朝発行されたばかりの新聞を見せてくれた。
見開きの一面には大きくディーを称える文面が。
その内容はこうだ。
ディーがアルファン公爵を説得して下町に診療所を開業。
側室の子であるディーに診療所を開くだけの資金や人脈はなく去年、王宮ですれ違った公爵に困っている平民のために力を貸して欲しいと頭を下げた。
「(そうなの?)」
「(知らない知らない!)」
態度に表れないよう目で会話をする。
この場に招待されている貴族や主催者でもある陛下の元には完成前の原稿が送られた。
本来はもっと早くに世に出回るはずだったのを、当事者でもあるアルファン公爵が今日まで待つように止めていたとか。
特別な記事は特別な日に出してこそ。
これでディーの知名度は一気に上がる。もう今までと同じように私生児だと見下せない。
診療所のおかけで助かったから命は多く、下町では救世主とまで崇められている。
「殿下。我々一同、殿下を支持しております」
そうか。彼らのディーを見る目は好奇ではなく慕ってくれているから。
選んだのだ。次の王にはディルク・リンデロンが相応しいと。
「ディルク殿下、アリアナ嬢。お久しぶりです」
「公爵。お久しぶりです。ディーは会ったことあるの?」
「うん。テオが屋敷に招待してくれたときにね」
招かれるだけでもすごいことなのに、公爵に会えるなんて思ってもいなかったはず。
ミラント伯爵は気を利かせてくれたのか一礼して、他の貴族の元へ戻る。
「あの新聞は一体……」
「おわかりのはずです。今の殿下ではまだ弱すぎる。我々が後ろ盾になっているとはいえ、正室の子と側室の子。国民がどちらを求めるかは火を見るより明らか」
「それは……」
「だからこそ。平民を味方に付けるのです」
「理屈はわかる。でも、エドガーを支持する貴族は多い」
王妃からの報復を恐れる貴族と、与えられる甘い蜜を吸い続けたい貴族。
ザッと見積もっても半分以上。
「取るに足らない、あの程度の連中。殿下。貴方の後ろにはここに集まっている全員がいることをお忘れなく」
会場を見渡した。
数こそ圧倒的に少なく、十人にも満たない。
それでも。陛下からの信頼を得ている。
他国との交流も深く、味方になってくれるなら心強い。
自分達の持つ力と価値を理解しているからこそ強気な発言。
「あの新聞に書いてあることは嘘だ。彼らが僕を支持してくれる理由がそれだとしたら、裏切っていることにしかならない」
「あの記事は私なりの投資です」
「投資?」
「ええ。ですから私に後悔も失望もさせないよう努力して下さい。そして、私の選択が間違っていなかったと未来の殿下が証明するのです」
「未来の僕が……」
何を映したのか。銀色の瞳に不安の色はなかった。
心配することは何もない。ディーは良き国王として国民に愛される。
今以上に国を良くしてくれると私は絶対の自信を持って言えるんだ。
「それと」
向こうに行こうとした足は止まり、鋭い視線が飛んでくる。
「我が息子と何かをしているようですが、アルファン家の当主はこの私です。そのことだけはお間違えないようお願いします」
これはテオを巻き込むなと忠告しているわけではない。
何か、が何をしているのか本当に知らないはず。だとすると、言葉の意味は……。
いざと言うときに守れるよう、状況を報告しろ。
アルファンという巨大な権力は、王妃であろうとも簡単には崩せない。
その証拠に、あの男はアルファンの支持を欲している。
不必要なものは切り捨ててきた二人が下手に出ているのなから。
「では私はこれで」
何も話せないのに疑うことなく力を貸してくれることに安心しながらも、この恩をどうやって返していけばいいのか。答えはまだ見つけられない。
「アリー!」
「シャロン?どうしてここに」
「招待されたからよ」
形はどうあれ、暗殺集団を解散させた実績を持つ。この場にいないほうが不自然か。
陛下も暗部を率いているのがボニート伯爵だと勘違いしていた。
宛名がシャロンでなくボニート伯爵で納得。
表に出せない功績故に、出席することは叶わない。
陛下もそれはわかっている。ただ、起きた事実をなかったことにしたかないから証を残す。
ボニート家がいなければ今も人知れず人は死んでいた。
命よりも尊く重たいものは存在しない。
「その耳……」
「新しいイヤリングよ。どうかしら」
「似合ってるわ。でも……私とお揃いのピアスは付けてくれないのね」
私達の仲をアピールするには今日という日は最高。
不安になったのかディーは焦ったように私の手を握った。
「ふふ」
意地悪ような口ぶり。顔は笑っている。
「冗談ですよ、殿下。私はアカデミーだけでもお揃いでいられることが嬉しいもの」
片方だけでも譲ってあげればいいんだろうけど、シャロンは派手な装飾品を好まない。
イヤリングを付けたくないから、ピアスを付けているわけだし。
好まないと似合わないの意味は大きく違うのだ。
シャロンならこのイヤリングはよく似合う。
最近はカッコ良さが際立っているけど、本来はすごく可愛い。好きなことに一生懸命打ち込む姿は特に。
目を輝かせて、出来ないことがあれば落ち込むも、挫けることなく立ち上がる。
時間になり陛下が現れても、誰もかしこまることはない。
今日は無礼講。上も下もないのだ。
「皆、有意義な時間を過ごしてくれ」
「こんなの間違っている!!」
陛下の言葉とほとんど同時に叫ぶのはあの男。
今日のためだけに仕立てられた服はとてもよく似合っている。本性を知らない女性は、うっかりときめいてしまう。
「父上!!その平民混じりを招待して、なぜ私には招待状を出してくれないのですか!?」
バカね。もうみんな集まっているというのに。
頭に血が上って周りが見えてないのかしら?
「エドガー。出て行きなさい」
「納得のいく説明をして下さい!!」
ひどい興奮状態。陛下にさえ睨み付ける。
「お前はここに呼ばれるだけの何かをしたのか?」
「それは……。ですが、平民混じりだって何もしてないじゃないか!!」
「しているから、ここにいるのだ。後で新聞を読んで確認するといい。エドガーを連れ出せ」
素早く動いたのは近くにいたラジット。
手荒な真似をして……具体的には腕を捻り上げてつまみ出したいのを我慢して、王宮騎士としての態度に務める。
「触るな!!平民の分際で!!俺を誰だと思っている!!?」
あらあら。ダメじゃない。ここには……貴族と平民は平等であると信念を掲げ、貴方がどんな手を使ってでも派閥に入れたい面々が集まっているというのに。
「お情けで騎士団長になれて誤解しているようだが、お前は所詮、薄汚い虫けらなんだよ!!」
場の空気が凍った。
好意的な視線は元からなかったけど、感情が消えて無になっている。
刃物よりも鋭い視線があんなに突き刺さっても自分の意見を通したい。
平民に触れられることが我慢ならないのだろう。
ラジットの腕を振り払い、その流れで顔まで殴った。
当の本人はわざと殴られたみたいだけど。
「殿下!いくら貴方でもこの場に立ち入ることは許されていません。退場をお願いします」
怒りを隠しながら腕を掴み、痛がるのを無視して力ずくで会場から追い出した。
不当な扱いだと叫びながらも、ようやく見えた招待客の表情。
期待も失望もない。無関心。
線を引かれたのではなく、拒絶を意味するように向けられた背中。
閉まっていく扉の隙間から私に縋る情けない瞳が見えた。
──貴方に手を差し伸べて私に得があるとでも?
無視した。気付かないふりをして。
「ソール団長。大丈夫ですか?」
水で濡らしたハンカチをラジットに手渡した。
少し赤くなっているだけで、腫れはしないだろう。
「ありがとうございます。アリアナ様」
驚きながらも受け取ったハンカチで頬を冷やす。
素人の力とはいえ、全く痛みがないわけではない。それを微塵も感じさせないのはディーを気遣ってのこと。
「エドガーが二度も無礼を働いてすまない」
箝口令の敷かれた左目のことを濁しながら謝罪をした。
打算ではなく本当に悪いと思っているからこそ、言葉だけでなく深く頭を下げる。
「殿下。どうかお気になさらず」
王宮内で自分達の知らない何かが起きた。
平民嫌いのエドガーが起こした事件。
これまでになかった第四騎士団。
全てを理解したのに誰も口を開かないのは察しているからだ。
事実が隠されたのはあの男のためだけではなく、平民であるソール団長の名誉を守るためだと。
異様な空気が流れる。
さっきまでも和気あいあいとしていたわけではないけど。
完全に閉まりきった扉の向こうを睨むのは、そういうことなのだろう。
「嬉しそうね。アリー」
どんなに頑張っても彼らの心は動かない。
他ならぬ、あの男自身が招いた結果。
口元が緩みそうになるのを耐えて、私達は次期当主となる彼らの元へ挨拶に行く。