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黙らせるための一手

 意味もわからず私が怒りを爆発したおかげで、あの子達だけでなく話を聞いた侯爵も使用人さえも、なるべく私の視界に入らないようにしていた。


 姿を見ないだけでこんなにもストレスを感じないなんて。


 気分がスッキリしているからディーから借りた本も集中して読めた。


 アカデミーでも私の顔色を窺うようにチラチラと視線は飛んでくるものの、近づいてこないので気が楽。


 そんな日々を繰り返し送って、ついに迎えたお茶会の日。


 借り物のドレスを勝手にアレンジしたあの子には殺意が湧く。

 似合っているとでも言うように、うなずく次兄がドレスのことを覚えていないと確信した。


 「あらアリアナ!そんなお洒落をしてどこに行くの!?王妃様に呼ばれてもいないのに」


 ニヤニヤと見下してくるあの子は上機嫌。

 薄っぺらい笑顔は私をバカにしていることが丸わかり。


 あの子に張り合っていると思われているのか、長兄は鼻で笑ってきた。


 今日の私はいつも以上に気合いを入れている。ドレスも新しく仕立てた。

 異国のシルクをふんだんに使った、侯爵家では絶対に買えない水色のドレス。


 見た目の派手さはないけど、目利きが見ればどれほど高価な代物か瞬時に理解する。


 彼らの目はドレスではなくイヤリングにしか集中していない。


 「貴様!!何だそれは!!」

 「何、とは?ただのイヤリングですが」


 私が所有する鉱山から採れたダイヤモンドを使って職人が丁寧に仕上げた世界に一つしかないアクセサリー。


 どんなに見る目がない人間でも、この価値だけは見ただけでわかるように、あえてそういう風に作った。


 欲しいと目が訴えてくる。


 ドレスだけではない。アクセサリーさえ上質な物を買えない今の状況では、喉から手が出るほど欲しい逸品。


 「それは侯爵家の金で買ったものだろう!!すなわち私のものでもある!!さっさと寄越さんか!!」

 「いいえ。これは試作品で皆様の反応を見てから販売する商品です」

 「何を言っている?訳のわからんことを言ってないで寄越せ!!!!」

 「ですからこれは。私が所有する鉱山のダイヤモンドで加工したもの。そして、私の店で販売するための試作品。オーナーである私が身に付けていなければ宣伝にならないではありませんか」

 「ダイヤモンド鉱山?」


 目の色が変わった。

 口元の緩みを隠そうともしない。


 「未成年のお前がそんな物を持っていていいはずがない。私が管理してやる」

 「お断りします。これはブランシュ辺境伯から私へのプレゼントなのですから。お金の管理も信頼の置けるヨゼフに任せています。侯爵のお世話になることはありません」

 「なっ……」

 「ですが。万が一、私が死亡した場合、それら全てを侯爵が相続するように手続きは終わらせています」


 ──嘘ですけど。


 相続書類に関してだけは本当。受取人はブランシュ辺境伯。


 血縁関係がなければ相続は出来ない。

 書類には一筆添えてある。


 お世話になった人達にも分配して欲しいと。


 ブランシュ辺境伯なら侯爵達にダイヤモンドの欠片でさえ渡さないはず。


 「ふん!そういうことは早く言え!!」


 顔が醜く歪む。私を殺して奪い取るつもりね。


 殺す口実を与えることで、彼らは実行に移そうと策を講じる。


 それでいいのよ。貴方達には私を殺す明確な理由がいる。

 それを与えてあげるから、せいぜい私の期待を裏切らない行動を取ってね。


 「そういうこと!いいわよアリアナ。王妃様のお茶会に連れて行ってあげる」


 パン!と手を打ち微笑んだ。


 招待状を受け取っていない令嬢が参加する方法は一つだけ。

 招待された令嬢の許可をもらい、共に侍女としての参加。


 その発言は、子爵令嬢が侯爵令嬢に侍女になれと言っているに等しい。

 公の場で侍女の真似事をするということは将来、その者にかしずくことを意味する。


 跪けと?この私に。

 その程度の令嬢にもなれない、体と禁じられた香で男を誘惑するしか脳のない子爵令嬢如きが。


 私の上に立っていると図々しい思い込みね。


 「悪いけど。私は貴女と違って暇ではないの。侍女を連れて行きたいのなら、使用人から選ぶことね」

 「アリアナ!!ヘレンの優しさを無にするつもりか!!」

 「優しさ?小侯爵様の目にはそう映ったのですか?フッ。何とも曇った瞳で物事を見ているようですね」


 あの子をエスコートするため正装に着替えてはいるものの、剣は腰に差している。


 誇り高きローズ家の騎士団長であるとアピールしたいのよね。

 地に落ちた評判を回復させるために。


 浅はか。


 「お嬢様。ディルク殿下がお見えです」


 時間ピッタリに到着したディーをヨゼフが案内してくれた。


 私と同じく今日のために新調されたスーツを着こなすディーはまさに王子様。


 少し物足りない胸元にダイヤモンドのブローチを付けてあげるとより華やかになった。


 長兄でさえ自分の服装と見比べては、どちらの格が上か判断する。

 どんなに着飾ってもそれは一点物ではない。


 不思議なことに昨夜、オーダーメイドで作った礼服が燃えてしまったのだ。

 あの子と夫人のときのように。


 ──不思議なこともあるのね。


 仕方なく用意したのは馴染み(いつも)の服。

 安くはないけどお金を出せば取り揃えられる。


 他人とお揃いを好まない貴族が全く同じ物を買うわけではない。

 特別感もないけど。


 「わかった!私だけがお茶会に呼ばれて悔しいから、その人に慰めてもらおうってことね」


 私に勝っているという激しい思い込み。


 「悔しい?なぜ?」

 「強がらなくていいのよ。国一番の淑女に招待されなかったからって」

 「貴女の言う通りだわ。でもね。国で一番偉い方からの招待状は頂いているのよ」


 嫌味ではなく、ニッコリと教えてあげた。

 すぐに意味を理解した人はいないらしく、沈黙が場を支配する。


 毎年、決まった家門にしか送られない特別な招待状。

 私が手に入れられた理由はお願いしたからではなく、最初から用意してくれていたから。


 私の功績……と言うにはおこがましいかもしれないけど、国の利益には貢献している。


 ブランシュ辺境伯の物だった鉱山が誰かの物になり、そこから発掘されたダイヤモンドを加工した商品を売る店。


 所有者とオーナーの名前が伏せられているとしても、国のトップにまで秘密にしているわけではない。


 安全に鉱山から発掘するためと店の運営のため、ブランシュ辺境伯が一筆書いて面倒な手続きを終わらせてくれていた。


 会ったこともない私のために、どこまでも優しくしてくれる愛すべき祖父祖母。


 しばらくして侯爵の笑い声が響く。


 「役に立たない娘だが、よくやったと褒めてやろう!!すぐに着替えてくるから待っていろ」

 「なぜ私が侯爵を待たなくてはいけないのですか?」

 「当主は私だ!!お前は自分が当主にでもなったつもりか!?」


 …………そういうことね。パーティーには自分が行かなくては始まらない。

 なぜなら。ローズ家の当主は自分だから。


 ──理屈はわかるんだけど……。


 ディーと顔を見合わせた。侯爵に対して少し呆れているような。


 「残念ながら。招待されたのはローズ家ではなく私個人です」

 「何っ!!?」


 証拠として中身を見せてあげた。


 特例中の特例。


 初めての場に心細くないよう侍女を連れて行くことも許可されている。


 「そういうことですので。私はこれで失礼します。パーティーに遅れるなんて淑女としてあるまじき失態をおかすわけにはいきませんから」


 突き付けられた現実があまりにも現実味を帯びていないことから、今度は侯爵の怒鳴り声が響く。


 感情が豊かというか、喜怒哀楽が激しい。


 あの様子では後から会場に乗り込んできそうね。

 それがもっと信頼を失墜する愚行であると思わない。


 長兄は長兄で次期侯爵である自分を差し置いて、たかが私如きが選ばれたことに怒りを感じている。

 感情を表に出さないのは“みっともない”と理解しているからだろう。


 「ヘレン。貴女も王妃様のお茶会に呼ばれているんでしょう?遅刻しないようにね」


 差し出されたディーの手を取り、王家の紋章が入った馬車に乗り込む。

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