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あなたが幸せなら私は生きていける【ディルク】

 お互いに冷静になった。さっきまで爆発していた感情は落ち着く。


 涙を拭っては深く息をついた。


 自分の気持ちに素直になったところで僕にとっての家族は母上だけ。

 陛下とどう接していいのかがわからない。


 これまでは他人だったから、そこそこ上手くやってこれたけど、これからは……。


 「ディルク。私はお前を殺そうてした者を許すつもりはないぞ」

 「エドガーでも、ですか」


 驚くことではない。


 僕の死を誰よりも望むのは、あの親子だけ。


 どこからも毒が発見されなかったことは陛下にとって想定外。

 全てを使い切ったとしても、保管していた容器までもがないのはおかしい。


 僕を殺したい明確な殺意と動機がありながらも、問い詰める証拠がなければ罰することも出来ないのだ。


 「もしも。エドガーが人の道を外れたら、一国の王として対処してくれるということですか」

 「当然だ。そしてそれは、エドガーに限ったことではない」


 それだけでも聞けて充分だ。


 家族の情に流されて本来の罰よりも軽いものにされては困る。


 彼らにはアリーが受けた痛みを等しく与えなければ。


 首を斬られる恐怖よりも、信じていた人に裏切られ、誰にも信じてもらえない恐怖。


 自分で自分を諦めるしかない孤独。


 「私の選択は間違いだったのか」

 「そうですね。エドガーに玉座を継がせたいのであれば、最初から王太子に指名するべしでした。アリーを巻き込まずに」

 「そうだな。その通りだ」


 ここまで事が大きくなるなんて、思ってもいなかったのだろう。


 聡明なアリアナ・ローズがエドガーを選ぶことにより全ての未来が上手くいく。

 それが皆にとっての最善。


 きっと信じて疑わなかった。


 僕やエドガー、アリーにとっての、より良い未来であると。


 そうなるはずだったんだ。


 エドガーが欲をかかなければ。ジーナ令嬢がローズ家の血を引いていなければ。


 アリーのことを家族が愛していれば。僕にもっと王族としての力があれば。


 他にも色々とある原因のうち、どれか一つでも要素として欠けていればあんな未来(ひげき)は訪れなかった。


 「ディルク。エドガーと仲良くしてくれとは言わない。二人の間に角質を生んだのは私だ」


 どんなに僕が歩み寄る努力をしたところで、エドガーは僕を受け入れない。


 純粋な血統だけが真の王族で、不純は偽物。

 同じ宮にいることさえ快く思っていない。


 最近のエドガーは使用人に対して態度が悪いと聞く。

 暴力を振るうわけではないが、暴言を吐くようになった。


 アリーや僕が思い通りに動かないことへの苛立ち。

 やり場のない怒りは王宮内でのみ発散される。


 積み上げてした人徳はどんどんと崩れていく一方。


 「一つだけよろしいですか。母上を側室に迎えれば王妃の怒りを買うことは想像出来たはずです。それでもなぜ、時間と金をかけてでも捜したのですか」


 今度こそ、命の危険だってあったのに。


 「諦めるにはあまりにも深く愛しすぎた。私は全てを投げ出してでも、それこそ。王位さえもいらない。ソフィアが傍にいてくれたら他には何も望まなかった」


 この人は紛れもなく僕の父だ。


 愛した人がいて。その人の傍にいることを何よりも願う。

 そして叶うなら。その人を自分の手で幸せにしたい。


 難しいことではないんだ。


 愛されたかった。愛した人に。


 僕がアリーの傍に願ったように、陛下もまた母上の傍にいたかった。


 「愛かどうかは僕にはわかりませんが、母上は今でも大切にしています。とっくに壊れて音が鳴らなくなった、小さなオルゴールを」


 僕が聴いたのはアリーに恋をした翌日。

 曲が流れる間、二人の男女が踊る。高価な物ではないけど、その曲はよく母上が口ずさんでいた。


 曲名は確か……


 「あなたが幸せなら私は生きていける」


 母上と陛下は両想いだった。

 少なくとも一方的な片想いではない。


 王太子として厳しい日々を送っていた陛下は、母上と話すときだけは心が安らぐと言ってくれた。

 下級貴族だからと見下すこともない。


 惹かれて……いたんだ。アカデミーにいたときからずっと。


 恐れ多くも雲の上の存在を好きになってしまった。

 芽生えてしまった想いには蓋をして、一線を超えないように振る舞うばかり。


 間違っても想いを悟られてはいけない。


 友人として。いや……いち国民として未来の王を微力ながらに支えると誓った。


 「そうか。まだ持っていて、くれたのか」


 二度目の涙は誤魔化しが効かない。


 最初で最後のプレゼントは母上が一人で生きていくための勇気となった。

 陛下との思い出が幾度となく絶望から立ち直らせてくれる。


 「ディルク。ソフィアに……会いに行ってもいいだろうか」

 「花を……一本だけでも持って行くといいですよ。ご存知の通り母上は、黄色い花が大好きなので」


 ──陛下の髪色に似ているから。


 金色の花なんて珍しい品種はまだ発見された報告は上がっていない。

 銀色の花も同様。


 だから母上は黄色と白が好きだ。


 「あぁ。そうする。好きな人に会いに行くのに、手ぶらではカッコつかんからな」


 王妃の庭園からではなく、自分で選び買った花を手渡すのだろう。


 顔を会わせなくても、声を聞けるだけで幸せだと言った母上はもっとワガママを言うべきだ。


 僕のために幸せを諦めて欲しくない。


 手に入れたいものがあるなら、僕は応援するし力も貸す。

 十七年間、惜しみなく注いでくれた愛情に少しでも恩返しが出来たら。


 もう嫌いじゃない。陛下のことは。

 家族としての時間を歩むのはまだずっと先かもしれないけど。


 やめようと思うんだ。

 愛してくれないから愛さない、なんて子供じみたことを。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。せつないお話で泣けました。 ディルクが幸せになりますように願っています。 気温差がありますから、体調崩さないように気を付けて下さいませ。
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