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人の心を持たない彼を黙らせる方法

 アカデミーで強く言ったのが聞いたのか、あの子は私に近づいてこなかった。


 あんな屈辱を受けても尚、声をかけてくる図太い神経の持ち主ではないのよね。

 私から全てを奪おうとする割には。


 今日は座学のまとめノートをプレゼントしたお礼にと、数人の女子生徒にカフェに誘われた。


 アカデミーの近くにスイーツ専門店がオープンしたとかで。

 私とシャロンの好物もあるらしく、それなら是非にと。



 店内は落ち着いた雰囲気で、おひとり様でも気兼ねなく入れる。


 男性でも食べやすいように甘さ控えめのケーキもあり、デートに誘いやすい。


 今日は手持ちが少ないからまた今度、ラジット達のお土産を買おう。


 心晴れやかな時間が終わると憂鬱になってくる。


 あの子が侯爵にアカデミーのことで泣きついているだ、うから、また茶番劇が開幕して「可哀想」と言われ、聞かれる。


 そんな私の予想は大きく裏切られた。


 上機嫌なんだ。そこそこ。


 制服ではなくドレスを身に纏うあの子は、その場でクルクルと回る。


 まるで私に見せつけるかのように。


 例によって私が帰ってくるまでずっと待機していたらしい。


 新しいドレスを着ているということは、店に買いに行ったのかしら?

 侯爵はともかく、長兄はそのくらい思いついてもらわないと。


 待って。あのドレス。まさか……。


「どうかしら。似合う?」

「あぁ。とてもよく似合っている」


 今日は長兄と次兄も含めた三兄妹が主演。


「でもね。私にはちょっと地味じゃない?」

「そうだな。やっぱこの程度のドレスじゃヘレンの魅力を引き立てることも出来ないか」


 ハンネス・ローズ。それを貴方が言うの?


 そのドレスは……。唯一!!貴方が婚約者であるビアンカ嬢のために選び買い、贈ったものでしょう。


 新しいドレスを買えないから自分に惚れ込んでいるビアンカ嬢から奪ってきた。


 その様子では覚えてすらいないのね。ドレスのことを。

 きっと見えてすらいない。他の女性のために大切なドレスを貸してくれと言われたときのビアンカ嬢の表情さえ。


 押しに弱く、次兄を愛しているビアンカ嬢は頼まれたら嫌と言える性格ではない。


 私に自慢するつもりで近づいてきたあの子は、私の顔を見ては小さな悲鳴を上げた。


 怒りは純粋に次兄へ。


 振り上げた手は勢いよく次兄の頬をぶつ。


 あまりに突然の出来事に誰もがポカンとする。


 私自身も感情が怒りに飲み込まれていた。

 はしたなかろうが、その胸ぐらを掴んで殴りたい衝動に駆られる。


 呆然とする次兄に伸ばした触れる手は寸前で止まり、殴らない代わりに強く睨みつけた。


 負けじと睨み返してくるけど、私の圧に圧倒されているのも事実。


 次兄を押し退けて感情が高ぶったまま部屋に戻る。


 「テメー!一体何様のつもりだ!!」


 ハッとした次兄はすぐ私にやり返そうとするも、溢れる殺気に体が硬直していた。

 長兄も咄嗟に剣を抜くポーズを取るも今は持っていないため空振りに終わる。


 ドス黒いオーラを放つ私に見る人全員がギョッと目を見開く。


 制服を着替えるよりも先に、ビアンカ嬢へ非礼を詫びる手紙を書いた。

 すぐニコラに届けてもらうようお願いし、道中で何があっても大丈夫なようにルア卿が同行。


 ビアンカ嬢には傷ついて欲しくなかった。それは本音。


「ハンネス・ローズ。貴方は彼女の想いを踏み躙った」


 私が知らないとでも思ったの?あのドレスの持ち主を。


 嬉しそうに話してくれたのよ。

 華やかではないけど、自分に似合うドレスを選んでくれたと。


 大切な思い出を語るビアンカ嬢を可愛い人だと思った。

 義妹になったらもっと、幸せが溢れる日常をプレゼントしたいと自身に誓ったんだ。


「傷ついて……欲しくなかっただけなのに」


 だってまさか、思わない。

 ビアンカ嬢にまで手を出すなんて。


 暴力を振るったわけではないと言い訳しても、これは立派な暴力。


 心が深く傷ついているのだから。



 一息つく暇もなくディーにもお願いの手紙を書く。


 これはディーにしか出来ないこと。


「とことん最低ね、私も」


 利用するだけしておいて、全てが終わったらいなくなるのだから。


 自らの汚さと浅はかさを自覚しながらも、歩みを止めてはならない。


 私のせいで無関係なビアンカ嬢を傷つけてしまったのなら責任は取る。


 証拠がないなら作ればいい。


 私は、私を殺すための計画書の内容を全て覚えている。

 ご丁寧に長兄が話してくれたから。死にゆく私に。


 攻撃するキッカケを作ってあげれば必ず乗ってくる。

 だって彼らは現実を見ていないから。


 用意された道だと気付くこともなく、愛するヘレン・ジーナのために尽力する。


 ディーにお願いすることは二つ。一つは感情を揺さぶり憎しみに火をつけること。


 もう一つは……。

 陛下と……。父親と仲良くして欲しい。


 わかっている。

 生まれてからずっと、いない者として扱われ続けたのに今更、親子に戻れないことは。






 本当に?






 失った十七年は戻ってこないけど、人生はずっと続く。十年二十年と。

 終わりが訪れるのはずっと先の未来。今ではない。


 だったら!!やり直せるはずなんだ。家族としての時間。


 私には無理だった。昔も今も家族にはなれないけど。

 ディーは違う。陛下から歩み寄ってくれている。


 今更だと突き放すのではなく、許せない気持ちがあろうとも今は……許す努力をして欲しい。


 酷なお願いをしていることは理解している。


 私がディーを婚約者に選ばなかったら待遇なんて何も変わらない。

 もっと酷くなっていた可能性だってあった。


 そういう立場に落とされていたのも事実だけど、少なくとも私は。間違いを認めた人はやり直すチャンスが与えられるべきだと思う。


 私の考えは所詮、甘いのだろうけど。

 壊れかけている家族の絆が修復出来るのであれば、もう二度と切れてしまわないように紡いで欲しい。


 想いを綴りながら泣いていることに、私自身は気付いていなかった。

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