何も望まないから、どうか……
「カル、ボニート令嬢。すまないけどアリーと二人にしてくれるかな」
まだ顔の熱が冷めない内にディーはお願いするかのように、第一王子として指示を出す。
二人は家臣として従う。一礼して声が聞こえない距離まで移動してくれる。
「大事な話?」
「うん」
無自覚なのか雰囲気がガラリと変わった。
「全てが終わったら僕も一緒に行ってもいいかな」
「……え?どこに?」
「アリーが行く場所」
私がいなくなると確信している。
曇りなき銀色の瞳は心の奥の奥まで見透かされてしまいそう。
「貴方はこの国の王となるのよ」
「だとしても。アリーがいない人生を僕は歩めない」
「それは……」
「わかってる。子供みたいに駄々をこねられる立場でないことは」
王になればもう誰もディーを見下せない。間違いなく人生は良い方へ向かう。
母親であるソフィア様だって。嘲笑されずに済む。
王になるとはそういうことなのだ。
「求め……ないから。アリーから愛して欲しいと。ただ、傍にいることさえ叶えば何もいらない」
王座よりも、私の復讐が達成することよりも、私に愛されることを強く望んだ。
そのディーが愛を望まないと言う。
本人が変わったわけではない。私が言わせてしまった。心にもないことを。
「一緒にいたいんだ。それだけでいい」
泣いてしまいたい。
悲しいからではなくて、誰かの傍にいたいという想いは痛いほどよくわかる。
私もそうだった。
愛されたくて、傍にいたくて。そのためなら目の前にある現実を無視してきた。
バカみたいに縋っては、ありもしない幻に踊らされてマヌケにもほどがある。
ディーには愛欲しさに利用され殺された私よりも、もっと素敵な相手が絶対にいるはず。
今はまだ出会っていないだけ。
「無理だよ。僕はアリー以外を好きにならないし、妃にも迎えない。僕にとって君が全てだから」
あの男への復讐を遂げて、ディーまでもいなくなったら誰が国を納めるのか。
陛下が若い側室を娶り、世継ぎを産むのが最善なのだろう。
陛下の歳を考えると早くても五年以内が好ましい。
権力に溺れた汚い大人に利用されないように、しっかりと成長してから引き継ぐ必要がある。
無知の子供は扱いやすく傀儡にするにはうってつけ。
「跡取りのことも国のことも全部ちゃんとやるから。傍に……いさせて」
その願いを口にすることが、どういう意味なのかわからないわけでもないはず。
縋りたい想いを隠しながらも願いは切実。
「わた、しは……」
答える前に授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
出かかった言葉を飲み込むわけでもなく、スッと消えていく。
「次は作法の実技よね?大変だけど頑張ってね」
私はちゃんと笑顔だったはず。
ディーの言葉に心が揺れ動き、迷ったことは悟られてはいない。
「ごめんね困らせて。今のは忘れてくれていいから」
謝るのは私のほうだ。
あんなことを言わせてしまって。
「そうだ。料理人ね、今日から王宮に向かったわ」
「ありが、とう」
キョトンとしながらも、どうにか発せられたかのような感謝。
戸惑いは感じられない。私がタイミングを間違えただけ。
「お礼を言うのはこっちよ。ディーがいなかったら私は、誰も守れなかった」
ニコラも料理長達も。部屋の物も全て奪われていただろう。
「僕が大切にしたかっただけだよ。アリーの大切な人達を」
どこまでも優しく、私に対して甘い。
芯が強いことは証明されているのだから、私がいなくなった後もその強さを持って人々を導いてくれないと。
この国に残された希望はディーだけなのだから。