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殺した理由とは

 授業の変更を聞いたのは朝のこと。


 今年のアカデミーは休校が多く、このままでは三年生が卒業するまでに必要な実技作法が身に付けられない。

 そのことを懸念した教師は話し合いの結果、座学の授業を削って実技を優先することが決まった。


 最悪、座学は家庭教師がいればどうにかなる。習うのは国の歴史や近隣諸国が主。

 古くから存在する家門がどれだけ国に利益をもたらしてきたか。


 社交界で恥をかかないように知識レベルを上げることを目的としている。


 紳士淑女として振る舞えないほうが大問題であり、今回の結論に至った。

 それなら三年生だけでやればいいのにと呟いていたシャロンは、ダンスにはパートナーが必要であると気付き口を閉ざす。


 ──三年生とパートナーになっている人も少なくないからね。


 ダンス以外の作法では下級生は普通の授業を受けるため、それだけは安心していた。

 一日中ずっと、同じことを繰り返していたら頭が変になるんだって。


 私とディーはどの曲もステップは完璧で、教えることはないと大絶賛。

 もうひと組は見るに堪えない失敗ばかり。

 前回と同じ曲でさえ復習すらしていない。


「あの覚えられなさは才能だよね。実は天才じゃないか」


 隅で休憩しているディーが真顔でそんなことを言うものだから、つい吹き出してしまう。

 わざとらしく首を傾げられると狙って言ったとしか思えない。


「あの子自身は何も出来ないからね」


 何も出来ないからこそ周りが一生懸命頑張るのだ。

 その甘やかしがあんな人間を作り出してしまった。ならば、作った本人が責任を持ってどうにかするべき。


「また足を踏んだね」


 さっきからあの二人だけ永遠と同じ曲を踊らされている。

 あの曲は定番でもあり貴族なら誰でも踊れて当然。

 初歩的な初歩なのに、あそこまで見事に踊れないのも珍しい。


 何度もやり直しをさせられて周りの視線に嘲笑が含まれている。


 悔しいことにあの男は完璧。問題はあの子。

 言われたことを理解していないのか、足を踏んで、よろけて。


 本当に何も出来なささに才能しか感じない。


「ソール団長を陥れようとしたメイドが殺された」


 周りを気にして声を抑えながら言ったディーは、ずっとあの男を捉えていた。


 罪人となり家族と田舎に移動する前日、自ら毒を飲んだとか。

 震える字で「ごめんなさい」と遺書が残されており、自殺として処理された。


 あの子側の人間がどうなろうと心は痛まない。私は私の大切な人を守ると決めたのだから。


「それともう一つ報告が。ジーナ令嬢の追い出された侍女がいたでしょ?彼女は魔法で消された可能性が高いってクラウスが」

「魔法?」

「うん。しかも、クラウスと同等の才覚を持った魔法使いかもしれない」


 額から流れる汗は緊張を表す。


「強大な魔法は使うと必ず何かしらの痕跡が残るらしくて。にも関わらず一切の痕跡が見当たらなかったんだ」

「魔法を使っていない可能性は?」


 静かに首を横に振った。


「人捜しの魔法を使って何の反応もなかった。骨まで消されたとして間違いない」


 人捜しの魔法は埋められた死体でさえ見つけ出す。数年経って骨だけになっても。

 そんな優れた魔法が反応を示さないというのとは、体だけでなく骨までこの世からなくなったと考えるのが妥当。

 だから魔法使いが関与していると考えた。普通の人は死体を隠すだけ。仮に燃やしても骨だけとなった人間の身元が割れることはないのでそのまま放置する。


「それだけでクラウス様と同等だと、なぜ言い切れるの?」

「目眩しと音消しの結界があるのは知っているよね?どちらも高度で、使える人間はほとんどいない」


 呼吸を整えるように目を閉じては、決意したかのようにゆっくりと目を開く。


「目眩しの結界にはもう一つ別の用途がある。強力な魔力で張られた結界内で魔法を使っても、痕跡は残らないし誰にも悟られない」

「そんなに優れた魔法使いなら隣国で暮らしているんじゃないの?家から追い出されるなんて」

「その辺のことは僕にも。ただね。クラウスには一人だけ心当たりがあるらしいんだ。昔、見逃した罪人が大人になってあの頃より力をつけていたら……」


 ──まさかその罪人が占い師の正体?


 クラウス様の目を忍んで王宮に身を寄せていたのも、それなら納得。


 そのクラウス様も自国の仕事が忙しく部屋から出てこられない。

 まだ帰っていない婚約者であるマリアンヌ様が手伝ってくれているから、今日明日には終わったらいいなという願望で頑張っているとか。


 ディーが手伝おうにも国の重要書類故に、いくら信頼している気を許した友と言えど、視界の端に捉えることも許されない。

 文字通り、陰ながら応援するしか出来ない状況に、申し訳なさを感じている。


 本人は仕方のないことだと割り切り、王としての責任から逃げるつもりはない。

 王になることが決まった今、苦手や嫌いといった子供じみた理由で逃げていいはずがないのだ。


「楽しそうな話ね。私も交ぜて」


 移動してきたシャロンは興味津々に内容を聞いた。

 カルも慣れないことにいつもより表情が強ばっている。


 ──二人でいると囲まれるからこっちに逃げてきたのね。


 テオは上手いことリリス嬢を逃がして、魅了香の毒牙にかかっていない生徒と固まっている。

 確実に派閥の勢力を広げているわね。


 しかも。あれは全員、あの男を支持する家門の子息や令嬢。

 王妃に恐れて仕方なくだったのが、二大公爵家の支持を得て立場を獲得しつつあるディーに乗り換えたいと思っている。


 ──このままもっと、ディーの立場が良くなってくれたら。


「あぁそれ。うちの暗部だから気にしないで」

「………………占い師?」

「罪人のほう」


 ──サラっとすごいことを言ったような……?


 露骨なため息はその人について深く聞いて欲しくない証拠。

 暗部なら敵ではない警戒する必要もない。


 侍女を殺した魔法使いが誰なのかによるけど。


 ──…………ちょっと待って。暗部である可能性が高いんだけど。


 ラジットが言っていた。わざと聞こえるように。


 ボニート家は指の切られたメイドを雇っていると。

 なぜ聞かせたのか疑問だったけど、ようやく理解した。

 誘導するためだ。侍女の行動を。


「引っかかることがあるの?」

「うーん。もし仮に初めから殺すつもりだったら、ラジットは教えてくれるかなって」


 今まで何も言ってこなかったということは殺すつもりがなかった。

 だとすると。急遽、予定を変更したことになる。予定……。侍女をシャロンの屋敷に向かわせようとした?

 そんなことをしても得はないのに。


「まさか……」


 仮説は立証しなければ仮説でしかない。


 暗部は元暗殺集団。侍女が誰かを殺すように依頼してその対価を今、支払ったのだとしたら?

 シャロンの元に行くように誘導して、罪人として生きていくのであれば寿命は伸びていたのかもしれない。


「侍女のことに関しては帰ったら聞いてみるわ」

「お願い」


 私の仮説が正しいのかどうか答え合わせはしてみたい。

 正解だったところで何かが変わるわけではないのに。


「そのラジットっていうのがソール団長の本名?」

「……ええ」


 しまった。ついディーも知っている体で話を進めていた。

 暗部が存在していて、彼らが魔法使いであることしか明かしていない。本名はまだだった。


「ごめんなさい」

「謝らなくていいよ。誰のことを言っているか見当はついてたから」


 それなら良かったと安心はしない。

 ディーは私のために色々と力を貸してくれるのに、私は情報の共有を怠った。

 手紙で伝えるなり出来たのに。


「僕は本当に気にしてないよ。だからそんな顔をしないで」


 そんな?

 私は今、どんな顔をしているのか。鏡がないからわからない。

 シャロンは小さく笑って、教えてくれそうになかった。カルも苦笑いをしている。


 自分の顔に手を当ててみてもわかるはずもなく、ただただ気になるだけ。


「傷つかなくていいんだよ」


 ディーの手が重なる。温かくて心が安心するような。


「傷つく?」


 そういう顔をしていたということか。

 ディーに話さなかったことへの罪悪感。吹き飛んだわけではないけど、必要以上に責任を感じてしまうとディーを困らせ悲しませてしまう。

 私はそれが嫌だったから、いつもみたいに笑顔を作る。


 人目が多すぎるため、すぐに手は離されてしまったけど。温もりは簡単には消えない。

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