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盗っ人には小物一つも貸すつもりはない

 「アリアナ!!この連中をどうにかしてよ!!」


 帰るなり、頭が痛くなった。


 怒鳴り散らす姿は天使なんかではなくて。事が思い通りに運ばずに癇癪を起こしている二歳児。


 「誰か説明をお願いします」


 痛くなる頭を抑えながら説明を求めると、代表してウォン卿が答えてくれた。


 「ジーナ令嬢がアリアナ様のお部屋に入れろと」


 その時点でもう何が言いたいのかがわかる。


 王妃のお茶会に招待されたはいいけど、着ていくドレスは燃えて灰と化した。


 新しい物を買いたくても下級貴族が身に付けるドレスでは恥をかく。


 王妃からドレスを与えられたら公平さを欠かないためにも、他の令嬢に送らなければならない。


 息子を選ばなかった女に、ドレスを送るなんて屈辱を選ぶような性格でもないのだ。


 ──プライドだけは高いからね。


 親から子へ。性格は遺伝する。

 平民が嫌いなとこも、貴族は皆、無条件で自分に従わなくてはならないと思っているとこも。

 愛する者を奪われ傷つけられると、殺したいほど憎むことも全部。


 「アリアナ!!自分がお茶会に呼ばれなかったからって、私に意地悪するのは違うでしょう!!?」


 それだとまるで、ドレスを燃やしたのは私だと言っているようなもの。

 確固たる証拠もないのに。


 魔法でも使わない限り、自然に発火するなんてありえない。


 そして私は、魔法使いではないからあの子の推測は大ハズレ。


 怒鳴り散らしたいだけなら、まともなドレスを買ってくれない侯爵にストレスをぶつけたらいい。


 私を巻き込まないでよね。


 「どうして私のドレスを貴女に貸さなくてはいけないの?」

 「貴様!!困っているヘレンを見捨てるつもりか!!」

 「まさか!」


 侯爵の発言に驚いてみせた。

 予想外の態度に一瞬、怯むもすぐにいつもの調子を取り戻す。


 「ならばさっさと渡せ!!一番高価なやつだぞ!!早くしろ!このグズが!!!!」


 うーん。侯爵が怒鳴り私に悪口を浴びせる度に、騎士の殺気が鋭くなる。

 気付いてないのかしら?


 いくら鈍感でもあの表情を見ればわかりそうなものだけど。


 「私も侯爵の親友であった人の娘の力になりたいとは思っています。ですが、貸して返ってこなかったら嫌でしょう?」


 記憶力の悪い貴女は覚えているかしら?


 私のヘアピンを勝手に借りた(ぬすんだ)ことを。


 それだけではない。貴女の元侍女はディーからのプレゼントを盗もうとした。

 主従揃って手癖が悪いことを既に証明してしまっている。


 「酷いわアリアナ!私が盗むと言いたいの!?」


 あぁ、これは。忘れてるわね。完璧に。

 それとも。あの子の中では借りたことになっているから、盗んだ自覚すらないのかしら。


 侍女に関してもそう。目の前からいなくなった人間のことは覚えている価値すらない。


 私が死んだ後もそうやって忘れたのよね。

 利用するだけしておいて、使い捨ての道具(ゴミ)として。


 「盗んだじゃない。私の大切なヘアピンを」


 そっと、優しく。髪の毛に触れたら力いっぱい振り払われた。

 記憶が蘇ったかのように怯えながら。


 すぐさまか弱い女の子になり、泣きながら侯爵に訴える。


 私が髪を握り潰したと。


 信じているのは溺愛している侯爵と魅了香にやられた使用人だけで、正常な人は虚偽の発言だと疑っている。


 こういうときは日頃の行いよね、やっぱり。


 私は本当に握り潰したし、あの子が事実を告げたとしても、疑われない自信しかなかった。


 「あれはお前が盗むように仕向けたのだろう!!それをあたかも、ヘレンが悪いかのように言おおって!!」

 「どう思おうと勝手ですが、私はドレスを貸しません。それでは失礼します」


 あの子が喚けば喚くほどに、なぜ王妃のお茶会に招待されたのか疑問だけが残る。


 マナーも教養もない。本来であれば辞退すべきなのに。

 立場を弁えることなく、行くつもり。



 面倒な騒ぎは屋敷だけには留まらない。


 翌日のアカデミーでもだった。


 「私は王妃様から招待状を頂いたんです!たかが伯爵令嬢とは違うんですよ」


 得意げに自慢するあの子に絡まれるシャロンが不憫。


 頭痛薬を欲しながらも、とにかくまずは状況確認。


 どんなに相手を嫌っていようと、つまらない意地で挨拶をしないのは紳士淑女云々の前に人として最低。

 シャロンは普段通りに挨拶をしただけ。そしたら急に、あの子がシャロンを見下し始めた。


 嘘のようなバカな展開に目眩が起きる。


 意味がわからなすぎる。


 あの子の体にはローズ家の血が流れているとはいえ、今の爵位は子爵。伯爵家よりも劣る。



 ──ほら。シャロンも困ってるじゃない。


 そこまで強気で絡める理由が不明すぎて、どう言い負かすべきなのか悩む。


 本来、王妃からの招待状は人に自慢したりしないもの。


 権力者に媚びへつらう姿を連想させる下品な行いだからだ。

 最低限の常識さえ持たない下級貴族が、高貴なるお方のお茶会に参加。


 教室内は一瞬にして困惑ムード。


 「(シャロン。ここは任せて)」

 「(そう?じゃあお願いするわ)」


 目配せ一つで察してくれたシャロンが一歩下がると、勝ったと胸を張った。


 「ヘレン。王妃様に淑女として選ばれたことは名誉なことだけど、昨日みたいなことをしてはダメよ」

 「な、何が言いたいの」

 「他の令嬢に、ドレスを貸してなんて言ったらダメってこと」


 空気がザワっとした。


 「嘘でしょ。アリアナ様のドレスを強請ったってこと?」

 「なんて図々しいのかしら」

 「アリアナ様のドレスはどれも特注品。アリアナ様のためだけに作られた一点物でしょう?」

 「そもそも二人は、ねぇ?」


 教室のあちこちから非難の嵐。

 声を抑えてくれているとはいえ、ハッキリと耳に届く声量。


 唇を噛み締めて俯くその顔は真っ赤。


 私とあの子は体格が違うので、仮に貸したとしても私のドレスは着られない。


 高価で一点物のドレスということから狙いを定めたんだろうけど、甘いのよね。何もかもが。


 愛しい愛しい彼と重ねた体をバカにされて、怒りと恥ずかしさに体が震える。


 「それと。他に呼ばれた令嬢の手土産を欲しいと強請るなんて以ての外だからね」

 「何それ?」


 知っているのに他の人に詳細を教えるため、あえて聞いてくれる。


 「以前、アルファン公爵が尋ねて来てくれたの。そのとき私に手土産をくれたんだけど、ヘレンが物欲しそうな目をしていたの」

 「そ、そんな目!してない!!」

 「そうだったかしら?だって貴女、呼ばれてもいないのに勝手に来ては部屋に居座ったじゃない。あれって、そういうことじゃなかったの?」


 私は起きた事実しか口にしていないため、公爵に確認をされて困ることはない。


 「うぅ、アリアナ。どうして酷いことばかり言うの?そんなに私が羨ましいの!?私だけが王妃様に呼ばれたことが!!」


 私だけ、を強調した。


 ありがとう、ヘレン。あの男と王妃の評判を下げてくれて。


 貴女一人だけでは呼ばれない。これまでのお茶会だって私と一緒だったから仕方なく、招待されていただけ。

 そんな貴女が私を差し置いて王妃とお茶会?ありえないのよ、絶対に。


 「そうね。確かに私は招待状かが送られていないわ。ヘレンに届いたということは、他の令嬢にも届いているんでしょうね」


 つまり私は意図的に省かれた。

 ここにいる人はどう思うかしらね。


 ディーを選んだ。たったそれだけのことで年に一回の特別なお茶会に招待しない王妃に仕える意味はあるのか。

 私情をはさみ本来のその人を見ない王妃に忠誠を誓ったところで、私情で切り捨てられるのではないか。


 不信感は止まらない。


 人の上に立つべき人間が感情に流されるなんて許されないし、あってはならないこと。


 「一体何の騒ぎだ?」


 あら、珍しい組み合わせ。テオとあの男が一緒にいるなんて。

 待ち合わせをする仲でもなく、待ち伏せられていたと考えるのが妥当。


 「エド!アリアナが意地悪ばかりするの。私だけが王妃様に招待されたものだから」

 「ヘレン!!それは……」


 屋敷内ならともかく、誤魔化せないこんな大勢の前で言われると困るわよね。


 「アリアナ様ではなくジーナ令嬢が」


 何かを疑うような眼差し。

 得意のポーカーフェイスが崩れている。顔面蒼白とまではいかないけど、顔色は悪い。


 「テオドール様!今なら私の友達にしてあげます」

 「はい?」


 さっきよりももっと顔色が悪くなった。


 アルファン家の後ろ盾があれば王太子への道は格段に近づく。

 愛しい彼のためにアルファン家の支持を手に入れようとしているみたいだけど……。


 偉大なる公爵家の友人にあの子がなれるわけがない。その自信はどこからくるのか。


 「私は王妃様に選ばれた淑女です。テオドール様の友達に相応しいと思いませんか?」


 笑ってはダメよ。本人は至って真面目なのだから。

 誰もあの子を見なくなった。笑いを堪えるために。


 「ジーナ令嬢。貴女に名前で呼ぶ許可はしていませんが?」

 「私達の仲にそんなものは不要です!」


 ごめんなさい、テオ。話が通じない子なの。


 前に対面したときよりも頭の中がすごいことになっていて、流石のテオも言葉を失いかける。


 「つまりそれは、子爵令嬢が公爵家を格下に扱っている。そういうことですか?」

 「どうしてそうなるんですか!?」


 たった今、貴女がそう言ったからよ。


 仮に侯爵令嬢としてこの場にいても公爵より爵位が低いのだから、その態度は咎められるべきもの。


 「ジーナ令嬢。一度目の非礼は許します。ですが、二度目はない。肝に銘じて下さい」

 「で、でも。私は王妃様の」

 「いい加減に……」


 バカの一つ覚えみたいに繰り返す叱責しようと口を開けば、周りに気付かれないように制止した。


 植物のような穏やかな雰囲気を纏ったテオの目は力強い。


 「王妃殿下から招待状が届いたことを自慢しているけど、君は淑女でも何でもない」

 「し、失礼ね!!男の貴方にはわからないだろうけど、数多くの令嬢から選ばれるのは名誉なことであり、淑女であると認められた証拠なのよ!!」

 「ジーナ令嬢が選ばれたのは淑女だからではなく、第二王子の友人だからです。そうでなければ聡明な王妃殿下がアリアナ様を無視して、ジーナ令嬢だけを招待するはずがない」


 王族の対面を守りつつ、見事にあの子の評価だけを下げた。

 私が言うよりも第三者が指摘することで信ぴょう性は増す。

 そして……。やはり王妃はディーを選んだ私を意図して招待しなかったのだと確信まで得た。


 「アリアナ様。お茶会当日、もし予定がなければ母が開催するお茶会に参加しませんか」


 その日はマリアンヌ様のお茶会に招待されていることを知っていながら、その提案をするのは表明してくれている。


 アルファン公爵家はローズ家ではなく、私個人を支持してくれると。

 それは前代未聞。


 公の場で宣言したのだ。

 今後、何があろうとも私が助けを求めたら力を貸すと。


 「各家門の夫人しか集まらない場に私が行くのは迷惑じゃないかしら」

 「未来の王妃殿下が参加してくれると皆、喜ぶと思います」

 「気待ちは嬉しいけど、今回は辞退させてもらうわ。神聖なる伝統のお茶会にお邪魔するわけにはいかないし」

 「では、個人的なお茶会ならどうでしょう」

 「それなら、まぁ……」

 「是非とも、親友と一緒に参加して頂ければ」


 シャロンはお茶会が好きではないのよね。

 自分から開くことはないし、よっぽど親しい人からの招待以外は応じたこともない。


 これまでは上の階級から誘いがあったわけではないから難を逃れてきたけど、天下のアルファン家ともなると逃げられないと悟る。


 半ば諦めムードで誘いを受けることを承諾。

 シャロンの意志を確認していつかの未来の約束をした。

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