頼りになる護衛騎士【ディルク】
「失礼します、殿下」
「二人のときはかしこまらなくていいと言っているだろう」
歳上の幼馴染みに会いに行くと出掛けていたカルが帰ってきた。
いつもは真面目な顔で僕の護衛にあたってくれるカルの顔が少し綻んでいる。
話に聞くロイ・コゼットは今はローズ家の騎士団に抜擢されたそうで、家を出て騎士寮で暮らしているらしい。
カルは口には出さないが会える機会が減ったことに寂しがっていた。
接点のないローズ家に会いに行くのは気が引ける。
僕がアリーの婚約者に選ばれたことにより足を運びやすくなったようで何より。
カルに座るよう促しても後ろで手を組んだまま姿勢を崩さない。真面目すぎるのも考えものだな。
僕達の関係は主従。それ以上でも以下でもない。カルはその線を超えないように自らの立場をハッキリと目に見える形を取る。
僕が命令すれば一歩は踏み出してくれる。
カルに私的な命令をした瞬間、僕の中で何かが壊れる気がするんだ。
カルが僕に尽くしてくれることは当たり前ではないのに、受け取る恩を一つも返させてくれない。
エドガーのように王族らしく振る舞えば、こんな悩みを持たずに済むのだろうか。
それ以前に、王妃の子であればみんなから祝福してもらえただろう。
エドガーの誕生はちょっとしたお祭り騒ぎだった。多くの貴族が祝いに来たと聞く。その中にはローズ家もいた。
未来の王に一人ずつ声をかけたらしい。
僕のときはそんなことしてないけど。
側室の子供の扱いなんてその程度。別に悲しくはない。
「殿下にご相談があります。次の休み、休暇を頂けないでしょうか」
「その日は約束が……」
「先程、アリアナ様のご予定を聞いてきまして」
その名前を聞くだけで顔が熱くなる。
本人の前でだらしのない姿を見せたくないからポーカーフェイスは保つけど、隣にいるだけで心臓は速くなる。
僕の変化にカルは口を閉ざす。次の言葉を待つかのように。
「続けてくれ」
困っていたアリーを助けるために僕からの言伝として、約束を取り付けたらしい。
僕と長い時間一緒にいるせいか、取り繕う仮面を見破るのが上手い。
カルはとても気が利く。おかけで僕も何度も助けてもらった。
「私はこれで。あまり夜更かしはしませんように」
カルの部屋は僕の右隣に用意してもらった。
僕達の部屋は誰も使っていない部屋だったため、王妃が快く許可を出した。
使用人に部屋を整えることを許さずに、案内された当初は埃が溜まりカビ臭かった。
汚い部屋がお似合いだと嘲笑っていたんだろう。
自室を貰えるのは有難かった。僕の部屋に近付く物好きがこの王宮にいるわけもなく、この部屋の中でなら息苦しさはなく自由だった。
母上は左隣。
息が詰まる王宮で、ここだけはストレスも何も感じない。大切な二人が近くにいてくれる。
王妃としては目障りな存在を一箇所に集めただけなんだろうけど、僕に何かあったとき、二人に何かあったとき、すぐに駆け付けられる距離は好都合。
王妃は高貴な家柄出身で、頭も良くて所作の一つ一つも美しくて、この国の王妃となるべく教育を受けてきた。
感情を隠して生きなければならない王妃ともあろうお方が、感情に任せてこんなことをして、僕のためになっていることに欠片も気付かない。
一人になり時間が過ぎていくと、急激に緊張が押し寄せてきた。
カルの報告を聞いているときはアリーの役に立てたんだなって思うだけだった。冷静になればその意味に気付く。
アリーと出掛ける。それはつまり……デート。
意識すると恥ずかしくなって、ベッドに倒れ込んだ。
アリーは僕を利用価値があるから婚約者に選んだのだと思っていた。だから必要最低限の距離感を保とうとしているのだと。
それなのに僕からの誘いを受けてくれた。
嘘をついたことはいけないことだけど、結果としてアリーの助けになったのなら咎める理由もない。
聡明なアリーのことだ。カルの嘘だと見抜いているかもしれない。
それでももし、違っていたら……。
カルの言葉を本当だと思っていたら、それはつまり……僕とのデートを承諾してくれたってことで、だから、えと……。
嬉しすぎて気持ちが先走る。
僕の名前を呼ばれるまでアリーはエドガーを選ぶと思った。
友人で、正妻の子供で、僕なんかよりも支持率が高い。ローズ家にとって最高の相手。
もしも、なぜ僕だったかと聞けば答えてくれるだろうか。困らせてしまうかもしれない。
守ると言ったのは嘘じゃない。
アリーが生きてくれることこそが僕の願いであり幸せ。
それなのに……。
あのとき僕は心の中で留めておかなければならない言葉を言おうとした。
守るから……愛して欲しいなんて。
僕は僕の全てを懸けてアリアナ・ローズを愛することを決めた。
無邪気に純粋に笑うアリーはとても美しくて、手に入れたいと望むのもおこがましいほど高嶺の花。
婚約者に選ばれなくてもアリーの幸せの手伝いのためにきっと僕は何でも出来た。
それこそ人を……殺すこともためらわない。
喜んでこの手を血で赤く染める。
例えアリーが他の男性を好いていても、いずれ僕を裏切るのだとしても、僕は一生涯愛することを誓う。