二人を殺したのは王家である
暗部のことこそ、秘密にしておかなければならない。
国家転覆を狙える実力は本物。
それだけではない。元暗殺集団でもある暗部が陛下を亡き者にしようとしていた。
国を滅ぼせる魔法使いであるという事実もある。
それらを淡々と告げた。
「そういえば。何年か前に平民の間で、とある噂が流れていたが。まさか……」
「はい。色々と訳あって今はボニート家で働いています」
「情報収集と言うのは?」
「暗部が各家に一人ずつ、配置しています」
「「はい?」」
本当にそうだったとは。
あまりにも内情に詳しすぎるから、もしかしたらという可能性のつもりだったのに。
「王宮には……?」
「二人です。今は一人ですけど」
「今は……」
ヒントだ。私に付けた騎士の誰かがそうであると、教えるための。
考えて、ハッとしたということは。ソール団長であると気付く。
彼だけが唯一、口にしたから。あの二人のことを。
驚きはあったものの、それだけ。すぐに安心したような表情を浮かべた。
それほどまでの力を持った人が私の傍にいてくれている、と。
急にはにかむディーを不思議そうに思いながらも、誰も何も聞かない。
ラジットは騎士団設立からずっとディーを支持していた。銀色のマントがその証拠。
正体を明かしたところで問題はないのだろう。
「魔法使いがいるなら、シャロンが殺されるなんておかしいのでは?」
顎に手を当てて考えるようにカルが発言した。
その疑問は持たれて当然。今更、隠し立てをするつもりはなく、殺されなくてはならなかった理由を口にした。
始まりは私だったのかもしれない。私があの男を選んでしまったことにより、陛下が下した決断。
国のトップに立つべき存在ならば、知っておかなければならないことだったとしても。
せめて一言。教えるとさえ、告げてくれていたら……。
未来は変わったんだ。少なくともシャロンは死ななかった。
私が死んだ後も生きて……。
それを聞いたディーは目を見開き、言葉を理解するのに時間がかかり。
嘘であって欲しいと願うかのように、その瞳は……。
銀色の瞳は潤む。泣きたいからではない。
懺悔。それもとても深い。
「二人を殺したのは……」
震える声は絞り出したかのようにか細くて。
「すまない。すまな……」
顔を隠すように両手で覆う。
流れる涙が不謹慎にも綺麗だと思ってしまった。
「僕はこの罪をどうやって贖えばいい?」
罪?ディーに何の罪があるというのだろうか。
独り言のように繰り返される謝罪。
「ディー!貴方は誰も殺していないわ」
「二人が殺された事実は消えない。消えないんだよ……」
「だとしても!ディーは何もしていない。そうでしょう?」
「僕は……ディルク・リンデロンだから。王族の名を持つ僕にだって責任は生じる」
責任という言葉が、空気をより一層重くした。
事件に関わってもいないディーが、こんなにも罪の意識を感じて罪人と同じく罰を求める。
「いいえ。ディーには何の責任もなければ、罰を受ける理由もない。私とシャロンを殺したのはエドガー・リンデロンとヘレン・ジーナ。そして……協力したローズ家の人間」
真っ向からディーを否定した。
間違ってはいけない。裁くべき罪人を。
シャロンも賛同するかのように頷く。
不安そうに震えるディーの手を掴み、力強く握った。
「お願いだから自分を責めないで。ディーは私のために……」
復讐を成し遂げてくれた。私の無実を信じてくれたじゃない。
それだけで充分よ。
私が何を言ってもディーは“責任”から逃げようとしない。
命を奪ってしまったことに対して、どうやって償うか。そればかりを考える。
「ディルク殿下。そんなにも私達を殺した罪を背負いたいのですか?」
「当然だ。償わなくては……。理不尽に奪ってしまったのなら尚更!!」
シャロンの目が鋭くなる。
何を言おうとしているのか。私には少しの間、口を開かないよう合図を送る。
「では一つだけ。殿下にお願いがあります」
「僕に叶えられることなら」
「殿下にしか叶えられないことです」
膝の上で手を組んで、さっきまでやや猫背だった背を伸ばす。
姿勢が違うだけでこんにも威圧感が変わるものなのか。
「アリーの婚約者の座を辞退して下さい」
「…………え?」
驚きと絶望、恐怖が表情を歪めた。
意味を理解しているからこそ、次の言葉が出てこない。
口を開いては、すぐに閉ざす。
「今のディルク殿下は気高く聡明なアリアナ・ローズの婚約者には相応しくありません。やってもいない罪で裁かれたいなどと言う愚者に、大切な親友を任せられるとでも?」
不敬に取られてもおかしくない発言。
カルの眉がピクリと動くも沈黙を選んだのは、今日ばかりはシャロンの意見が正しいから。
「現状でアリーに相応しいのは私だと思いませんか?」
「ふっ……。そうだね。二人の仲の良さや信頼関係は親友を超えたものがある」
「アリアナ様が困ったときにいつもシャロンが助けるほど、我々のような他人が入る隙を与えてくれませんからね」
予想もしていなかった援護射撃により、ディーは動揺している。
いつだってカルはディーの味方。裏切った……という表現は語弊があるかもしれないけど、シャロンの背中を押すとは思っていなかった。
「アリーの隣に立つべき人が弱ければ、また死ぬ!今度はもっと痛みに苦しめられて!!」
今世の私は彼ら……特に、あの子を深く傷つけた。
その代償に手足を斬られることになるだろう。
舌も抜かれて、この目は抉られる。
拷問に近い仕打ちを受けることは想像がつく。
それを辛いと思えないのは、最上級の痛みを既に味わったから。
「二度も殺させたりはしない!!絶対に!!」
「だったらもっと王子らしく振る舞って下さい。貴方様はリンデロンである前に、アリーの婚約者なのですから」
顔を引っぱたかれたかのような衝撃でも受けたのだろうか?
そっと自身の頬に触れては、憑き物が取れたように穏やかな顔で
「うん。そうだね」
まるで空気が浄化されたみたいだった。
晴れやかに笑うディーはもう苦しんでいない。
罪を背負いつつも、裁かれるべき罪人は自分ではないと理解した。