告げる残酷な真実
休校明け、生徒の話題は被害者女子生徒のみ。特定しようと、ほとんどの人が探りを入れてくる。
私が「本人の名誉に関わることだから」と、口を挟めば誰もが口を噤む。
想像すればいい。被害者が自分であったらなら、と。
気持ちの悪い手紙を押し付けられて、その教師は死亡。
アカデミーだけに留まらず、貴族社会で噂の的。そんな恐怖を背負って生きなくてはならない苦痛。
自分達がいかに愚かなことをしていたのかを自覚して、女子生徒探しは終わった。
「皆さんにこれを。私なりに授業内容をまとめてみたの」
「わぁ!ありがとうごさいます!」
「アリアナ様の手作りですか!?」
座学に関してのみ、前世の記憶は役に立つ。
喜んでくれる姿を見ると、作って良かったと思える。
──余計なお節介にならなくて、本当に良かったわ。
決して揃うことのなかった教室に生徒が全員いるというのは不思議な感じ。
とは言っても、今日は授業はなく伝達事項だけ。
調査の結果、教師の死は自らの罪を悔いての自殺。
誰かに殺されたと正直に話して、生徒の不安を煽る必要はない。
本当の結果は教師には伝えられていて、その上で優しい嘘をつくことにした。
あの男は周りにバレないように口角を上げて笑う。
──あれって自白じゃない?
シャロンに目で合図を送ると、呆れながら息をついた。
「今日はもう終わり?」
「みたいね」
「これなら伝達だけで良かったのにね」
勝手に会話に入り込んでくるあの子は無視した。
あからさまにムッとした表情。貴女に構ってる暇はないのよ。
テオに話す決心がついた今、先延ばしにせずに今日にでも真実を伝えたい。
どうやって誘うか悩んでいると、いつものようにディーが迎えに来てくれる。
「帰ろう、アリー」
「え、ええ」
歯切れが悪く、察して欲しくてズラした視線の意味に気付いてくれた。
「テオ。どうだろう。もし予定がないなら、一緒に帰らないかい」
「私も……ですか?……喜んで」
私達の邪魔になるのではと、遠慮しようとしたテオも私の深刻さに気付いて誘いを受けた。
察しも勘も良いシャロンは一緒に帰っていいか聞いてくる。
「もちろんよ。カル、予定がなければ一緒にどうかしら?」
「よろしいのですか?」
気が利くカルは自分は場違いだと一歩下がろうとしていた。
知って……欲しいのだ。絶望しかなかった私にカルが与えてくれた希望がどれだけ眩しかったか。
一度ならず二度までも。自分を差し置いてディーだけが一緒に帰ることにご立腹のエドガー。
同じクラスなのに未だ一度として誘われていないのに、と本音が隠された瞳。
かと言って。誘われてもいないのについて行こうとすればまた恥をかく。
ただでさえ、ここ最近はプライドが引き裂かれているのに、醜態までは晒せない。
欲していた人脈を苦労なく手に入れるディーに対する憎悪は激しかった。
──前世でもアルファン家からの支持は得られていなかったけどね。
これから話す内容は誰にも聞かれてはいけないため、シャロンの屋敷にお邪魔することになった。
私としては一番、信頼が置ける場所。
屋敷に着くといつもの執事が出迎えてくれる。
幼少期から多くの貴族と接してきたテオには、執事の笑顔は作り物であると見抜く。
警戒をしているわけではないけど、心は開かない。
執事はカルをまじまじと見ては、小さく笑った。
それが何を意味するのか。シャロンでさえわかっていない。
失礼だと執事の足を蹴って追い返す。
「誰も近づかないでね」
ニッコリと笑っては、お願い口調の命令をした。
メイドが人数分の飲み物を運んで来る。それを奪ってまで部屋に入ろうとする執事を睨めば、何もしてないと無実を証明するかのように両手を上げた。
肩をすくめて踵を返す。
廊下を曲がって背中が見えなくなるまで、瞬きをすることはない。
そんなに信用ないのね、あの執事は。
──そしてやっぱり、鍵は閉めるんだ。
紅茶を飲んで気持ちを整えながらも、疲れは取れてないらしく目頭を抑えた。
「あ、の……。実はね。テオとカルに話しておきたいことがあるの」
緊張してきた。いつもより鼓動ご速く、体が熱くなっていく。
息を吐いて、逸れることのない二人の目と目が合う。
「大丈夫だよ、アリー」
魔法のような優しい声は安心をくれた。
隣に座ったディーは、そっと手を重ねて勇気もくれる。
無性の優しさに泣きたくなるも、私が今、優先するべきことは……。
「私ね。未来から戻ってきた回帰者なの」
告げる私に怪訝な目をすることなく、真剣に聞いてくれようとしている。
話す決意をしたところで、信じてもらえなかったらと不安は膨らむ。
そういう覚悟もしていたはずなのに、信じてもらえなかったらと考えていた自分がバカバカしくなるほどに、二人は真剣だった。
鮮明に記憶された過去を語り終えると、部屋は静まり返る。
物音一つなく、呼吸する音でさえ目立ってしまいそうな。
ニコラの死に震えるくらいの怒りに飲まれながらも、冷静を保つテオは唇を噛んだ。
自身の腕に痕が付く強さで掴むカルはあの日、私がした質問の意味を理解した。
冤罪で殺されたのなら、疑って当然であると。
「そう、か。なるほど。色々と合点がいった」
「信じてくれるの?」
「嘘をつく理由がない。それに、父上の診療所のことも知っていた。母上でさえ知らなかったのに。ひどく感心していたよ。どうやって調べたのかと」
「回帰のことを他に知っている人はいるんですか?」
「ええ。クラウス様よ」
こちらも納得した。
国に帰ることなく、わざわざ隣国のアカデミーを卒業するのは異例。
ましてや、来年にはもう王座に継ぐことが決まっている。
やることは山積みで、自国に帰るべきなのに。
「一つだけ教えて。どうして教えてくれたの?アリアナ嬢以外の人はその未来を知らないし、僕に関しては国にもいなかった。部外者……」
「違う!!」
声を荒らげた。否定する想いが熱くなりすぎて、つい立ち上がってしまう。
全員の視線を浴びながら座り直す。
「テオは部外者じゃないよ。だってずっと、ニコラを捜してて、その理由はただ好きだから」
少なくとも私は、この部屋にいるみんなが部外者だとは思わない。
「それでねテオ。貴方にお願いがあるの」
「僕に?アルファン家にじゃなくて?」
「テオドール・アルファンにしか頼めないことよ。彼らを捕まえ処刑台に上げたとき、カスト・ローズの首をはねて欲しい」
私は彼らを処刑台に上げて民衆の前で無惨に首をはねるだけで良かった。
牢獄の中で私が味わった絶望と苦しみを、同じように味あわせたかっただけ。
その復讐がいかに独りよがりだったのか、ディーのおかげで気付けた。
処刑は執行人に任せるのではなく、私達の手で……。
それこそがディーの考えた復讐。
「ニコラを殺したのは紛れもなくカスト。その恨みを晴らし、仇を討って」
愛していたニコラを失った悲しみは私達にはわかりえない。
想いの深さは人によって違うから。
「連中を捕まえるためアルファン家も尽力すると約束する。そして……“僕”の代わりに必ずカスト・ローズを……!!」
「アリアナ様を二度も殺させないと、我が剣に誓います!」
「うん。ありがとう」
心強い味方が増えた。
これで何があっても必ずアルファン家はエドガーを支持しない。
カルのエドガーに対する警戒心も最大限まで引き上げられた。
「すみません。私からも皆さんにお伝えしたいことが」
手を挙げて発言を求める。
──シャロンがみんなに言うべきこと?
隠し事を打ち明けるのだとしたら……それはまさか。
私の考えを肯定するかのように微笑んだシャロン。
「私は元暗殺集団、暗部を率いて情報収集を行っています」