私がローズ家の侯爵令嬢【ヘレン】
私は高貴な侯爵の血を引く令嬢。
可憐で愛らしい。みんなが私の虜。
そうなるはずだった。
現実の私は子爵なんて一番下の階級令嬢。
貧乏で、平民に近い暮らしを強いられる。
屈辱だらけの日常に転機が訪れたのは九年前。七歳の誕生日。私ではなくアリアナの。
お父様が直々に迎えに来てくれた。
これからは家族みんなで暮らそうと。
底辺の生活からようやく抜け出せる。
始めて会ったアリナ・ローズ。私の居場所を奪った女狐の娘。
背中よりも長いよく手入れのされた青い髪は美しく、母親から受け継いだであろうブラウンの瞳。
ただ立っているだけのに、圧倒される。
気高い高貴なオーラを身に纏っていた。
私と同じ歳で完成された淑女。
憎い……。
私がそう在るべきだったのに、平然と何食わぬ顔でそこにいることが。
張り切って飾り付けられた部屋に取り残される哀れな女を横目に、私は家族でレストランで食事。
卑しく穢らわしい盗っ人。犯罪者の血を引く娘。いい気味よ!!
「ヘレン?また何か心配事があるのか?」
私の愛する人、未来の夫。エドは優しく乱れた髪を直してくれる。
「どうしてアリアナは私の思い通りに動いてくれないのかなって」
立場を弁えることなく、あろうことかこの私を蔑ろにする始末。
私のご機嫌さえ取っていれば、私の家族だってほんの少し、気まぐれ程度には優しく接してくれるかもしれないのに。
「田舎女の娘だ。教養がないのだろう」
「はぁ、嫌だわ。そんなのが私の大切なローズ家の名前を語るなんて」
高貴な血筋に、あんなゴミみたいな田舎の血が混じるなんて。恥ずかしい!
いずれは私がローズの名を取り戻すにしても、その方法は「養子縁組」
おかしいわ!!私こそがローズの名に相応しく、本当の娘なのに!!
堂々と名乗れないどころか、養子という形でしか家族に戻れないなんて。
「泣いているのか!?ヘレン!?」
「だって……。あまりにも“私が”可哀想すぎて」
田舎女さえいなければ……。
お父様は侯爵を継ぐために仕方なく田舎女と結婚したと言っていたけれど。
そんな嘘に騙されるほど私はバカではない。
きっとあの田舎女が迫ったのよ!お母様から略奪したなんて世間体が悪いから、お父様が爵位を継ぐためだなんて嘘までつかせて!
──最低!!
田舎女は大人しく田舎のブ男と結婚してもしていないよ!
他人の幸せを奪ってまでお父様の愛が欲しかったの!?
あの母娘のことを考えるだけでイライラする。
半分とはいえ、娘のほうには私と同じ血が流れていると想像するだけで気分が悪い。
「それにね。エドも可哀想だなって」
エドの胸に顔を当てて背中に手を回した。
大きくて逞しいエドの腕が、ギュッと私を抱きしめる。
「あんな卑しい平民混じりのせいで、エドの輝かしい人生に傷をつけられて」
「自分のことだけでなく、俺の心配もしてくれるのか?ヘレンはなんて優しいんだ」
顎を持ち上げられて頭が蕩けるような深いキスをしてくれた。
気持ち良くて、もっとして欲しい。
「好きな人の心配をするのは当然よ。それにエドは、夫なんだから」
「夫じゃないだろ。まだ。全く。ヘレンはおっちょこちょいだな」
「もう〜。言わないでよ。エドの意地悪」
ほっぺたを膨らませて怒っていると、ニヤリと笑ったエドが覆い被さってくる。
そのまま深く愛し合う。
こうしてエドと触れ合えるなんて。死んだ教師に感謝しなくちゃ。
生意気な伯爵令嬢。ボニートを退学にするためにエドが雇ってあげたのに。
あろうことか女子生徒に付きまとう変質者だったなんて。おかげで計画が台無し。
ボニートもボニートよ。
あんな女の親友に選ばれたくらいで偉そうに!!
どうせ死んでいくだけの道具に依存して、見てて気持ち悪い。
それに比べて私は王妃。この国の全員から愛される国母。
今のうちから媚びを売っておけば、甘い蜜を吸わせてあげたものを。
寛大で温厚な私を怒らせて。あの二人は絶対に死刑よ!国民の前でさらし首にしてやるんだから!!
「ヘレン。俺といるときに、俺以外のことを考えるな」
「うん!ごめんね」
首に手を回して甘いキスをすれば、エドは深く激しく愛してくれる。
好き!大好き!私だけの王子様!!
エドがいてくれるだけで、私は幸せ。他には何もいらない。
アカデミーが休みとなる一週間。屋敷に帰ることなく、私はずっとエドとここにいる。
お父様やお兄様の許しは貰っているなら無断外泊ではない。
私達の愛の住処に一度だけ、他人が入ってきたことがある。
エドが提案した勉強会をしたとき。誰かが間違って他の階に行くのを防ぐために、騎士を配置したエドのカッコ良さは思い出すだけで胸がキュンとする。
凛々しい横顔。何度見ても飽きないカッコ良さに、私はいつも惚れ直していた。
「ヘレン。この一週間、存分に俺のことだけを考えさせてやるかならな」
「きゃー!嬉しい。じゃあ私も、エドが私のことだけを考えられるよう頑張らなくちゃ」
愛している人と歩む未来。
道はとっくに作られた。私達が出会ったあの日から。
私は真の侯爵令嬢。辺境伯なんて田舎の女から生まれたアリアナとは格が違う。
その証拠に。第二王子でもあるエドは私を愛した。
未来の王妃にしてくれると約束までしてくれて。
アリアナなんて所詮、私を引き立てるだけの存在。エドを国王にするためだけの道具。
最近では調子に乗っているようだけど、すぐに思い知ることになるわ。
母親と同じように、利用されるだけのゴミ同然だってね。
それまで精々、勘違いしていることね。
特別は自分だと。
頑張ったら誰かに愛されるのだと。
ゴミのことなんて、誰も愛さない。必要とさえしないのよ。
貴女はただ、私を引き立てていればいいの。それしか価値がないんだから。




