気が気ではない
取り調べはどうなったのかしら。
あの子が連行されてから慌ただしく長兄が出て行ったけど、どうせあの男の元。あの子が無実の罪で連行されたと泣きついたに決まっている。
誠実を誇る騎士が王子に命令されたくらいで調査をやめるはずがない。
それは絶対だと言い切れる。
気になりすぎて何も手につかないわね。
騎士団が正式に動いたとはいえ、あの子の罪が立件出来るかどうか。
メイドがやったことと、喚き散らして協力しないんだろうな。
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだ。あんな杜撰でため息しか出ないような茶番劇のせいで王宮騎士団の手を煩わせるなんて。
一体、いつになったら大人しくしてくれるのかしら。
こちらが欲しい残りの証拠は、私を冤罪で断罪する計画書とニコラを殺させるために作成された文書。それ以外はいらないから、時期が来るまで平穏な日々を送りたいのに。
「おい!アリアナ!!出て来い!!」
またうるさいのが来た。
部屋の外でセシオン団長が止めてくれているけど、次兄の怒鳴り声は中まで聞こえてくる。
隣にいるニコラにも丸聞こえなんだろうな。怯えてなければいいけど。
「お戻り下さい。ハンネス様。貴方はアリアナ様に近付くことは禁止されているはずですが」
「うるさい!俺はアリアナと話しているんだ!邪魔をするな!!」
出た瞬間、胸ぐらを掴まれそうだからセシオン団長にお任せしよう。
騎士団長相手に滅多な真似をする考えなしではないだろうけど、何しろあの子が関わってるからな。思ってもない行動を取ってくる。
「アリアナ!お前!!恥ずかしくないのか!?ヘレンを陥れるようなことばかりして!!」
陥れられてるのは私のほうなんだけど。それも貴方達に。
無視していたいけど、頭痛の種は刈り取っておかないと。
この調子で夜中まで騒がれて睡眠の邪魔をされたくもない。
部屋の外に出ると興奮状態の次兄とバッチリ目が合う。
一瞬の間が流れ、すぐさま私に襲いかかろうとする次兄との間にセシオン団長が割って入る。
「レディーに危害を加えようとするなんて紳士にあるまじき行動ですよ!」
「レディーだと!?そんな悪女のどこがレディーなんだ!?」
ついには私も悪女認定されてしまった。
当初の予定では私を稀代の悪女とする計画が立てられていたわけだし、少しずつでも私が悪女であると刷り込んでおきたいのかな。
周りからは信じられないほど、怪訝そうな目をされてるけど。
「アリアナ様のような素晴らしい女性を悪女などと。気は確かですか?」
「お前こそ。コイツの何を知って、そんなことを言ってるんだ。いたいけなヘレンを傷つけて楽しむ、最低なクズだぞ」
クズにクズと言われてしまった。
私の厚意と親切によって対面が保たれているのに、よくそんな上から物を言えるわね。
割って入ってくれたセシオン団長に寄ってもらい、次兄と向かい合う。
あんなに強がっていたのに、私を目の前にすると怯えたように一歩下がる。
地下牢行きが恐れながらも私に出て来いだなんて。
怒鳴り散らしていれば萎縮して従順になると思っていたのなら、当てが外れて残念ね。
「それで?クズの妹になにかご用ですか?」
作り笑いをするのも面倒で、表情を殺して接することにした。
「お前!ヘレンが可哀想じゃないのか!?」
その話題好きね。どう答えても気に食わないくせに。
「ヘレンにはもう頼れる家族がいないんだぞ!?それなのにお前は自分のことばかり……!!」
あの子ばかり、可哀想可哀想と聞かれるけど、私は可哀想ではないの?
誕生日に存在さえ知らなかった同い歳の女の子を連れて来られて、私に与えてくれない愛情を注いで。
家族からの愛情があり、衣食住も約束されている。ワガママし放題。王子と秘密裏に付き合っている。
どこが可哀想なのか。人生を謳歌してるじゃない。
「黙ってないでなんとか言えよ」
「ハンネス様こそ。こんな所で油を売ってる暇はないはずですよ」
「なんだと」
「婚約者へのプレゼントを妹に選んでもらうなんて、男性としてどうなんですか?」
最初は同性だから好みが分かるという理由から私が選んでいたけど、婚約してもう五年以上も一緒にいる。そろそろ好みを把握するべき。
次兄に婚約者がいたこともそうだけど、プレゼント選びを妹に任せっきりなんて。
正常な思考回路の持ち主なら、そんなことはしない。
私も頼られることが嬉しかったから、ついつい引き受けていたけども。
──ほら、セシオン団長も顔をしかめているわよ。
それがおかしいと気付いたのは、今頃になって。
役に立てるなら何でもした。私の価値はそれしかないと思っていたから。
「もしかして。政略結婚の相手なんて眼中にないですか?」
「黙れっ!!」
笑顔で煽れば感情的になり、腕が伸びてくる。
私を掴んで、そのまま殴るつもりね。
次兄の腕はセシオン団長に簡単に弾かれた。
鍛えられた騎士の体格は良く、次兄を見下ろす威圧感は尋常ではない。
あれはセシオン団長なりの警告。同じことを繰り返せば容赦はしないと。
「くそっ!覚えてろよ、この悪女が!!」
逃げるように立ち去っていく姿は侯爵そのもの。
──血の繋がった親子だなぁ。
「申し訳ありません、セシオン団長」
「なぜアリアナ様が謝るのですか。お守りするのが私の役目です。どうかお気になさらず」
目を細めて笑った。
団長クラスの強い人だからではなく、私を信頼してくれている人が傍にいてくれるから。
心強いと思い、そんな彼らからほんの少しの力を勇気を分けてもらえる。
「アリアナ様?」
「ニコラが心配だから様子を見に行くだけ」
部屋を訪ねると、私が貸した本に集中していて外の騒ぎに気付いてもいなかった。
──逞しくなっちやって。
あんな奴らに怯える必要なんてないのだから、これが正解なのだろう。
「今日はもう休みなさい。夜更かしはダメよ」
「それはお嬢様もですよ」
「ええ。今日はもう寝るわ」
ラジットのことは心配ではあるけど、徹夜をして体調を崩しでもしたら元も子もない。
疑いの眼差しを向けられつつも笑顔で「絶対」と言えば信じてくれた。