完全なる失言【ラジット】
「誰の命令でこんなことをしている!!?」
勝手に来て、勝手に入ってきたクソ王子は頭を悩ませるようなことを言っては俺達を睨む。
命令も何も取り調べなんだよ、これは。
常識で考えてわかるだろ普通に。
クソ女が絡むと思考が落ちるのは本当らしい。
前回はアリアナ様が従順だったからこそ本性が暴かれることはなかったが、ハリボテの仮面なんて簡単に剥がれ落ちる。
娘溺愛の侯爵ならクソ王子に泣きつくと踏んでいたが、意外と来るのが速いな。
どんな時間だろうと愛する女のためなら、いつでも喜んで駆け付けますってか。バカバカしい。
無限の愛の一欠片でもアリアナ様に向けることは出来なかったのかよ。
ナイト気取りの王子登場にクソ女は好機と言わんばかりに泣き出す。
アカデミーを辞めて芝居の道に進めばいいものを。そうすりゃ望み通り、大勢の人間に愛される。
上辺だけだがな。
「うう……怖かったわエド!この人達、すごく高圧的で罪を認めなければ酷い目に合わせるぞって脅してくるの!!」
「な……なんて奴らだ!騎士の風上にも置けん!!」
テメーの護衛騎士でもある小侯爵はどうなんだよ。アリアナ様を処刑するために証拠をでっち上げようとしてんだろうが。
言い返したいが感情に身を任せるとコイツらみたいにバカになる。
「お前達全員、タダで済むと思うなよ」
「殿下。こちらをお読み下さい」
スウェール団長は呆れていた。
本来なら関係者以外に見せることの許されない記録を渡す。
舌打ちしながらも受け取り、上から下まで読むスピードはバカとは程遠い。
普通にしてりゃ優秀なんだろうな、きっと。
大人しくアリアナ様と結婚していれば何の苦労もなく王座を手に入れられたというのに。
そんなに我慢ならないかよ。クソ女以外が正妻になることが。
「ふん!こんなの捏造だろう!!そもそも、記録の魔道具はどうした!?なぜ使っていない!?」
「お読み頂いてわかるように、ジーナ令嬢がサインしてくれないからです」
「本当なのか?ヘレン」
なんで書いてあることを信じられないんだよ。
テメーの世界はクソ女中心に回ってんのかよ、ふざけんな。
「ううん。私はサインするって言ったの。それなのにこの人達……」
よくもまぁ今までと真逆なことをスラスラ言えるな。
クソ王子からしてみれば俺達の証言なんてどうでもいい。クソ女だけが全て。
くっだらない真実の愛とやらのために、国さえも己の私物と化す。
典型的なダメ王子。
剣を抜いて殺したいのが俺だけじゃなくて安心する。
どれだけ説明しても理解するつもりはないらしく話にならない。
かと言ってこちらもクソ女を釈放するつもりはなかった。
騎士の誇りとか、そういうわけじゃなくて。単にクソ女が鬱陶しい。それだけ。
「平民が犯人なんだ。そっちを罰するべきではないのか」
「平民のメイドが一人で考え、実行するにはあまりにも杜撰な計画ではありませんか?」
黒幕をクソ女と見抜き、遠回しに侮辱する。
「教養のない平民の考えなんだ。杜撰で当たり前だ」
「いいえ。むしろ逆です。貧しく教養がないからこそ、我々平民は考えるのです。一点の綻びもないように。このような幼稚で杜撰な計画はまともな教育を受けられなかった貧乏貴族が思い付きそうなものです」
「貴様っ!!ヘレンが貧乏貴族だと言っているのか!!!!」
「まさか。私がいつジーナ令嬢がそうだと言ったのですか?」
思ってはいるがな。常日頃から。
「殿下のほうこそ、ジーナ令嬢を貧乏貴族だと思っているのでは?でなければそんなすぐ、ジーナ令嬢の名前など出ないはずです。それに今の令嬢は、ローズ公爵の家で居候させてもらっているのですよ。貧乏だなんて思うわけないじゃないですか」
愛する二人の仲を引き裂くことに心は痛まない。
本物の愛で結ばれているのなら他人の言葉なんて気にならないもの。
真実の愛で結ばれているはずなのにクソ女は疑いの眼差しを向けた。さながら、愛する人に裏切られたかのように。
ハハ!バカだ!ここは二人だけの空間じゃない。俺を含めて第三者が四人もいるんだぞ。
そんな顔をしたら嫌でも気付く。二人は友達以上の関係であると。
記録用の魔道具を作動させなくても信用に足る三人の騎士の証言は無視出来ない。
今の段階で陛下に報告されると面倒なことになりそうだし、どうにか口止めをしなければ。
「持ち場に戻るぞ。お前達」
「しかし。スウェール団長」
「これ以上は時間の無駄だ。それにソールも、もういいのだろう?」
「ええ」
最初から罪を認めないことはわかっていた。
だから目的は自白ではない。
クソ王子との仲の暴露。侯爵が父親であること。アリアナ様を殺す計画。
全部じゃなくていい。どれか一つでも口を滑らせられれば良かった。
本当は魔道具も発動させたかったが、記録と証人がいれば良いだろ。
「待ちなさいよ平民!!私に言うことがあるはずよ!!」
「ありませんけど。そんなもの」
さっきまでクソ王子にしか関心がなかったくせに、目ざといな。
その男だけを一生視界に入れとけ。
「私にそんな口の利き方をして……!!またエドに罰を与えられるわよ!!」
「また、とは、どういう意味でしょう」
スウェール団長の怒りがまた上がりつつある。
クソ女に誤った情報を流したまま、訂正していない。
わざわざ確認を取るわけでもないからクソ王子もそのままにしていたのだろう。普通に生きていれば王宮騎士団とクソ女が出会う確率も低い。
まさかこんなとこで暴露されるとは思ってもみなかったようだ。
「ジーナ令嬢。ソールの左目の傷は、ディルク殿下と同じ剣術が出来なくて癇癪を起こしたエドガー殿下が負わせたもの。そこは間違えないで頂きたい」
「嘘!!エドは私に言ったわ。平民に罰を与えたんだって。ね?そうよねエド」
クソ王子は黙って欲しそうだな。
築き上げてきた人望が崩れつつある今、王宮内での支持は確実にしておきたい。そのためには余計なことを言われるのは困る。
バカには目だけで伝わるわけもなく。
「エドを嘘つき呼ばわりしたこと、後悔するといいわ」
なんでお前が得意げ。貧乏貴族の分際で王族気取りかよ。
「エドガー殿下。貴方には失望しました」
背を向けたまま告げられた言葉は、支持をしないという意思表示。
お優しい殿下のことだ。癇癪起こして手を上げることはない。自尊心を満たしてくれる女を手放すクズなら、愛がどうこう語らなかった。
部屋を出てスウェール団長と俺が前を歩く。この人達は身分を気にしないから平民の俺が発言しても気分は害さない。
……はずなのに。なぜ沈黙?なぜ誰も喋ろうとしない?
怖いんだけど。
「知っていたのか」
「はい?」
「あの二人のことだ」
「私はあれの片方と同じ屋敷にいますからね。嫌でも耳に入ってくるんですよ」
「アリアナ様を愛してるとか言ってませんでしたか?殿下は」
「陛下はアリアナ様に選ばれたほうを王太子に任命すると仰ってましたからね」
「あの二人。何度も逢瀬を重ねているらしいですよ。使用人がコソコソ話しているのを聞きました」
嘘だが。
逢瀬に関しては嘘ではない。
アリアナ様の人となりを気に入ったスウェール団長はアリアナ様を道具のように扱うクソ王子に苛立っていた。
身内以外にはあまり心を開かない人なのに。やはりアリアナ様は素晴らしいお方だ。
「ソール。新規の団員以外はエドガー殿下を支持する者は少ない。ただの八つ当たりでお前の左目を奪ったのだからな」
怒っているのは八つ当たりではなく、その後。俺に謝らなかったこと。
下級でも爵位さえあれば形だけの謝罪はあったのかもしれないが、平民という理由だけで見下す対象にしかなっていない。
クソ王子を支持しているのは褒美と称して甘い蜜を吸う快感を覚えた奴らだけ。それでも数十人にも満たない。
特に最近では王宮の外と中の態度が違いすぎ、完全に心が離れていくのも時間の問題。
「それで。我々にして欲しいことはないのか」
「え゛!?」
あまりにも唐突の質問に驚きの声が漏れた。
「なければいい」
「や、あの。して欲しいというか。聞きたいことがあって。ジーナ子爵とローズ侯爵が親友って本当ですか?」
質問がマズかったのかそれぞれ顔を見合わせるだけ。
「これはあくまでも噂だが。ジーナ子爵夫妻を殺したのはローズ侯爵ではないかと」
「侯爵が子爵を?なんでまた」
理由の検討はつくがな。殺す理由は“殺さなくてはならない”から。
「さぁな。理由がないから噂自体はすぐに消えた」
こちらとしてラッキーなのは短い期間でも噂になっていたこと。
殺した証拠が一つでもあれば、世論は連中を爪弾きにする。
子爵夫妻は馬車が崖から転落し死亡。その後、死体を発見した盗賊が金目の物を盗み、身元がバレないように死体ごと馬車を焼いた。
丸焦げの死体では身元判別が難しかったが、転落する前に子爵の馬車を見かけた目撃者が都合良くいたために、焼死体がジーナ子爵夫妻であることは判明。
盗賊はまだ捕まっていない。もう殺されているかもしれないが、クロニア様なら全ての証拠を見つけ出せる。あの人はすごい人だから。
「アリアナ様の護衛騎士を増やすか?第三からも二人ほど、出してやるぞ」
「気持ちだけ受け取っておく。人数が増えるとアリアナ様に気を遣わせてしまうから」
「それもそうだな」
「あの令嬢は追い出せないんですか?アリアナ様が可哀想です!!」
「引き取ったのは侯爵だからな。問題を起こしたところで、今日みたいに殿下が口出しして有耶無耶にする。そのせいで勘違いしてるんだ。自分は王妃だと」
「なれるわけがない。次の王はディルク殿下で、王妃はアリアナ様だ」
「でも、まだ正式には決まってないんですよね。ディルク殿下が王太子だって」
「次の秋だよ。決定するのは」
婚約者に選ばれたらすぐなると思ってたけど、そうじゃないのか。
俺はその辺の事情を深く知らない。
「王太子任命は十八歳になってからだ。最初から決めてしまっていたら、その座に胡座をかく者がいたからな」
心の声はしっかりと声に出ていてスウェール団長が説明してくれた。
その昔、王太子が立場を利用して婚約を破棄し、浮気相手を王妃にしようとしたことからアカデミーを卒業する歳の十八歳に任命しなければならなくなった。
──名のある令嬢ならともかく、まさかの平民上がりの子爵令嬢。そりゃ変な規則出来るわ。
いつの時代もそういうバカはいるもんだな。
十八歳になっても王太子になれないなら王座は諦めろ。そういうことか。
「ソール?どこに行くんだ」
「ディルク殿下のとこに。話したいことがあって」
「明日の朝ではダメなのか」
「朝にはローズ家に戻りますので」
今夜はベットの上で愛を確かめ合って、朝にはクソ女も屋敷に帰る。
そんな会話が聞こえてくるからマジで腹立つ。
さっきまでギスギスしてたくせに二人きりになった途端にイチャつくなんて意味わかんねぇ。
「スウェール団長。今回のことは他言無用でお願いします」
「殿下のことか」
「はい」
「はぁ……。いいだろう。だが、今回だけだぞ」
「ありがとうございます」
この口止めは長くは持たない。
クソ王子への不満が募れば恐らく陛下の耳に入る。
スウェール団長達と別れて、ディルク殿下の急いで元に向かう。
扉をノックすると警戒したような声で「誰だ」と聞いた。
名乗ると警戒はすぐ消えて開けてくれる。
それはそれでどうなんだ。ダメだろ。俺に刃が突き付けられているかもしれないんだぞ。
俺を信頼してくれているとしたら有難いが、せめて王宮内では自分の命を優先してくれ。
ディルク殿下の部屋はあまりにも狭く、まるで平民に与えられる部屋。母親であるソフィア様の部屋も同様。
今ならちゃんとした部屋に替えてもらえるだろうに。
「今日は大変だったでしょ。お疲れ様」
「知っていたのですか」
「アリーから連絡が来てね。エドガーに何か言われなかった?」
クソ女には必ずクソ王子が関わることを見抜いている。嘘をつく理由もないし取り調べを邪魔されたことを報告した。時間がないことも。
王になるためにアリアナ様を利用していることが陛下にバレたら、騎士団の一斉調査は免れない。そんなことになれば秘密は白日のもとに晒される。
アリアナ様の復讐の機会が奪われてしまう。
「そうか。もう時間が……」
「申し訳ございません。私のせいで」
「ソール団長の?団長は被害者だから何も気にすることはない」
「寛大なお心に感謝致します。ですが、悠長に構えている暇はなくなりました」
「アリーには僕から伝えておくよ。やること自体は決まっているわけだし。そうか。今、捕まえたところで証拠がないんだ」
こちらが持っているカードはローズ家の秘密とクソ王子とクソ女の関係のみ。
アリアナ様を殺す計画書みたいな物はまだない。
このままだとクソ王子だけ逃がすことになる。
あんだけアリアナを酷い目に合わせた張本人が無罪放免なんて認められるか。
「ソール団長。心配しなくても大丈夫。何とかする」
それは意地でも、俺を安心させる嘘でもなかった。ディルク殿下は本気でどうにかするつもりだ。
「ねぇ。ところでさ。どうして僕に伝えに来たの?」
「は……?えっと……ああ、時間がないということでしょうか」
「うん」
「アリアナ様の復讐……」
しまった。俺は何も知らない騎士団長。ディルク殿下の命により護衛に付いたにすぎない。
俺が復讐のことを知っていてはおかしいんだ。
軽率な行動のせいでディルク殿下に疑われている。俺は貴方達の味方で……。どうやって伝えたら信じてもらえるだろうか。
頭が回らない。家族に捨てられたときよりも、今のほうが断然辛い。
「ごめん、ソール団長。疑ってるわけじゃないんだよ」
俯いて絶望していると、ディルク殿下の声は焦っていた。顔を上げると頬を掻きながら苦笑いをしている。
「意地の悪い言い方だったよね。ごめん。全部、知ってる……って思っていいの?」
「はい。アリアナ様よりお聞きしました」
嘘をつかなくてはならない。
シャロン様のことも暗部のことも、俺の独断で話していいはずもなく。
嘘をついて、しかもアリアナ様を利用しなければならない自分を殺したくなる。
「私はお二人の幸せな未来のためなら、いくらでも汚れ役を引き受けます」
「僕はね。アリーを殺した奴らを一人残らず許すつもりはないんだ」
雲の切れ間から差し込む月明かりに照らされたディルク殿下はあまりにも不敵で、美しく恐ろしいものがある。
無礼ではあるが、恐怖のあまり足が下がってしまう。
「何を言いたいかって言うとね。エドガーを殺すのはこの僕だ。誰にも譲らない」
その宣言は俺からしてみれば命令だった。
手を出すなと。
すぐさまひれ伏した。
役目を横取りするつもりなんてなかった。俺の発言は、そう捉えられてもおかしくなかったんだ。
──失言すぎるだろ俺。
ディルク殿下は俺を責めることはない。
余計なことを言う前に自分から退室をする。
部屋を出る前にディルク殿下は
「ありがとう。教えに来てくれて」
そう言った。穏やかな声で。
人に感謝される喜びを知らなければ、こんなにも胸が温かくなることはなかっただろう。
全てを懸けてでも尽くしたいなんて、思わなかった。