裁くべき罪人達
「カル!?どうして…?」
今日来るなんて言ってったけ?もしかしてディーも一緒!?
約束はしてなかったはず。
「またね」と分かれてそれっきり。
ついさっきの記憶なのに自信がなくなる。
「ロイと話がありまして。実はロイと私は幼馴染みなんです」
そうだったんだ。知らなかった。
歳は少し離れているけどコゼット卿はカルにとって兄のような存在。
前世ではこうして尋ねて来る日はなかった。
私がディーを選んだことにより確実に未来が変わり始めている。
「もうお帰りになるんですか」
「はい。その前にアリアナ様にご挨拶をと思いまして、こうして捜していた次第です」
律儀な人だ。そこまで気を遣うことはないのに。
私とハンネスを交互に見ては「お邪魔でしたか?」と聞いた。話はちょうど終わったところ。首を横に振ると安心したように胸を撫で下ろした。
心配しなくてもローズ家にカルを裁く権利はない。
無断で入り込んだわけでないのなら尚更。
「ハンネスお兄様。アリー。こんなとこにいたの」
私の親友を望むヘレンは私を先に呼ばない。
しかもカストとハンネスを“お兄様”と呼ぶ。正式的に家族になったわけでもないのに、家族の一員として我が家に住み着く。
お客様であるカルに挨拶もなくいきなり雑談に入るヘレンには恐れ入る。
当たり前のことが出来ないと自分の価値を下げることになる。なぜそれに気付けないのか。
私が教えたことは右から左へと聞き流していたようね。
「ね、どうかな?」
次の休みに家族でお出掛け、ね…。
そこにたまたま偶然エドガーが居合わせる計画がバレバレ。ハンネスも迷うことなく賛同。
ヘレンの思いつきに賛成するのはいいとして、私を巻き込まないで欲しい。私を家族と思っていない人達と出掛けるなんて………。
行きたくないけど理由もなしに断れない。
「そうだ。忘れるところでした。アリアナ様。今度の休みは何かご予定はありますか?」
横目に私を見ていたカルは忘れていたことを思い出したように、ふと聞いた。
「特には」
「殿下がアリアナ様と二人で出掛けたいと仰っていました。伝え忘れたらどやされるところでした。いやー、思い出せて良かった」
「ディーは怒るとそんなに怖いんですか?」
「それはもう。はい」
これは私のための嘘。
私が困っているのを察して瞬時に助け舟を出してくれた。ディーからの誘いとなると優先すべきは決まっている。
「門までお送りします」
「ありがとうございます。アリアナ様はお優しいですね」
「そんなことありません」
後ろから戸惑ったように私を呼び止めようとする声も、力ずくで止めようと伸ばされた手も無視した。
カルがコゼット卿と知り合いで良かった。
呼び出して本人に聞けばカストの耳に入るかもしれない。それは避けなくては。
些細なミスさえ命取りになりかねない状況で、敵かもしれない人間に情報の一つも与えるわけにはいかない。
屋敷の中は誰が聞き耳を立てているかもわからないから。
馬車に乗り込む前に、周りに誰もいないかを確認した。
「もしも…。もしもコゼット卿が無実である人間を死刑にまで追い込んだとしたら、カルはその正義を認めますか」
「……は?」
にこやかな雰囲気が一変。空気がピリつきカルの殺気で大地が揺れたように錯覚する。
「ロイはいつだって正義感に溢れています。如何なる理由があろうとも冤罪は見過ごしません。犯罪に加担するぐらいなら死を覚悟で密告するでしょう」
ここまで信用されているならコゼット卿は白。
カストとコゼット卿の実力は実際のところあまり差はない。人望の厚さも同じぐらい。
それをローズ家の長兄ということだけで団長に任命された。
時に厳しく、家門を守るためなら命も惜しくない立派な忠誠。そんなカストを団員達は心の底から尊敬していた。
私だってその一人。
家門とはつまり、仕えてくれている使用人達も含まれる。赤の他人のために命を懸けられるカストは目標でもあった。
私は騎士じゃないし力もない。だから私は、私のやり方で彼らを守る力を手に入れようと必死だった。
憧れだったカストの本性を見てしまうと、尊敬は軽蔑へと変わる。
私が憧れるべきはコゼット卿だったのだ。
コゼット卿は実力をつけるまでに随分と苦労していた。ローズ家の騎士団は生半可な覚悟では務まらない。誰も見ていないところでたった一人で努力するコゼット卿の姿は鮮明に覚えてる。
褒められるためではなく認められるためだけに、朝早くから夜遅くまで。そんなコゼット卿の姿に私は勇気を貰ったこともあった。
「知らなかったこととはいえ無礼な発言でした。申し訳ありません」
深く頭を下げた。
例え話でも慕っている人を悪く言われて気分が良いわけがない。
聞き方だってもっと他の言い回しもあったはず。配慮が足りなかった。
私の失態をカルは許してくれるどころか逆に謝った。
「こちらこそ無礼をお許し下さい。ですがロイのことは誓って真実です」
「ええ。わかってる。彼はとても真面目だから」
もしもコゼット卿がカストの手先だとしたら、それは私の見る目がなかったということ。
それでも信じると決めたんだ。カルが信頼するロイ・コゼット卿を。
これで復讐の相手がハッキリした。
来るべき日のために少しずつ準備をしていこう。




