進まない、早く終わらせたい聴取【ラジット】
罪人二人は別々に取り調べを行う。
そんな当たり前のことを知らなかったクソ女は相変わらず喚き散らす。
「どうして私がこんな……!!出て行きなさいよ平民!!いやらしい目で私を見ないで!!穢らわしい!!!!」
──ああ、うるさい。
望み通り力ずくで黙らせてやってもいいが、取り調べの最中に暴力はダメだ。
一切の協力をしようとしないクソ女には俺だけじゃなく、記録するレイニー副団長も呆れ果てている。
俺が口を開こうとすれば「汚い」だの「病気を移される」だの、見下し病として原菌扱い。
温厚なレイニー副団長のペンを持つ手が震えている。殺意を感じるのは気のせいではない。
騎士はいかなるときも剣を手放すことはなく、そのまま斬り殺してしまう勢い。
ペンを剣に持ち変えれば簡単に殺せる。
仏のレイニーにこんな顔をさせるなんて、ある意味すげぇわ。
誰にでも分け隔てなく、笑顔を絶やしたことがない。罪人にも温厚で付いたアダ名が「仏のレイニー」
小さく深呼吸をするのが、もう怖い。本気でキレる寸前じゃねぇか。
「わかったわ!貴方達!私をここに閉じ込めて、良からぬことを企んでるんでしょ!!?」
「チッ」
おっと。舌打ち。
レイニー副団長もやっぱり人なんだな。クソ女相手に仏で居続けたらマジで仏だよ。
人間らしさを垣間見て安心した自分がいる。
ダン!とペンを机に置く音は強く、クソ女の体は跳ね上がった。
「意味もなく怖がらせるなんて最低!!なんて人なの!!?」
この態度、明らかにレイニー副団長を俺と同じように見下しているが、ご実家は伯爵家だからな?
身分だけでも、どちらが上かわかる。
あとレイニー副団長は結婚していて奥様似の可愛らしい娘が二人いる。
今の発言は名誉毀損で訴えられるレベル。
「貴女は聴取に協力する気がないと捉えていいのですね?」
「協力も何も私は悪いことなんてしてないわ!!」
「ソール団長。罪人を牢に。これ以上は付き合えません」
「ちょ、ちょっと!ふざけないで!!」
「ふざけてなどいません。今日は興奮してらっしゃるので、また日を改めるだけです」
「さっきから罪人罪人って失礼でしょ!」
「は?ソール団長を陥れる明確な悪意を持った貴女は立派な罪人ですよ」
口を挟む隙はなく傍観者のようにバトルを楽しむ。断然、レイニー副団長が有利。正しいからな、言ってること。
「何をボケっとしてるのよ平民!さっさと私を助けなさい!!」
………………は?
待て待て。どんな思考回路をすればそんな斜め上の発想になるんだ。
思考が異次元すぎてついていけない。
普通に恐怖の対象なんだが。
愛され天使キャラはどこいったのか。醜い本性しか表れていない。
正直な感想を述べるなら、この女のどこが可愛いに分類されるのかが謎。
俺の場合、内面重視だから性格が最悪だと印象が良くなることはない。
その理屈でいくならアリアナ様は可愛くて、シャロン様はカッコ良いだ。
「何を黙っているのよ平民!貴族であるこの私を助ける名誉を与えてあげてるのよ!!?」
「そんな名誉はいりません」
断れば信じられないというように絶句した。
どこまでも自己中心的。どんな甘やかされ方をしたら、こんな化け物が生まれるんだ。
小侯爵にしろ弟にしろ、化け物揃いの兄弟。化け物を育てる英才教育でもしてんのかよ。
アリアナ様だけが全うに育ってることが不思議なんだが。
パトリシア様の、ブランシュ辺境伯の血を色濃く継いだからか?それなら納得。
「平民のくせに口答えするつもり?貴族の、この私を助けることがどれだけ名誉なことだと思ってるの」
「罪人を助けて処罰を受けたくありませんので」
「貴方は!!私のことが好きなのでしょう!?」
「はぁ!?バカに好意を抱くのはバカだけですが」
「ん゛ん゛っ!ソール団長」
クソ女が鬱陶しすぎてつい本音が漏れた。レイニー副団長も感情的になりすぎたことを反省した様子。
聴取には協力しない。牢にも入らない。
ここで何日も共に過ごせと?
傍観者として見ている分には面白いが、巻き込まれて関係者になるなんて最悪。そんな地獄、真っ平御免だ。
「まだ終わっていないのか」
「スウェール団長!申し訳ありません」
クソ女の発言は一言一句正確に記されている。
記録を読んだスウェール団長は状況を理解した。
本来なら記録用の魔道具を用いるが、クソ女がサインをしなかったためポツンと置かれたまま。おかげで急遽、書記官が必要となった。
記録は副団長以上と決められている。
「私にこんな扱いをして!エドが黙ってないわよ!!ふん、貴方達三人共、クビ決定ね」
「王宮騎士団の雇用は国王陛下と王妃殿下のみに決定権があります。王太子でもないエドガー殿下に、我々をクビにする権限など持ち合わせていませんが?」
眉一つ動かさず淡々と事実だけを述べるスウェール団長はまさに冷酷。鉄の心ではなく氷の心と表現を改めたほうがいい。
「何も知らないのね。王宮騎士なのに。次の王様はエドなのよ」
腕を組み勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
これは……。
「ジーナ令嬢。こちらにサインを」
「何よこれ」
魔道具を使うための書面。この部屋にある紙はこれか、記録用のノートのみ。
同じ説明をするのが嫌で、自分で読むように促す。
文字が読めないなら代読はしてやるさ。
「記録用の魔道具?」
この調子ならクソ王子との関係も簡単に口を滑らせてくれそうだ。
魔道具発動中についうっかり、愛しの恋人の名前を出して、ついでに肉体関係も証言してくれると有難い。
この場での発言は外部に漏れないよう二人には口止めをする。アリアナ様の復讐に役立つ証拠はお渡ししなくては。
読むの遅いな。こんなの二〜三分あれば充分だろ。
まさか読めるけど理解してないのか?
テストで最下位取るぐらいのバカだから仕方ないとはいえ。
難しいことはない。不正が行われないよう記録するだけ。書いてある通りだ。何をそんな真剣に読み返す必要がある。
口を閉ざしていても、人をイラつかせることに変わりはないのか。
「わかったわ!つまり貴方達は、この魔道具を使って私を辱めたいわけね。最低ね!」
意味がわからない。
冷酷と謳われたスウェール団長の目が点になり間抜け面になっている。
クソ女ってもしかして天才じゃないのか。人をイラつかせる。
混乱する俺達をよそにクソ女は続けた。
「私を辱めた後も、その映像を使って脅すつもりなんでしょ!!?」
殴って黙らせたい。いっそ、歯を全部抜くか?
うん。そうしよう。
死ななきゃいいだろ。アリアナ様とシャロン様も許してくれるはず。
「なぜ我々が貴女を襲わなければならないのですか?」
感情のこもっていない機械的な声。背筋が凍った。
バカに拍車のかかったクソ女はスウェール団長の不機嫌さに気付きもしないで偉そうにふんぞり返る。
まだ自分の立場を理解していない。
「そんなの私が可愛すぎるからよ。アカデミーでも人気がありすぎて困るぐらいだわ」
それはお前が魅了香なんて卑怯な物を使ってるからだろうが。あれがなければ、ほとんどの人気はアリアナ様が独り占めしている。
高嶺の花すぎるアリアナ様の人気は絶大。
才色兼備。
容姿や家柄だけでなくアリアナ様本人にも魅力がある。
顔と体でしか勝負出来ないクソ女がアリアナ様と勝負になるわけもない。
自惚れてんじゃねぇよ。
「あぁ。聞いていますよ。婚約者のいる男子生徒を何人も寝取ったのでしたね」
──スウェール団長!?
何を言い出すんだこの人は。怒りを通り越してキレてんの!?
冷酷は、冷静沈着のことを指すと思っていたが、どうやら違うらしい。
そのままの意味で、思いやりがなく無慈悲。まさにスウェール団長のことだ。
レイニー副団長と目が合う。団長同士、俺がどうにかしてくれと言っていた。
──いや……無理。
どうにかしたい気持ちはあるが、俺には何も出来ない。
指示待ち人間の俺には期待しないでくれ。
団長なんて柄じゃないことをやっているのは、ディルク殿下の謝罪を受け入れたかったから。
ただ、それだけなんだ。
「はぁぁ!!?言葉に気を付けなさい!!向こうが勝手に寄ってきて、私を好きになっただけよ!!大体、婚約者に魅力がないのがいけないのよ!!」
スウェール団長がこんなに攻撃的なのはクソ女のせいで妹が婚約破棄したから。
私情を挟む人ではないのに、あまりにムカついたのだろう。感情を制御しきれていない。
噂では妹をとても大切にしているらしく、妹が愛した男だからこそスウェール団長も優しく接していた。素人目では、その優しさはわからないかもしれないが。
婚約破棄の原因はクソ女だが、男のほうにも問題はある。
あろうことか婚約者の前で他の女を「可愛い」「恋人にしたい」などとバカな発言を繰り返すだけでなく、香水(魅了香)まで受け取って。
本気で愛していたからこそ、妹のショックはより大きく、幸せな未来は思い描けなかったようだ。
冷静になろうとはしているが、改まることのないクソ女の態度に苛立ちは募る一方。
「レイニー。フローラを呼んできてくれ」
「わかりました」
レイニー副団長を外に出したのはスウェール団長なりの配慮。というかワガママ。
仏のレイニーがキレる姿は見たくなかったのだろう。俺も見たくない。
フローラは第三騎士団の女性騎士。話をしたことはないが遠目から見たことはある。
休憩時間、菓子を落としてしまい絶望し膝を付く様を。フローラは大の甘い物好きで、休みの日は決まって甘い物を食べ歩き……いや、巡るらしい。
騎士がもう一人増えると知ったクソ女の次なる行動は泣き落とし。
「グス……どうして意地悪ばかりするんですか?」
ため息をつくこともせず激しい頭痛に襲われているかのように眉間に皺が寄る。
薬も一緒に頼んでおけば良かったな。そのうち頭の血管切れるんじゃないか。
「騎士の持つ剣には、勇気や忠誠、誠実さ以外に意味があるんですよ!女性や子供に暴力を振るうなんて言語道断。私達のように、力なき者を守るための存在が、私を辱めようとするなんて間違っています!」
──それはアリアナ様の言葉だろうが。取ってんじゃねぇよ。どうせ意味もわからず口にしてんだら。
涙の訴えも虚しくスウェール団長の心には響かない。
散々好き放題言ったその口で、騎士の誇りを語られても重みがないからだ。
誰かの言葉を真似したことが丸わかり。その誰かは、アリアナ様であると瞬時に見抜いた。
あの場には俺もいたのに、我が物顔でよく真似したな。
平民の存在を疎ましく思っているのだから、都合良く記憶を改ざんして俺がいなかったことにされてもおかしくはない。
二人分の足音が近付いてくる。向かいながらなぜ呼び出されたのか説明していた。
フローラはアリアナ様の大ファンらしく、王妃になる日を首を長くして待っているとか。欲を出せば王妃教育を早めて欲しい。一日でも早く会いたいと興奮していた。
なるほど。それいいな。
いつかはやらなくてはいけないことなら、予定を前倒ししても問題はない。むしろ、早くから受けるべきだ。
王妃教育が終わらなければ結婚出来ないのだから。
ディルク殿下を唆し……進言してみよう。
二人が到着し、中に入る。
連れて来られたのが女性だとわかった途端、手で顔を覆いながら大袈裟に泣き出す。
「あんまりです!私はそんなつもりがないと言ったのに、暴力で脅してくるなんて……!!」
同性なら味方に付けやすいと思ったんだろうが残念だったな。初めて会った赤の他人、ましてや女神の如く崇めているアリアナ様の敵となれば信頼関係を築こうともしない。
「団長がそんなことするわけないじゃないですか。発言には充分気を付けたほうがいいですよ?」
目が据わっている。マジギレ。
触らぬ神に何とやら。
巻き込まれないようにそっと距離を取ると、スウェール団長とレイニー副団長も俺の隣で見守ることにしたようだ。
その後、ようやく味方がいないことを理解したクソ女はメイドの独断だとシラを切ることにしたらしい。
メイドは俺に好意を持っていて、どうにか関わりを持ちたいがためにあんな行動を取ったとか。もちろん、クソ女は止めたが恋をして迷走しているメイドは聞く耳を持たなかった。
悪いのは全てメイド。自分には一切の非はない。
──情緒不安定かな。このクソ女は。
仮に真実だとしても、そんなサイコパス、こっちから願い下げだ。
幼稚の嘘に乗っかってやれば地獄から解放はされる。
さて、どうしたものかね。
「そのメイドは、貴女の命令で事を起こしたと言っていますが」
スウェール団長はとことん真実を追求することを決めた。何日……何十年かかろうとも。
俺なんかのために、そこまでしてくれるのは気が引けるな。
かといって、メイドの単独犯でいいと言える雰囲気でもない。
どうしようかと悩んでいると、空気をぶっ壊してくれるもう一人のバカの足音が、こちらに向かってくるのが聞こえた。