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杜撰な計画

屋敷に帰り着く頃には陽が落ちていた。


門の前にはあの子達が接触してこれないようにウォン卿が待機してくれている。


カルから私が王宮に寄り道していることを聞いていたウォン卿は、あの男と出くわさなかった心配してくれていた。


王宮は王族のテリトリー。好き放題するにはうってつけ。


ラジットの目がそれを証明している。


陛下と話したことは伏せておいたほうがいいかしら。これ以上、心配をかけたくない。


確かウォン卿は三十代だったはずなのに、実年齢よりも老けて見えるのは気苦労が絶えないからだろう。


まだ独身らしいけど、恋人とかいないのかしら。


「ディーと話をしてただけよ。第二王子には会わなかったから安心して」


これは本当のこと。


人脈を作りたいのか、あの子とベッドの上で楽しみたいのか、私がいた時間にあの男は帰ってこなかった。王宮を訪ねるとあらかじめわかっていたら、予定を切り上げて帰ってきたに違いない。


私としては会わずに嫌な気分にならなかったから良かった。


「アリアナ!!あの平民を今すぐ捕まえるよう命令して!!」


私の気分を害する人はここにもいたんだった。


──ここにいるってことはあの男は一人でいたのかしら?


第二王子をチヤホヤしてくれる人は大勢いる。意味を持たないお飾りの言葉をかけられるだけで鼻を伸ばして良い気になる扱いやすい男。


不機嫌であの子に当たってしまう可能性があるなら、密会はやめておこうというあの男なりの配慮。


あの子のためなら、そこまで気を配れるのね。


ま、心の底から本気で愛しているんだもん。優しいのは当然。


「アリアナ!!聞いてるの!!?」


あの子は本当に病気なの?騒ぎを起こさないと死ぬ病気。


こんな奇病、治せる医者がいるとは思えないけど、一度看てもらったほうがいい。

どんな医者も頭を抱えて匙を投げるだろうけども。


治療法はなくても緩和させる方法があるかもしれない。


無視したいけど、そういうわけにもいかないのよね。


状況を知っていそうなのはやはりラジット。

わざわざ指名されていたし。


あの子の言葉に信用性などなく、ラジットに聞いてみるも本人もあまりよくわかっていない。


突然、メイドの一人が自分で服を破き、ラジットに襲われたと叫んだ。


他の使用人を一部始終を見ていたと主張。


ラジットを追い出したい苦肉の策。


相手にするのもバカらしいけど、ラジットの名誉は守りたい。


「では貴方達は、メイドが襲われているのを黙って見ていたのね?助けも呼ばず、ただ見てた」

「そ、それは……」

「それともメイドのことが嫌いだから、いい気味だと思ってたのかしら?」

「違います!王宮の騎士団長の暴行に驚いて動けなかっただけです!!」

「うう、怖かったです。そこの平民騎士がいきなり……」


自分も平民であることを忘れてラジットを見下すなんて。


貴族の屋敷で働いているから自分も貴族になったのだと勘違いしている。


ただのメイドである平民と、王宮騎士団長を務める平民。どちらが立場が上かわかりそうなものだけど。


他の騎士に睨まれていることにも気付かず、具体的な被害を訴える。


廊下を歩いていたらいきなり、背後から口を塞がれ押し倒され服を破かれた。


叫ぼうとしたら剣をチラつかせて、声を上げることも出来なかった。


と、そんなバカみたいな証言を長兄が鵜呑みにしているものだからウォン卿は驚きのあまり固まってしまう。


他人任せの稚拙な策略に頭を抱えたくなる。


確実にラジットを追い出せると自信満々なあの顔。


本当に襲われそうになっていたのなら、不謹慎すぎる。


「ねぇ貴女。ソール団長に襲われそうになったのよね?」

「はい!!」


元気な良い声。とても怯えているとは思えない。ひと仕事終えたって感じ。


嘘をつくなら最後まで突き通してくれないと。


自分がいかにバカなことを言っているか自覚もしていない。


茶番には付き合いたくないけど、あの子達に舐められるのは気分が悪い。


「いつ人が通るかもわからない、こんな廊下で襲われたの?」


メイドの表情は固まり、徐々に目が泳ぎ出す。

助けを求める視線の先にいるのはあの子。


──長兄じゃなかったんだ。考えたの。


仮にも団長を務める長兄がこんな杜撰な計画を立ててなくて良かったと安堵した。


いくら考えなしだと言っても、高い授業料を払って家庭教師を雇い、アカデミーを首席で卒業した。


そんな頭の良い長兄が、こんなお粗末な計画を立てるわけがないか。しかも品もない。


あの子が関わるとポンコツになるからつい疑ってしまった。疑ったことを悪いとは思わないけど。


「お、思い出しました!そこの部屋に連れ込まれて!!」


難局を乗りきったように晴れやか。


こんなにも態度で自白する人も珍しい。


「そう」

「本当です!!」

「アリアナ!彼女は襲われて気が動転してたのよ。間違えても無理ないわ」

「ヘレンお嬢様」


目を潤ませ感動するのは後にして欲しい。私は早く茶番を終わらせたいのよ。


「本当にその部屋で間違いない?」

「はい!」

「ウォン卿。そこの部屋を開けて下さい」


小さく頷き扉を開けようとした。が、開かない。


この部屋の扉は侯爵が幼いときに壊して、直していない。直そうとはしていたらしいけど、小さな思い出の一つとして、前侯爵がそのままにしておいた。


かなり力を込めなければ入れない部屋に連れ込もうとする人はいない。


扉の立て付けが悪いことは、屋敷で働いている使用人なら知っていて当然。


自分の仕事もせずに、お喋りやあの子のお世話に忙しかったメイドがこの部屋の掃除をするとは思えないけど。


一度でも掃除をしようと足を運んでいたら、もっとマシな言い訳をしたのかしら。


いえ、それはないわね。どうせ忘れるに決まっている。


入れないなら掃除しなくていいと仕事が減って喜ぶだけ。


「それで?この部屋の中で襲われたのよね?」

「アリアナ!!どうして彼女の言葉を信じてあげないの!?同じ女性でしょ!!」

「嘘つきの言葉を信じろと?」

「気が動転してたって言ってたじゃない!記憶が混乱してるのよ!」

「いい加減にしなさい。ヘレン。貴女、自分の言葉に責任を持てるの?そのメイドに加担するってことは、ソール団長だけじゃない。剣を扱う全ての騎士を侮辱するのと等しいのよ」

「今はそこの平民の話をしてるのよ。他の騎士なんて関係ないじゃない」

「あるわ。騎士の持つ剣は、勇気や忠誠、誠実さ以外にも意味があるの。女性や子供に暴力を振るうなんて言語道断。私達のように、力なき者を守るための剣。それを!自らの欲のために脅す道具として扱うなんてありえない。冒涜したのよ。貴女達二人は。我がローズ家の騎士団長でもある小侯爵も一緒にね」


そこまでは頭が回らなかったようで、そんなつもりはなかったと長兄に謝罪を始めた。


貴族としてロクな教育を受けてこなかったあの子と平民のメイド。


謝罪すべき相手が違うことに気付きもしない。寛大アピールをしたい長兄も二人を許した。


──貴方の許しなんて今この場において、必要ないんだけど?


ラジットは名誉を傷つけられたことにあまり関心がなく、虚偽の発言で王宮騎士団長を陥れようとした罪で裁くことを考えている。


「ソール団長。この手の罪人はどこに連れて行かれるのですか?」

「盗みとは罪状は違いますが、平民の罪人を連れて行く場所は同じです」

「ですが今回は、ソール団長を陥れる明確な悪意がありますので、取り調べではなく拷問になるはずです」


ウォン卿が補足説明をしてくれた。声には怒りがこもっている。


メイドが誰の命令でこんなことをしたのかわかった上で、ウォン卿はメイドだけを罰するつもりだ。


我が身可愛さに黒幕を売るなら、それなりに便宜図ってもらえるかもしれないけど期待はしないほうがいい。


ここまで明確な怒りを向けられると、冗談でした、で済まないことを悟る。


必死に助けを求めると、さっきまであんなに味方だったあの子は急に手の平を返した。


「嘘……ほんとに、平民騎士を陥れようとしたの?」

「貴様のような恥知らずが名誉あるローズ家の使用人とはな」


つい数秒前の自分達の愚行をもう忘れている。


貴女だってラジットを陥れようとしてたじゃない。


直属の部下でもあるルア卿の瞳に光はなく、いつでも剣を抜ける体勢。


ルア卿が斬りたいのはメイドではなく、あの子。


尊敬し憧れる人を侮辱されて冷静でいられるのは難しい。


体と精神を鍛えた騎士でなければ今頃ここは、血溜まりになっていた。


「ヘレンお嬢様が仰ったのではありませんか!!そこの平民騎士を追い出せば私を専属侍女にしてくれると!!私はヘレンお嬢様に唆されただけです!!」


信頼していた主人が裏切るのであれば忠義を尽くす必要はなくなる。


手懐けたはずの使用人の告発にヘレンの顔色は悪い。


いや、待って。あの子のあの様子。絶対に噛み付いてこないと高を括れる自信。


そういうこと。使用人にも魅了香を使っていたのね。


道理で態度が変わらないわけだわ。彼女達にとっての主人は私でもなければ侯爵でもない。あの子ただ一人。


使う量が適量に満たなかったため、完全に支配されてはいなかった。


あの子への忠誠心はありつつも、一欠片の自我は残っている。自らの命が危ぶまれたからこそ自我を取り戻した。


これは嬉しい誤算。名前が挙がった以上、あの子も連行しなければならない。


ルア卿は私怨を挟むことなく騎士として、あの子の腕を掴む。指先に力が入っているのは、逃げられないようにするため。決して私怨ではない。


「い、痛い!離しなさいよ!!無礼でしょ!!」


無礼なのはその態度。ルア卿はガーネッシュ伯爵家の次女。身分だけで見てもどちらが上か明らか。


テオのことも知らなかったあの子が、他の貴族令嬢や子息の情報を知っているとは思えない。


第四騎士団副団長という立場だけで、平民と決めつけていたのかも。


物事を表面でしか見ようとしないから、いつだって恥をかく。


少しは学習したらいいものを。


「待て!ヘレンは無関係だ!!平民の嘘に惑わされるなど、恥ずべき失態ではないのか!?」

「カストお兄様……」


これが……こんなのが次期侯爵家当主。


私はこんなののどこに憧れを抱いていたのか。


愛情は人間の目を曇らせる。


醜く愚かな姿にフィルターをかけて、カッコ良く映してしまう。


「お言葉ですが小侯爵様。貴方も同じ騎士ならわかるはずです。事件に関係しているしていないに関わらず、名前が挙がれば取り調べは受けなくてはならないと」

「たかが平民の言葉だぞ!!」

「彼女の必死さは無視出来ません」

「お、お嬢様……」


庇ったわけではないのに目を潤ませる。


何かを期待させているようだけど、一度でもあの子の味方となったメイドに手を差し伸べるほど優しくはない。


二人を連れて行くようお願いすれば、メイドのほうがショックを受ける。


──やっぱり。助けてもらえると思ったのね。


勝手に希望を見出しておいて、勝手に絶望した。


完全に私しか捉えていない瞳は一縷(いちる)の望みに賭けている。


なぜメイドは私に助けてもらえると信じているのか。


これまで散々、私を見下していたのに。


喚いて暴れるあの子と泣き叫ぶメイド。二人を連行するのには骨が折れると判断し、ラジットはすぐさま応援を呼ぶ。


あまりの騒々しさに駆け付けてきた侯爵に、大分話を盛って事情を説明する小侯爵には呆れる。


ラジットはあの子に片想いをしていて、振り向いてもらえない腹いせにメイドを襲った。


ラジットが嫌悪を示しているのは幼稚な嘘にではなく、あの子を好きという一点のみ。


よく我慢してくれているわ。私が同じ立場だったら剣を抜いて、二度と口が開けないようにしている。


「小侯爵様。私がいつ、そのような方を好きと申し上げたのか、教えて頂けませんか」


声でわかるようにラジットは怒っている。


これまでは一歩引いて最低限の礼儀は弁えて…………いたのに、隠すことのない敵意。


元より庇うつもりはないけど、勢いに任せて首を斬ってしまわないかが心配。


正当な理由があるためラジットだけが非難されることはない。


平気で嘘をつく侯爵家の証言よりも、常に誠実と誇りを背負って生きている王宮騎士団のほうが信頼されるに決まっている。


「平民の分際で貴族に想いを寄せるなど図々しい!!」

「部外者は黙っていろ」


もはや敬語ですらない。


凄まれた侯爵は得体の知れない圧に言葉を失う。


蛇に睨まれた蛙。実に小物感溢れる様。


「小侯爵様。お答え下さい。私がいつそんなことを言ったのか」


平民は貴族に口答えしてはならない。


それは暗黙のルールではあるけど、絶対ではなかった。


普段なら許される行動ではないけど、時と場合によっては致し方ない。


まさに今がその現状。


自らの名誉を守るために抗議するのは当然。自分で自分を諦めたら何も残らない。尊厳は失われる。


理不尽に立ち向かう勇気は、明日に進む一歩となるのだ。


口からでまかせを言っただけの小侯爵は考える。


今、証拠は必要ない。そんな物は後で捏造すればいいだけ。


ラジットを黙らせる理由。多少、強引でも自分のほうが正しいのだと納得させればこの場は収まる。


一瞬、焦りはしたもののすぐに冷静を取り戻し


「ヘレンのことをいつも見ていただろう」

「そうなのお兄様!その平民!!いつも私をいやらしい目で見て。いつか襲われるんじゃないかって怖くて……」


すごい。二人が喋れば喋るほど、他の騎士からの信用は地に落ちる。もうない信用は、今後何があっても二人を信じないと決定付けた。


小刻みに体を震わせ小侯爵に抱きつくあの子はまるで、物語のヒロイン。


か弱くて、守ってあげたくなる存在。


あんな風に素直に怖いと表したほうが可愛げがあるのだろう。


貴方達は私にそれを許してはくれなかった。どんなときも感情を隠し、貴族として恥ずかしくない行動を心掛けるように強要するだけ。


自分達は感情を表に出していたというのに。


「ハッ……ご冗談を」


ラジットの目に生気はない。


話の通じない二人を人間と認識するのをやめた。最早、生き物とさえ思っていない。


人の形をした肉の塊。たまたま同じ言語を喋るだけの。


ラジットが一歩近づけば、あの子の肩を力強く抱いたまま一歩下がる。


溢れ出す圧はかつてないほどの緊張感に空気を揺らす。


「アリアナ様に害をもたらす危険人物を警戒するのは騎士として当然のことです。何が悲しくて貴女のような教養のない人に想いを寄せなくてはならないのですか」


言った。遠回しではあるけど、ハッキリと“バカ”と。


恐怖に震えていた体は次第に怒りに変わり、顔を真っ赤にしながら言い返す。


「わ、私が危険人物ですって!?平民のくせに失礼よ!身の程も弁えないで!!謝りなさい!!」


と、そこに王宮から応援の騎士が数人駆け付けてきた。


王宮騎士団は一目でどの団に所属しているかわかるようにマントの色が違う。


王族への絶対的忠誠を誓う第一騎士団は金色。警備を専門とする守りの要、第二騎士団はどんな敵でも柔軟に対応する意味がこめられる水を表す青。

戦闘要員を主とする第三騎士団は悪に屈することなく正義の心を燃やし戦い続ける赤色。

第四騎士団はディーの髪と同じ銀色。それが意味するのはディーを支持する意思表示か、あの男への当てつけか。


そして、到着した騎士のマントの色は赤。


第三騎士団が応援に来ることは滅多にない。しかも団長が直々に。


自分で適当に切ったであろう髪は不揃いで、でも、それが逆に似合っている。


戦うことがメインでもある団の団長にしては、屈強な大男というわけではなく、背が高く無駄な肉が一切付いていない感じ。


細身ではあるけど目が合えば相当な実力者であることがわかる。


「罪人はどこだ?」


罪人。


その言葉により空気が重たくなる。


スっと目を逸らしたあの子とメイドがそうであると確信したスウェール団長は、クイッと顎で指示を出した。


男性騎士二人がかりで両腕を掴まれてしまえば抵抗出来るはずもなく。


お得意の嘘泣きで乗り切ろうとするも、鉄の心を持つ第三騎士団には通用しない。


誤魔化してその場をやり過ごそうとする曲がった根性が大嫌いなスウェール団長は僅かに顔をしかめる。


「いくら王宮勤めの騎士と言えど、横暴が過ぎるのでは?」

「侯爵。庇い立てするのなら貴方も共犯として連行することになりますが」


侯爵の言葉に耳を貸すことなく淡々と事実を述べる。


あの子は助けたい。でも、連れて行かれるのは嫌。


侯爵は簡単に口を閉ざした。


あんなに溺愛しているあの子を簡単に見捨てるなんて。侯爵にとって大切で可愛いのは自分だけ。


当てにならない侯爵を軽く睨んで自分でどうにかしようと、今度は小侯爵が立ちはだかる。


「貴方はもっと賢い方だと聞いていましたが」

「平民の苦し紛れの嘘ですよ。それをなぜ、ヘレンを罪人扱いしただけでなく、取り調べをする必要があるのですか」

「ふむ……。では小侯爵。平民が貴方方を襲ったとします。取り押さえられた際に貴族に金を掴まされてやっただけだと叫んだら、どうしますか」

「その貴族も捕まえます」

「なぜ?所詮は苦し紛れの嘘かもしれないのに」

「そんなもの確かめなければわからない!!」

「ええ。だから我々も調べるのです。彼女の言葉が嘘か誠かを」


付け入る隙を与えない。見事な手腕に感心する。


あの子が連れて行かれること、取り調べを受けることは長兄が、そうするべきだと認めたも等しい。


「罪人の口からアリアナ様の名前が出たとしても、我々は取り調べを行います。例外などありません」

「私も。もし仮に、そのような事態になったとしたら、自らの身の潔白を証明するために調査にご協力致します」


スウェール団長の口元が綻んだ。どうやら好感は持ってくれたらしい。


正義感が強いスウェール団長に嘘は通用しないからこそ、私は本心を語ったまで。


往生際悪く、メイドの陰謀だと訴えるあの子の取り調べは厳しくなりそうね。


「スウェール団長。私も取り調べに参加させて下さい」

「お前はディルク殿下よりアリアナ様を守るよう仰せつかっているはずだ。殿下の命より優先すべきことはない」


ラジットの申し出を正論をぶつけることで却下した。


「はい。ですので、私がいない間はセシオン団長にお願いしようかと」


遅れて到着したのは紛れもなく本物のセシオン団長。


陛下の傍に誰よりいなければならない人が、こんな所にいるなんて。


来てしまった以上、文句はつけられない。


じとーっと睨むスウェール団長はちょっと可愛かった。


「アリアナ様。すぐに戻ってきますので、あまりお一人で無茶をなさらないように」

「ソール団長の潔白を私も信じております」


私だけが平民であるラジットに敬意を払うことが珍しいのかスウェール団長は驚いていた。


階級が高くなるほど、平民への態度は横柄になる。ましてや屋敷で起こる出来事が外部に漏れることは早々ない。


実際、侯爵や小侯爵、そして子爵令嬢であるあの子でさえラジットを下に見ている。


育った環境が同じであるにも関わらず私の礼儀を尽くす姿にスウェール団長は好感だけでなく信頼も寄せてくれた。


損得勘定だけでなく、時に自らの想いのままに行動することもまた、人との縁を繋ぐのだと知った。


「二人を連れて行け」


スウェール団長の命令によりあの子とメイドは引きずられるように連行される。


あの子を助けようと一歩を踏み出した小侯爵を制止したのはセシオン団長。


「同じ騎士としてみっともない姿を見せてくれるな」


頭を殴られたような衝撃に襲われていた。


可哀想なあの子を助け守ろうとする行動が、みっともないと言われたのだ。


騎士の頂点に立つ第一騎士団団長に。言葉を失うのもわかる。


邪魔が入らないうちにと屋敷の外で待機させていた馬車に乗り込む。最低限の配慮として捕縛はしていない。


もしもこれで逃げようとするなら、斬られても自業自得。


「私がいない間、アリアナ様を頼むぞ。レイウィス」


呟かれた独り言は風魔法に乗って、屋敷にいるもう一人の暗部、レイウィスに届けられた。


ラジットは最後に、私に深々と頭を下げ屋敷を去る。

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