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許される権利

 次の日の放課後。


 ディーに無理を言って王宮に来させてもらった。


 いくら婚約者でも用事がないのに王宮に出入りするのはよろしくない。


 お願いしたときディーはこれまでにないぐらい満面の笑みで引き受けてくれる。


 帰る場所が同じだからと、あの男も一緒に帰りたいと言えばディーは冷たい表情をした。


 護衛騎士であるカルが気を利かせて二人にしてくれたのに、よりにもよってあの男なんかに邪魔をされたくなかったみたい。


 断る際に「いつもジーナ令嬢と帰ってるんだから、今日も一緒に帰ればいいじゃないか」と言ったときには吹き出しそうになったのを我慢する。


 ディーが皮肉を言うとは思ってなかったのか、返す言葉もなく固まっていた。


 その後も追いかけてくることはなく、二人でいられることに小さな幸せを感じていた。


 王宮の門番は締りのないディーの顔を見ては開いた口が塞がっていない。何度見ても慣れないのだろう。


 基本はポーカーフェイスで、表情の崩れることのないディーが私の隣にいるだけで、私も引くぐらいウキウキしたようにニコやかな笑みを絶やさない。


 見回りをしていた第二騎士団の騎士も驚きが隠せないまま、しばらく私達の背中を見つめていた。


 正直、私にもわからない。なぜディーがこんなに嬉しそうなのか。


 隣にいるだけなら、これまでだって何回もあったのに。


 デ、デートもしたし、ダンスの授業で互いの鼓動が伝わるほど体も引っ付いた。


 そのときは今のような感じではなかったかな。


「今日何かあった?」


 聞かずにはいられない。ディーのハイテンションの理由を。


 キョトンとしたディーはすぐに愛らしい笑顔に戻った。


「だってアリーが僕を頼ってくれたから」


「そんなことで」と聞き返してしまいそうになったけど、ディーからしてみれば「そんなこと」ではない。


 人によって価値あるものは違うのだ。


「僕がアリーにしてあげられることは多くはない。だからこそ嬉しいんだ。頼られることが」


 傍に付いていなければならない護衛騎士のカルがいないことが、門番と第二騎士団員から報告を受けたであろう第一騎士団団長がディーを迎えに来た。


 多分、今までならディーが一人でいても、傷だらけで帰ってきても目を逸らし見て見ぬふりをしてきただろうに。


 私からしたら嬉しい変化でもディーにしてみれば今更って感じが強い。


 見方によっては次期国王になるディーにゴマを擦ってるだけ。


「お部屋までお供致します」

「え、嫌だ」


 断り方が直球すぎる。素直な反応。


 慎ましく謙虚に偽ってきた姿しか知らないセシオン団長は面食らったように目を見張った。


「僕はアリーと二人がいいんだ。下がってくれ」

「殿下のお心は御理解しております。ですが王妃殿下が待ち構えておりますので、どうか私に付き添わせてくれませんか」


 陛下の腹心でもあるセシオン団長が一緒にいれば王妃も余計なことを言えない。


 後で陛下に報告されたら、信頼を失う一方。


「そうだね。団長がいてくれたらアリーに嫌味の一つも言えないだろうし」

「ディーに何も言えなくなるのよ」

「違うよ。アリーにだよ」

「お二人共です」


 呆れたような、ちょっと嬉しそうな柔らかい表情はバルト卿を思い出す。


 セシオン団長が私達の後ろに付いた途端、かなりの重圧が背中に突き刺さり皮膚が痺れたようにピリつく。


 王妃は本当に待ち構えていたけど、挨拶もさせてくれないまま逃げるように立ち去る。


 二人だけだったら王妃の権限で連れて行かれたかもしれない。セシオン団長がいてくれて助かった。


 怖いものでも見たかのように引きつった王妃の表情から察するに、セシオン団長に睨まれていたいたこは想像がつく。


 いくら陛下からの信頼が厚くても王妃に喧嘩を売るような真似をするなんて度胸がすごい。


 二人して同時に視線だけを後ろに向けると、バッチリと目が合う。至って真剣な顔つきだ。


 怖いことはない。


 セシオン団長の圧に圧倒されたのかも。


 あまりの迫力にすれ違う人達はギョッと驚き、持ち場を離れ逃げる。


 王宮の人間が騎士が怖いからと仕事放棄するのはいかがなものかと。セシオン団長も顎に手を当てながら先程ここにいた人達の職種を口にしていた。


 可哀想なことに、彼女達の解雇が決定した王妃側の人間だし、次の職を紹介はしてくれるはず。


 何ならキルマ家で雇ってくれるだろう。優しい王妃様を育てたご実家なのだから。


 ディーの部屋につくとセシオン団長は深く頭を下げて持ち場に戻る。


 ──あの人はいつも真っ直ぐな人ね。


 三年生になると本格的な王妃教育が始まる。


 アカデミーが終わると王宮に向かい、限られた短い時間で厳しい教育を行う。


 授業は三十分から一時間。私はもっと出来るけど、疲れが溜まっているからとそれ以上をやらせてもらえない。


 きっと王妃教育を終わらせないように先延ばしにしたんだ。王妃教育が終わってしまえば私と結婚することになるから。


 関係のないあの子はいつも引っ付いてきて、私が教育を受ける間、別室であの男と楽しい時間を過ごしていたと言っていた。


 楽しい時間とは、楽しくお喋りではなく、そういう意味なのだろう。


 王妃教育の時間は決まっているから、その場面に出くわすことはまずない。


 早く終わっても、あの男の従者が知らせに行くから、やっぱり出くわさない。


 ──バカにしている。私の努力を嘲笑うようにあの二人は……!!


「アリー?どうしたの?具合悪い?」

「ううん。何でもない。それよりごめんね。無茶なお願いして」


 ディーの部屋には、特別感漂うあの部屋に転送される魔法陣が描かれている。


 正式な手続きをしたら陛下とは会えるけど、時間がかかりすぎる上に、目立つことは避けたかった。


 話す内容は誰にも聞かれたらいけない暗部のこと。


 昨夜のうちに陛下と内密の話がしたいと手紙を送ると、いつもならすぐくる返事が返ってこなかった。


 不仲の父親にこっそり会わせて欲しいなんて、図々しいお願いであるとは承知の上。


 ディーを困らせただけでなく、傷付けてしまったのではと反省してお詫びの手紙も送った。


 こちらも返事はなかったけど。


 もしかしたら寝ているのかもと気にしないようにした。だってディーに無視されたなんて、そんなこと……。


 今朝、アカデミーの門の前で待ってくれていたディーは、声をかけるよりも早く承諾してくれた。


 昨日のうちに返事が出来なかったのは、陛下に許可を取っていない段階で安請け合いしたくなかったからだと思っていたら、私と陛下が会うのが嫌だったと本音が漏れた。


 ディーからしてみれば良い気分でないのは確かね。


 せめて内容を話せたらいいのだけど。


 私達は共通の敵を倒す仲間。暗部のことを打ち明けていいか聞いてみよう。ディーだけが蚊帳の外なんて何だか落ち着かない。


 魔法陣に乗ると、ひと息つく間もなく移動した。


 陛下は既に私を待っていてくれて、挨拶は不要だと席を勧めてくれる。


 若者に人気のハーブティーが淹れられ、私の好きなアップルパイが置かれている。


 王宮の料理人が作ったアップルパイか。さぞ、美味しいんでしょうね。


 陛下はいつまでも立ったままの私の名前を呼んだ。


「私は雑談するためではなく、確認するために来たのです。陛下。一つお聞かせ下さい。暗部のことをディーにお伝えするのですか」


 聞かなくてもわかる。


 でも、陛下自身の口から答えを聞かなければ。


 座ってしまったら、目の前の紅茶を陛下にかけてしまいそうで、何もしないためにもこうして立っているしかない。


「当然だ」

「シャロンの許可を得て、ですか」

「許可をしてくれると思うか?」


 シャロンはしない。


 しないから陛下は次期国王になる者にだけ、隠さなければならない存在を公にしたのだ。


 その結果、あんな悲惨な未来を……。


「この国の全ての貴族を失墜させてしまう秘密を握るボニート家や暗部を、国のトップに立つ者が知らなかったと言うわけにはいかないのだ」

「それでも!!たった一言だけでもシャロンに言ってくれれば!!」


 不可解なことを口走る私に対して陛下は眉をひそめる。


 陛下だけを責めるのはお門違いだ。一番罪が重いのは私なのだから。


 シャロンの死に関わったのは三人。


 殺すよう命じたあの男。

 チャンスを与えた私。

 キッカケを作った陛下。


 もちろん殺した賊も同罪。



 あの男や賊には命で償ってもらうとして、私と陛下は……。


 私だけが知っているこの真実を口にしても信じてはもらえない。


 そう考えるとすんなり信じてくれたディーとシャロンが特別だった。


 一度死んだ人間が二回目の人生を送ってるなんてにわかには信じがたい。


 力なくソファーに座り込むとディーに似た困った笑顔を浮かべていた。


 つくづく実感する。親子なのだと。


 私がおかしくなったと思っているわけではなく、自分が何か失敗したのではないかと不安に駆られている。


 謝ろうにも私が何に不満を抱いているのかわからず、迂闊に口を開けない。


 貴方はこの国の頂点に立つお方で、私はその国に生まれた国民。私の機嫌なんかを伺うことはない。


 こんなにも他人である私を気遣えるのなら実の息子であるディーのことも気にかけてあげて欲しかった。


 愛してるから無視をするのではなく、国王として、そして父親として、ディーに寄り添ってあげて欲しかった。


 苦しみや辛さから目を逸らすことなく手を差し伸べてあげて欲しかった。


「一度目の失敗は許されるものです。ですが二度目は決して許されない」


 まだ一度だけ。陛下が犯した罪は。


 私やあの男と違い、許される権利がある。


「アリアナ嬢は二度の失敗をしたのか?」


 肯定の代わりに小さく微笑んだ。


 一度目は婚約者を決めた日、シャロンの手紙を無視したこと。

 二度目は気付かない内に陰謀に巻き込ませてしまったこと。

 三度目はシャロンを死なせてしまったこと。

 四度目はシャロンの夢を奪ったこと。


 最大の失敗……いえ、罪は、愛されたいと切に願ったこと。


 許されない私には償うしかない。でも、償いの方法がわからない。


「私も多くの失敗をした。そしてそれら全てを、未だに償えていない」

「ソフィア様のことですか?」


 瞳の奥に悲しい色が浮かぶ。その色が表すのは後悔。


 深くは踏み込めないため、口を開かないことで会話を強制的に終わらせた。


 知りたかった真実は聞けた。ここに長居する理由もない。


「私は言えなかった。この世界で一番愛しているのはソフィアであると」


 魔法陣に足を乗せる寸前、絞り出した声は部屋中に響いた。


 後悔を宿した瞳は揺れることなく私を見つめる。


 国の王ともあろうお方が私に何を期待しているの。


 慰めの言葉?同情?


 まさかディーとの仲を取り持って欲しい?


 他人に愛されることが当たり前な陛下もあの男も何もわかっていない。


 振り向くことはなく冷たい声で、伝えるべき言葉を投げた。


「勘違いしないで下さい。陛下もあの男も、そして私も、加害者なのです。その事実だけは一生消えることはありません」


 ソフィア様を選ばなかったことは仕方のないことだと割り切っても、実の息子であるはずのディーとあの男に差をつけて差別させてきた。


 それだけでなく第一王子としての全ての権限と、人としての尊厳さえ簡単に奪ったんだ。


 最初から王位継承の道を閉ざした。


 側室の子であれ、正妻の子であれ、王子には等しくチャンスが与えられるというのに。


 守ることだけに囚われて、自らの選択がどれだけ愚かだったのか気付いていないのかもしれない。


「それはどういう意味……」

「私はこれで失礼致します。貴重なお時間を割いて頂き、誠にありがとうございました」


 最後は侯爵令嬢らしく振る舞った。


 魔法陣に乗ると、私を引き止めようと伸ばされた陛下の手を視界に捉える。

 魔法陣の発動のほうが早く、私は元いたディーの部屋に戻ってきた。


 ディーの部屋……のはずなんだけど一箇所だけ違うとこがある。


 さっきまでなかった大量の本が机に積み上げられていた。


 どれも見覚えがある。


 王宮の図書室にあり、私が読みたかった本だ。


「おかえり。話せた?」

「ええ。ありがとうディー」

「アリーのためならお易い御用だよ。それよりこれ。まだ読んでいないものがあれば持って帰っていいよ」


 一体何を言っているのだろうか。


 価値が高すぎて図書室からの持ち出しも禁止されている本よ。それを図書室だけじゃなく、王宮からも持ち出していいなんて。


 耳元で悪魔が囁く。王族であるディーが許可してくれたのだから遠慮なく持って帰ろうと。


 誘惑に負けて手を伸ばしそうになるも、反対の手でどうにか抑えつけた。


 私が本を持ち帰れば、それを許可したディーが非難される。


 変わりつつある王宮の雰囲気を壊すわけにはいかない。


「こんなに沢山どうしたの?」

「どうって……図書室から持ってきただけだよ」


 図書室に司書はいるはず。王宮にある物は王族所有であり、破損や紛失をした場合に備えて、誰がどの本を何冊借りたかを記帳する。


 席を外してるときもあるけど、それでも普通は司書が戻ってくるのを待つか、どうしても急ぎで必要な場合は本のタイトルと自分の名前を書いたメモを残す。


 決して無断で持ち出すなんて、そんなことありえない。


 悪意のない眩しい笑顔を絶やすことはない。ずっとニコニコしてるのなんて疲れるだけなのに。


「クラウスに瞬間移動の魔法陣出してもらう?そのほうが安全だね」


 私のためにしてくれたこととはいえ、これはやりすぎだ。


 私が持って帰ることを前提に話が進む。


 お願いだからやめて!甘い誘惑に乗るわけにはいかないのよ。


 私の必死の叫びが通じたのか、にこやかな表情から戸惑いの笑みに変わった。


「もしかして持ち出し禁止だから気にしてる?王族の所有物だよ?手続きさえしたら図書室から持って行ってもいいんだ」

「そうなの?」

「うん。まぁ、持ち出せるのは王族だけどね」

「ならダメじゃない。私が借りたら」

「え?どうして?アリーは僕と結婚するんだから、王族になるじゃないか」


 結婚、という言葉に私よりも早く反応したのは言った張本人。


 激しく動揺しながら私から距離を取ろうとするものだから、足がもつれて勢いよく尻もちをついた。


 顔も耳も真っ赤で、指は震えて、声はかろうじて絞り出しているようにか細い。


 先走った発言に戸惑いよりも申し訳なさが目立つ。


 ディーは私なんかと結婚する未来まで見てくれている。


 想像するだけで幸せに溢れた毎日に笑みが浮かぶ。


 お金がなくても、貴族でなくなっても、手を取り合ってくれる人がいてくれるだけで困難に立ち向かえる。


 人はそれを幸せと呼ぶ。


 いつまでも立ち上がらないディーに手を差し出すと、気まずそうに掴んでくれた。


 情けない姿を見せてしまったと笑うけど、私からしたら情けなくはない。


 座り直す前にディーは紅茶を淹れてくれた。


 護衛騎士しかいないディーは全部自分でやるしかない。騎士はともかく、使用人はいつ王妃に寝返るかわからないため、新たに雇えないのだ。


 目の前に大金を積まれたら人はどんな悪どいことだって“正義”だと思い込む。


 家族が人質に取られたら人を殺すことも厭わない。


 それが私達、人間という生き物。


「そうだ。ねぇディー。うちにいる料理人を王宮に戻したいんだけど」

「何かあった?」

「まさか。とても美味しい料理を作ってくれてるわ」

「ならどうして」

「ディーには料理を作ってくれる料理人がいないでしょ」


 私専属の料理人は今や王宮御用達だ。ディーの厚意により屋敷で働いているだけ。私が望めば彼らは雇い主の元に戻れる。


「僕の……ため?」

「ディーが私にしてくれたことに比べたら小さなことなんだけどね」

「そうなったらアリーの料理はどうするの」

「私は料理長がいればいいわ。彼のアップルパイは毎日でも食べたいの」


 味を思い出しては、納得したように頷く。


 ディーもアップルパイを何度か作ったことはあるけど、同じ味にはならないらしい。


 料理長は隠し味を入れてるわけでもなく、それなのに他と比べられないほど美味しすぎる。


 例えレシピが流出しても私が食べたい味にはならないだろう。


「料理長を残して王宮に戻ってもらうのは僕はいいけど、料理人達はそれでいいの?アリーのために料理を作りたいと言うのなら無理強いはしたくない」

「大丈夫よ。彼らもディーのことも心配してるみたいだったから」


 料理人達の意志を優先するため命令はしない。そんなに気を遣わなくてもいいんだけど。


 急に王族から手紙が届いたら驚くかもしれないし、私から伝えたほうが変に緊張しなくていいかも。


 ディーは第一王子なのだから少しぐらいワガママを言ってもバチは当たらない。


 たまには慕ってくれる料理人に作ってもらうのだって悪くないのよ。

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