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明確に突きつけられた罪

 朝のダンス授業で大恥を晒したせいか、あの子は私に近付いてくることはなかった。


 当然と言えば当然なんだけど。


 おかけで今日は静かに過ごせた。


 悪目立ちしたくないあの男も、あの子とは距離を取っている。


 友人というだけで、あの子をパートナーに選ばなくてはならなかったあの男への同情は多い。


 目の前で愛しい彼女を悪く言われて反論したいはずなのに、優先したのは己の保身。


 庇ってもらえない苛立ちはあの子にはない。


 アカデミーが終われば心身共にベッドの上で慰めてもらうのだろう。


 放課後になるとディーが一緒に帰ろうと迎えに来てくれた。


 誘いを受けようとすると、割り込んできたシャロンが


「申し訳ありません。アリーは今日、私と帰る約束をしていますので、どうか今日だけはお譲り下さい」


 ──約束なんてしてないけど……?


「うん。先約があるなら無理にとは言わない。アリーの時間はアリーのものだから、僕が強引に縛り付けていいはずがない」


 打ち合わせでもしていたかのように、淡々と好感度が上がるようなことを述べた。


 ディーがこの三年間で築き上げてきた人格は、優しくて思いやりのある気さくな第一王子。


 文武両道。男女平等。


 貴族階級で相手を見下すこともなければ、媚びを売ることもない。


 身分の高いほうにつくのではなく、全員の話を平等に聞いてから、事態の収拾をつける。


 間違っても、特定の人物が悪だと決めつける愚かな真似はしない。


 頼りになるリーダーでもあった。


 ディーには後ろ盾がなく、陛下とも不仲。


 あの男の派閥に属していない貴族は気兼ねなく友人になれる。


 アカデミーに在籍中の間だけで、卒業したら多くの生徒と関わりがなくなるだろう。


 王妃がソフィア様を嫌っているのは有名な話。その息子が王座に就けば、側室の子供の立場は一気に悪くなる。


 周りが優秀だと認め本当は頼りにしたくても、あの男の機嫌を損ねて反逆罪で牢獄行きは避けたい。


 そんなディーが王座に就くチャンスが訪れた。


 それだけでなく、強力な後ろ盾も手に入れたのだ。


 二大公爵家だけじゃなく名だたる家門がディーを支持する。


 王位継承争いはディーが優勢と言っても過言ではない。


 優しいディーが、もっと優しいのだと印象付けられた瞬間。


 婚約者なのだからと私と帰る権利を強請ってもいいものなのに、私だけでなくシャロンへの気遣いも忘れていない。


 今日だけでディーの株がどれだけ上がったことか。


 アカデミーだけでなく成人した貴族にもディーの良さを広めないと。


 「それではディルク殿下。我が家にいらしてはどうでしょう」


 私と帰れないディーは、テオに屋敷に招かれていた。


 「……僕?」

 「はい。実を言うと、殿下と仲良くなりたいと常日頃から思っておりまして」


 恐れ多くも友人になりたいのだと進言するテオの気持ちを無下にするディーではない。


 新しい友人が出来たことに、子供のような笑顔で喜ぶディーは本当に可愛い。損得勘定なしに付き合える友人は貴重。


 いくら王族でも公爵家に気軽に遊びに行くのは難しい。


 公爵ともなると色々と忙しいのだ。大して仲良くもない…………ましてや支持もしていない王族をもてなす暇もない。


 アルファン公爵家の支持を手にするために、あの男がどれだけ骨を折り続けたことか。


 過度なプレゼントの類は逆に公爵からの心象を悪くする。


 公爵はお金や物で繋がる人の関係を嫌う。それもまた古い考えではあるものの、公爵の考えに賛同しているのが陛下。


 公爵を否定することは、陛下への侮辱。


 そのことを、あの男は一ミリも理解していないから、高価な物を贈るんでしょうね。


 頑張れば頑張るほど、公爵の心は離れていく。


 そもそもアルファン家はディーを支持すると表明している。覆すはずがない。


 そう考えると私が贔屓にしてもらっているのはかなりの幸運。


 ディーに便乗してあの男もついて行こうとすると、それを許すほどテオは甘くない。


 あの男が相手でも一歩も引かず堂々と断ってみせた。


 「申し訳ありません、エドガー殿下。本日はディルク殿下のみをご招待しておりますので。殿下はまたの機会に」

 「そ、そうか。楽しみは先に取っておくとしよう」


 大勢の前であの子のように醜態を晒せない。聞き分けのいい役を演じる。


 ──人を欺くことだけは天才ね。


 王子を辞めて詐欺師にでもなれば人生安泰なのに。


 門の前には馬車がいて、相変わらず私は御者に睨まれる。こんなにハッキリ敵意を向けてくる彼は、ただの御者じゃない。


 暗部なんでしょうね、きっと。


 私とシャロンは自他共に認める親友。


 普通の使用人だったら、あんな目をするわけがない。ここまで隠すことなく敵と認識されるのは初めてで反応に困る。


 回避する未来だとしても、確実に一度は殺されてしまった。


 シャロンに忠誠を誓った暗部からしてみれば、元凶である私を憎むのは当然。


 憎まれるだけで、暗殺されないのだから、暗部は優しい心を持った人達だ。


 トラブルなく目的地に到着するなんて当たり前のことなのに、この御者がとても優秀に見える。


 いかに育った環境が異常だったのか。それに慣れてしまっている私も異常。


 「アリアナさま!いらっしゃいませ!」


 久しぶりに遊びに来たせいか、ボニート家の使用人が満面の笑みで出迎えてくれる。


 他の貴族なら距離感が近すぎると不快に思うかもしれないけど、私は気にしない。


 人を見る目があるボニート伯爵が選んだ使用人。邪険にする理由がない。


 ここは何者でもない、ただの私としていられる。


 心落ち着く場所。


 こんなにも温かく居心地が良い家なら、帰ることが憂鬱になったりはしないんだろうな。


 シャロンは専属の侍女に、誰も部屋に近付かないよう念を押していた。


 侍女は笑顔で返事をする。


 シャロンは部屋に入るなり鍵をかけた。


 ──……ん?だったらさっき、言う必要なかったんじゃ。


「それで?嘘をついてまで私を連れてきた理由は?」


 本題に入ろうとすると、ノックの音が聞こえた。


 外にいる人に扉をぶつけるつもりで勢いよく開けた。予想済の行動だったのか、当たってはいない。


 いや、当たらなくていいんだけどね。今の当たってたらかなり痛い。


 見たことのない使用人。服装から執事。新しく雇ったのかしら?


 闇夜のような透き通る黒髪。薄い紫の瞳は私と目が合うと、ニッコリと笑った。


 その笑顔がわざとらしくて、まるで私に敵意がないと言っているようにも見える。


 執事の瞳の奥には私への滲み出る不快感が隠しきれていない。


 隠そうとしてない、のほうが正しいわね。


 ラジットとレイウィスが特別なだけであって、私ってかなり暗部から嫌われているのかも。


 シャロンが信頼している人から嫌われるのは堪える。


 私が悪いのはわかっているし、自業自得という言葉がピッタリ当てはまる。


「何の用なの?ここには近付かないでって言ったわよね」

「アリアナ様がいらっしゃるのにお茶の一つも出さないのは失礼かと思いまして」

「あっそう。じゃあ早く行って」


 執事からお盆を奪い取り、家族の前でやったら怒られてしまう、扉を足で閉めた。


 素のシャロンを見せてくれるのは、それだけ私を信じてくれている証拠。


 素早くお盆をテーブルに置いて再び鍵をかけた。


 ──もしかして鍵をかけるのはあの執事対策だったりして。


 無糖の紅茶とバームクーヘン。食べやすいように一口サイズに切り分けてくれている。


 主のために、たった少しの手間でさえ惜しまない。


 使用人全員に慕われているシャロンが羨ましくて、ポロっと本音が出てしまわないようにバームクーヘンを一切れ食べた。


「ごめん。話、途中だったよね」


 向かいに座ったシャロンはフォークを使わず手でつまんでバームクーヘンを食べる。


 私もたまにアップルパイを手で食べるから気にしない。


「アリー。私が殺されたのはいつ?」

「え?あぁ……あの男が王位継承したときよ」

「そんなざっくりとじゃなくて。もっと具体的な日よ。そもそも王座に就いたのは?」

「えっと……」


 あの男は歴代の中で最も若くして王座に就いた。


 陛下が決めたことだったため、誰も文句は言わなかった。


 ──あれは確か……。


 思い出したくない記憶を掘り起こす。


 無意識に震える手は、無意識に顔を覆う。まるで何も見たくないと言うように。


 心臓がうるさい。


 顔を上げるとそこは別世界。


 真っ暗で、どこまで続いてるかもわからない部屋にポツンと置かれた棺。その中には見慣れたシャロンが眠っていて。


 でも、触れたらとても冷たくて。


 眠るように死んでいるんだ。朝がきたらいつもみたいに「おはよう」と挨拶をしてくれる気がする。


「しっかりしなさい!アリアナ・ローズ!!」


 聞こえたシャロンの言葉にハッとした。


 現実のシャロンは生きている。


 キツい目で私を睨んでるけど。


 頭を抑えながらため息をついたシャロンは私の隣に座り直した。


 鼓動は段々と落ち着いて、視界に映るのは真っ暗な世界ではない。


 元々、卒業式の翌日に就任式が行われるはずだった。言葉通り、卒業後すぐに。


 あくまでも王位を継ぐというだけであり、結婚自体は王妃教育が終わった後。


 卒業式の日に王位継承はしたものの、式そのものは半月後だった。


 理由はシャロンの死。


 あの段階ではまだ私が婚約者だったため、延期するしかなかった。


 陛下から王冠を譲り受けたら、全貴族の前で婚約者である私と踊らなければならない。


 私と関係のない人だったらあのまま押し進められていただろうけど、友人であるシャロンの葬儀に私は参列したかった。


 シャロンとはあまり親しいわけではなかったあの男が一緒に参列することで、株は一気に上昇。


 あの日は私の心とは真逆で雲一つない憎らしい青空。


 私は頑張った。泣いて縋りたい気持ちを抑え、嘲笑される覚悟でシャロンの死体にしがみつき、何度も名前を呼びたかった。


 作り上げてきた完璧な淑女の姿を壊すわけにはいかなかったのだ。


 一時でも良い。雨が降ってくれたのなら、私は泣けた。雨粒が涙をかき消してくれただろうから。


「タイミング良すぎない?どうして私はそんな突然、殺されなければならなかったの?私が邪魔なら殺す機会はいくらでもあったはずでしょ」

 「確かに」


 私の親友の座はあの子が手にしていた。今とは違ってシャロンではなくあの子を優先していたのに。


 あの男がシャロンを殺す理由があるとすれば、暗部の件で間違いはないんだろうけど。


 問題はあの男がどうやって知ったかだ。当然のことながら私は話していない。


 そうだ!婚約者を決めた日にシャロンから譲り受けたあの証拠を、あの男に渡したとか。


 シャロンはあれを見せるつもりだったらしいから……ううん。それはないわ。


 あれは私の問題である。部外者であるあの男に最初に見せるなんて非常識なこと、するとは思えない。


 わからない。一体いつどこで、知ったというの。


 私の記憶だけが頼り。


 目を伏せて全ての出来事を頭の中に思い浮かべた。


 私が集中しやすいように物音一つ立てずに、シャロンは息を殺す。


 卒業式の前日。あの男はいつも以上に上機嫌だった。


 私が「どうしたの?」と聞いくとあの男は「これから良いことが起きる」と答えた。


 あのときは就任式のことだろうと思っていた。


 ずっと待ち望んでいたものが手に入る。それ以上に嬉しいことはない。

 鼻歌を歌いながら、空を仰いだ。


 投獄されてからはあの子との幸せな結婚生活のことだったのだろうと深く傷ついた。


 もし、もしも。そうじゃなかったとしたら?


 暗部を率いるボニート家の殺害を意味していたとしたら?


 断言するには材料は少なすぎるけど、あの男に暗部の存在を打ち明けた人はわかったかもしれない。


 それと同時にシャロンが死んだのが私のせいであるということも。


 卒業式の前日。あの男は言った。


 北の国には息をするのも忘れるようなルビーがある。

 南の国には目を逸らせなくなるようなサファイアがある。

 東の国には恋人達の愛を紡ぐエメラルドがある。

 西の国にはまだ市場には出回らないこの世界で最も希少価値の高い幻の宝石がある。


 これらの宝石を使って世界にたった一つだけのティアラを作りたいと。


 なぜそれを前日に言うのかが分からなった。


 無理に決まっている。仮に知り合いの商人がその宝石全てを持っていたとしても、それぞれの国に行くのに最低でも一週間、遠い所では半月かかる。


 あまりにも時間がなさすぎる。


 相談しただけであって、何かを頼んだわけではなかった。


 一週間前ならともかく、前日にそんなことを言われたって用意出来るわけがないんだ。


 たった一日でその望みは叶えられない。


 そのことをシャロンに相談した。


 無理だとわかっていても、夫となるあの男の願いを叶えてあげたかったから。


 本物は無理でも似たような宝石なら準備出来る。


 それほどまでに希少価値が高ければ、恐らく実物を見た人はいない。一日だけでいいなら騙すことは無理じゃない。


 シャロンに相談した内容はまさにそこだった。


 もしも宝石が偽物だったとバレてしまったら、あの男の信頼が崩れるのではないかと心配した。


 バレるリスクを伴いながらも貴族を騙すか、調達は出来ないと諦めてもらうか。


 どちらを選べばいいのか私には判断出来なかった。


 シャロンは一言だけ「大丈夫」と言って笑ってくれた。


 あの男は、私がシャロンに相談することを計算してわざと無茶なお願いをしてきたのか。


 シャロンが私のために尽くしてくれていたのは前世でも同じ。私が困っていれば力になろうとしてくれる。


 常人には到底叶えられない望みでも。


 あの男の目的はボニート家の屋敷から暗部を追い出すこと。暗部が何人いるか分からなくても、それぞれの国に、しかも国の名前がわからないのであれば相当の人数を動員するしかない。


 まんまと暗部の追い出しに成功したあとは、強盗を差し向けて…………殺した。


 ボニート伯爵が一番刺傷が多かったのは、暗部を率いているのがシャロンではなくボニート伯爵だと聞いていたから。


 考えなくても、あの男のあの日の言動がおかしかったと気付けたはずなのに。


 「バカだ、私は……」


 目を逸らしてまでも私が得たかったものは何だったのだろう。


 王妃とは国母である。すなわち全国民に愛される存在。


 愛に飢えていた私にとって王妃の座は魅力に溢れていた。


 私が欲しかったのは虚構にすぎなかったんだ。

 殺したのがあの男でも、殺すキッカケを与えたのは私。


 私の罪のほうが断然重い。こうしてシャロンの隣にいることさえ、はばかられる。


 命を軽んじていた私に、命を守る資格があるのだろうか?


「アリー。もしかして私を殺したのが自分だとでも思ってる?」

「形はどうあれ、そうなのよ」

「違うでしょ。私を殺したのは第二王子!アリーはただ利用されただけ。何も悪くない」

「そう言ってもらえると、ちょっとは楽になるわ」

「本当のことよ」


 私の罪は許されていいものではない。許されたいと、思うつもりもなかった。


 シャロンを死なせないようにするには、暗部の存在を教えた人に確認しなければ。


 この件は私に預けてもらい、結果がわかり次第シャロンにも報告すると約束した。

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