パートナー選び
「そんなに私のこと好きなの?」
ようやく口を開いたかと思えば茶化すような物言いだった。
ニヤニヤしながら顔を覗き込むシャロンは、私があんなことを口走った理由をわかっている。
前世で私と踊ってくれたのはシャロンだけ。
あの男があの子をパートナーに選んだとしても、次期王太子の婚約者を誘える神経の図太い生徒はいない。例え授業だったとしても。
確かディーは同じクラスの女子生徒と踊っていた。
「ディルク殿下を差し置いて私がアリーのパートナーなんて恐れ多い。辞退させてもらうわ」
私のパートナーはディー以外ありえないと、さりげなくアピールしてくれた。
シャロンのそういうとこが好き。
でも、そうか。今回は男女の数が同じなんだ。
元々は女子生徒が一人多かったけど、クラウス様が編入したことにより数が合い、その後にテオとリリス令嬢がアカデミーに戻ってきた。
シャロンが申し出を断ってくれて良かったのか。
そうなると必然的にシャロンは誰かと組まなくてはいけなくなる。
ダンス授業でパートナーに選ぶのはほとんどが婚約者か恋人。
あるいは意中の異性を誘う。
魅了香が広まりすぎて同学年にシャロンと踊りたいと思う男子生徒はいない。
──やっぱり私が……。
私とならシャロンも気兼ねなく踊れるし、緊張もしない。
「シャロン・ボニート令嬢。貴方のダンスのお相手に私を選んでは頂けまけんか?」
左胸に手を当て礼を尽くすのはカル。
突然すぎる誘いにカルを狙っていた女子生徒は驚きが隠せない。
そこに妬みや嫉妬はなく、シャロンとならお似合いだと諦める声が相次ぐ。
「私……ダンスは下手なので」
ハッキリ断ると角が立つため、そしてカルが原因でないと言うように、やんわりと断るための告白。
「貴族令嬢のくせにダンスが下手なんだと」
「おいおい。淑女の嗜みだぞ」
聞こえる声量の陰口は悪口。
面と向かって言えないなんて、とんだ意気地無し。
「私も下手ですよ。剣ばかり扱っていたもので」
「足も踏んでしまうかも」
「全然大丈夫です」
何を言ってもサラリと笑顔で受け入れてくれる。
他に断る口実を探すも、なかったのだろう。
観念してカルの誘いを受けた。
「私、本当に下手だからね。ダンス。冗談じゃなくて本当に」
「私も酷いものだよ。剣術ばかりに身を入れていたから。シャロンに恥をかかせないよう精一杯頑張るよ」
「カル。そんなに気負うことはないわ。紳士の嗜みでもあるダンスが得意な男子生徒がいるんだもの。お手本にするといいわ」
誰、とは言わないけど私の視線に先にいるのは、シャロンを鼻で笑った二人組み。
シャロンを笑うぐらいなんだからさぞ、見惚れるほど上手なんでしょうね。授業が楽しみだわ。
二人の表情が引きつったように見えたけど、気のせいよね?
だってあれだけ大口を叩いたんだもの。期待せずにはいられない。
ダンス授業は朝から行われる。しかも二時間。
ダンスのためだけに新たに作られた大ホール。
全員で練習するにはあまりにも窮屈で、余裕を持てるようにと二つある。
どちらのホールに行くは自由。
私はあの子達がいなければどちらでもいい。
馴染みある顔ぶれの中であの二人を見つけると、自然とため息が出る。
あの男のパートナーには自分が相応しいと見せつけるためにこっちに来るのだから面倒臭い。
私はそんな男、興味ないのよ。好きなだけ仲良しアピールすればいいわ。
その度に二人の仲が怪しまれるなんて、考えないんでしょう?
それぞれが二人一組のペアになると私とディーに中央に来るように言われ、お手本になるように踊って欲しいと頼まれる。
前と同じだ。
未来の国王と王妃である、私とあの男が先に踊る。互いにパートナーが別にいたこともあり比較されることになった。
ダンスが下手なシャロンは男性パートを完璧に踊り、本物の男性のように私をリードしてくれた。
「アリーに恥はかかせないよ」
穏やかに笑うディーは曲がかかると華麗にリードしてくれる。
王宮では誰にも習えないはずなのに。
基本ステップは一年で習うし、去年は自らの意志で見学を希望していた。正真正銘、これが初ダンス。
ディーは天才なんだ。
本番に物怖じせず、やり遂げる度胸もある。
隠れた才能が発掘されたことにあの男は驚きよりも苛立ちを感じていた。
私達の後に、あの子との完璧なダンスを見せつけようとでも思っていたらしいけど、本気であの子が貴方のリードについてこられると思って?
酷かったわよ。見るに堪えないほど。
足を踏むのは仕方ないにしても、去年習ったステップを全く覚えてなかったり、派手に転んだり。
挙句に、私と組んでいれば良かったのにと、口を揃えて言われていた。優しさは美徳ではあるけど、よりにもよって王子が醜態を晒すことになるなんて。
あの子がこっそり練習でもしていない限り、同じ結果になるのは目に見えている。
曲が終わると、私達を取り囲んで見ていた生徒から大きな拍手が送られた。
教師からも文句のつけようがない、パーフェクトだと大絶賛。
「素敵ですわアリアナ様!」
「あんなに優雅で美しいダンス、初めて見ました!」
「ディルク殿下との息もピッタリ!」
「シャロン様がお譲りになられたのも納得ですわ!!」
──私とシャロンは別に恋仲ではないんだけど。
思いがけずシャロンの株が上がったのは嬉しかったから、何も言わずに微笑むことにした。
次に踊るのはもう一人の王子様。
注目と期待は充分すぎるほど注がれた。
初日はレベルを測るためなので皆、同じ曲を踊る。
ステップを覚えていなくてもちゃんと見ていれば、ダンスとして形になった。
案の定、前回と同じ失敗をした二人は恥ずかしさの絶頂にいることだろう。
あの男のリードは完璧だった。問題があるとすればあの子。
あの程度でよく、あの男のパートナーになれたと笑い者にされる。
こうなることは人生をやり直さなくても、全員がわかりきっていたこと。
もしあの子がきちんと物事を覚えられるなら、テストで最下位を取ったりしない。
この国で一番の教育を幼い頃より受けていた、あの男の素晴らしいダンスを期待していた教師は激しく落胆していた。
評価もなければ、かける言葉もない。
次からは転ばないようにと、最低限の注意だけして次のペアに踊るように言った。
次はシャロンとカル。
ぎこちなく、いつもよりシャロンの表情は強ばっている。
──可愛いなぁ。
ステップは覚えていて体もついていってる。
及第点には届きはしなかったけど、ちゃんと形にはなっていたし回数を重ねれば踊れるようになる。
人見知りのリリス令嬢のパートナーはテオ。
他の男子生徒よりも優しく思いやりがあり、緊張はするけど失敗しても笑って許してくれるからと私が勧めた。
天下のアルファン公爵家の次期当主と踊るのは恐れ多いと激しく拒絶していたけど、テオからパートナーを申し込まれた以上断るわけにはいかない。
全員が踊り終えると、ちょうど授業終わりのチャイムが鳴る。
初めての慣れないことに、みんなどっと疲れていた。
ただ踊るだけでなく大勢に見られながらだと、失敗したくないという重圧から、いつも通りが出来なくなる。
シャロンを笑ったあの二人は、あろうことかパートナーの女子生徒の足を思い切り踏み付けた。
それだけでなく、公衆の面前で女子生徒を押し倒す形で倒れてしまう。
パートナーと言えど他人。階級も同じ男爵家ではあるけど、女性を辱めた代償は大きい。
授業中のアクシデントなので教師から家のほうに説明がいくだろうけど、起きた事実は変わらない。
これからは非難の目を向けられる。そしてこの汚名は、一生付きまとう。
大見得切ってた割に紳士としてあるまじき失態。
瞬きもせず、一瞬足りとも目を離さなかった私に怯えてたみたいだけど、どうしてかしらね?
私はただ見てただけなのに。彼らがどんなダンスを披露してくれるのかを。
予想を遥かに裏切る形となってしまったけど。
「今回の授業でボニート令嬢の株は上がるだろうね」
ポツリと呟いた独り言はしっかりと私の耳に届いた。
「普段はあんなに冷静沈着で、物事に動じないのに、たかがダンスであんなにたじろぐなんて……。ボニート令嬢が可愛い人だと、みんなが気付いてしまったね」
「ディー…………。シャロンが可愛いのは元からよ。今更気付くなんて遅いぐらいだわ」
上級生から声をかけられるシャロンはうんざりしていた。
階級が下の人もいるだろうけど、歳上であり先輩を邪険には出来ない。
──嫌いな人は嫌いなんだけど。
シャロンの周りに男子生徒が集まるのが気に食わないらしく、あの子はどんどん不機嫌さを増す。
シャロンの圧勝なのに、あの子はなぜかシャロンをライバル視している。勝負になるとこなんて一つもないのに。
私の説明不足なら、もっとわかりやく噛み砕いて言ってあげたほうが、あの子も諦めがつく。
貴族という同じスタートラインに立ちながらも、努力しないあの子がシャロンに追いつけるわけがない。それどころか勝負にすらならないわ。
魅了香にやられていなければ、男子生徒も冷静な判断が出来たはずなのに。
「みんな。早く行かないと次の授業に遅れるよ」
すかさずディーが助け船を出してくれた。
というよりはお礼なのかも。私のパートナーを譲ってくれた。
上級生達が離れると、私も声をかけることが出来る。
「お疲れ様」
「ほんと疲れた。次からは休みたい」
「そんなこと言わないで。シャロンのダンス、もっと見たいんだから」
「ふーん。そんなに私のこと好きなんだ?」
「ええ。大好きよ」
シャロンは深く聞いたわけじゃなかったんだと思う。
会話の流れから盛り上げようとしてくれただけ。
でなければ固まるはずがない。
私の好きは、特別ではあるけど、そういう好きではないと理解するのに費やした時間は三十秒程度。
その後すぐに「私も大好き」と、とても嬉しい返事をもらった。
「ねぇシャロン。ずっと聞きたかったこと、聞いてもいい?」
「それ、嫌って言えないよね。いいよ」
大勢が一斉に移動するため、周りに人がいないのを確認した上で声を落とした。
「ディーの弱味、握ってるの?」
「え?なんで?」
「気になったから」
「アリーが望むなら調べるよ」
「いい!望んでないから」
シャロンもまた、有言実行タイプ。
私はディーの弱味を握りたいわけでも、秘密を知りたいわけでもない。
王宮でディーに近付くのは容易ではないし、隠密行動が主な暗部が目立つ行動を取るわけもないか。
「じゃあテオは?」
「私ってそんな悪女に見えるんだ」
「そうじゃないのよ。セツナちゃんの誕生日でテオの変わり身が早かったでしょ?それで、もしかしたらって思っただけ」
「残念ながら我が家の敵になりそうな家の秘密しか報告させてないわ。家ごとに情報はまとめて管理してるとはいえ、増え続けたら邪魔でしょ?」
「そう…ね」
一度でも悪事に手を染めた者は二度三度と、何度でも手を真っ黒に染めていく。後戻り出来ないような底なし沼にハマるのと同じ。
その度に暗部が情報を手に入れ、一つの家門の隠し事が増える。
この先、シャロンが他人の秘密を暴くことを重荷に感じるときが訪れたのなら、そのときは私が支えになりたい。
私を巻き込まんとするシャロンは何を聞いても「大丈夫」の一点張り。
注意深く私がシャロンを見なきゃいけない。
いち早く、異変に気付けるように。
強く優しい親友を二度と失わないためにも。