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ここにはいない、大切な人【ディルク】

 王宮に戻れば、食堂には第一と第四の騎士団員と数名の使用人が集められていた。


 呼び出されて大変だなと他人事のように思ったけど、僕が毒を飲まされたから集められたのだとカルが教えてくれる。


 ──犯人捜しをするってことか。


 第四騎士団はわかるけどなぜ第一騎士団が?


 事件の調査をするのは護衛専門の第一騎士団じゃなくて第四騎士団のはず。


 調理を監視しているのが第一騎士団だからと、これもカルが教えてくれる。


 僕とクラウスがいなくなったあと、王宮の出入り口は全て封鎖され、どこよりも先に厨房を調べたが毒は見当たらなかった。


 毒が見つからなかったことよりも犯人が自白しないことを怒っているのか、陛下は不機嫌極まりない。


 名乗り出さえすれば極刑にはしないと、陛下の慈悲の心は無駄に終わった。


 怒りの理由は他にもある。


 陛下達の食後のデザートや飲み物はきちんと厨房で管理されていたのに、僕のコーヒーだけは扉の外に無造作に置かれていた。


 団員もまさか、仮にも第一王子が口をつけるカップを剥き出しで人が行き交う廊下に放置しているとは思わなかったらしい。


 僕の扱いなんてそんなものだし、今更驚く必要があるのだろうか。

 

 ──前々からわかりきっていたことなのに。


 おかけでここにいる全員が容疑者になってしまった。


 カルとクラウスと第四騎士団員とセシオン団長を除いた、文字通り全員が。


 最も怪しいのはエドガーと王妃だけど、確固たる証拠がないため迂闊に口に出せない。何もなければ王族侮辱罪。罪に問われることになる。


 第一騎士団の中に僕を殺そうとする団員はいないだろうけど、毒を盛っていない確実な証拠がないため容疑者からは外せなかった。


 今から王宮にある全ての部屋を調査して使用された毒を探し出すらしい。


 例外なく全ての部屋を。


 本来であればソール団長が主体となって調査を行うべきだが、アリーの護衛のためにここにはいない。


 よって陛下立ち会いの元、第一騎士団から数名の団員と共に徹底的に調べ尽くす。


 エドガーも王妃も異論はなかった。ここで嫌だと言えば犯人であると自白するようなもの。


 不利になるとわかっていても、頷くしかない。


「母上の部屋は陛下ではなくセシオン団長が同行して下さい」


 一斉に視線が飛んできた。


 そんなおかしなことは言ってないのに。


 母上は身分ではなく一人の男として陛下に恋焦がれていた。


 アカデミー在学中からずっと。


 一度として想いを口にすることはなかった。身分が違いすぎたからだ。


 当時の陛下の婚約者候補には公爵や侯爵といった上級貴族ばかりが挙げられていた。


 当然だ。いずれこの国の国母となる女性が、その程度の身分では家臣だけでなく貴族からも舐められる。


 故に、歴代の国王陛下に求められる女性の条件は、愛ではなく身分。


 政略結婚だとしても互いを愛そうとした結果、愛は確かに育まれた。


 側室を迎える先王もいたのも事実。その理由は様々で、王妃も納得し良好な関係を築けていたらしい。


 今と過去は全然違う。


 陛下は王妃に愛ではなく情が芽生え、本気で愛しているのは側室。


 母上を側室に迎える際にも王妃に何の相談もなく連れてきた。


 母上がその座を望んでいなかったというのに。


 アカデミーで深く踏み込みすぎたせいで実家は潰され、貴族の身分を奪われた。後ろ指を指されながら、嘲笑われながら平民へと堕ちた。


 平民になった母上が望んだのは貴族のような裕福な暮らしではなく、静かな日常。


 騒がしい日々に疲れていた母上は、平民としての暮らしを大切にしていた。


 それを壊すだけ壊したあとは放置する陛下には、母上の部屋に足を踏み入れて欲しくないし、出来ることなら近づいて欲しくもない。


 一番の願いは陛下の記憶から母上が綺麗サッパリ消えること。そして二度と、母上の人生に関わらないで欲しい。


「条件が飲めないのでしたら調査は結構です。僕は別に犯人捜しなんて頼んでいないし、どうでもいい」


 アリーが無事なら僕の命が何度危険に晒されてもいい、気にすることではなかった。


 驚くふりをしながらもエドガーはしっかりと口の端を上げて喜んでいた。


 何か探られては困るものがあるのか。


 犯人捜しよりエドガーの部屋を調べてと言ったらどうなるかな。


 そんなことより身体検査を提案してみようかな。案外、毒を所持していたりして。


 まさかね。いくらエドガーでも使った毒を持ってウロウロするバカだと思いたくない。


 騎士団員に進言しようと口を開くも思いとどまった。


 部屋の中を徹底調査して、アリーの暗殺計画書とか出てきたら僕が困る。こんなにも苛立ってる陛下ならエドガーの言い分も聞かずに対処してしまう。


 そんなことになったら今までのアリーの苦労が水の泡。


 アリーの処刑に関わったエドガー達は必ず同じ目に合わせる。そう誓ったんだ。


 となると、調査なんてしないほうがいいな。


 陛下はもう何年も母上と顔を会わせていなかった。


 部屋を尋ねても門前払い。陛下には強行突破という手も残されているけど、力ずくで部屋に押し入れば、その時点で終わり。すぐにでも離婚が決定する。


 夫婦だからこそ見えないルールは守らなければならない。円満の秘訣は干渉しすぎないこと。


 プライベートに深く踏み込みすぎたら強い拒絶を示す。


 そもそも、母上と陛下は物理的に距離があるし、円満とは言い難い。顔を見ないだけで扉越しに会話はしている。僕もたまに話し声を聞く。



 会いたくても会えない。もどかしく時間だけが過ぎていく。


 今回のことは陛下にとってまたとないチャンス。調査を口実に会いたい思いが強いはず。


 だからきっと何がなんでも調査を開始するだろう。陛下にとって、たかが子供の僕よりも愛する女性のほうが大切にしたい存在。


 真犯人など二の次。とにかく母上第一。


 貴方はこの国で一番偉い。僕の戯れ言に耳を傾ける必要はなく、王命として騎士団に命じればいい。


 その瞬間僕は、証拠として採取したコーヒーとカップを隠滅する。


「わかった。それでいい」

「………え?」


 なんと言った?


 僕の提案を飲んだのか?


 いやいや。そんなはずはない。


 聞き間違いだ。そうに決まってる。


「申し訳ございません陛下。よく聞き取れなかったのですが」

「ソフィアの部屋には私ではなくセシオンを向かわせる」

「クラウス。どうやら完全には治っていないらしい。すまないがもう一度、治癒魔法をかけて欲しい」

「いや。万全のはずだが?」

「いいや!まだ治っていない!耳がおかしいみたいなんだ」

「はぁ……。どこも悪くない人間に治癒魔法をかけるのはあまり良くないことだが」


 治癒魔法をかけてもらい再度、陛下に聞いた。


 答えは変わらない。


 えっと、つまり……調査は行うってことでいいんだよね?


 この場合はどうしたらいいんだ。エドガーの隠したい物が毒だけじゃないとすれば時間稼ぎがいる。ソレを隠させるために。


 頭が混乱してきた。


 母上に会いたいはずなのに犯人捜しを優先するなんてバカげてる。


 ──何なんだ一体。


 またとないチャンスなんだぞ。己の欲に従って、会いに行けばいいじゃないか。


 僕がアリーの邪魔をするわけにはいかないのに。


 予想外の陛下の対応に頭を悩ませる。正直に捜査をして欲しくないと言えば疑問を与えてしまう。余計なことに勘づかれて邪魔をされても厄介だ。


 打開策がない。


 どうやって対処するか悩んでいると静かな空間に、疑問を乗せたような低い声が響いた。


「ディルク殿下。なぜ私なのですか?」


 セシオン団長は一歩前に出て真っ直ぐに僕を見た。その目がバルト卿と重なる。


 その場しのぎの嘘は通じない。


 懐かしく思いながらも、ずっと僕と母上を守ってくれていたバルト卿がここにはもういないのだと傷つく自分もいた。


 突き付けられる現実に寂しさが襲ってくる。


 僕がいなければバルト卿は王宮を追い出されることはなかった。


 表向きは引退となっているが、実際は王妃の不当解雇。


 第一騎士団長が僕と母上の護衛に付いていたことが気に食わなかったらしい。それは陛下に文句を言うべきことであってバルト卿に八つ当たりすることではなかっただろう。


 それ以外にも僕が剣術を習っていることがバレてしまったことが怒りのメーターを上げた。


 エドガーにはない才能が僕にあったことが癇に障ったようだ。


 辞めさせた最大の理由はバルト卿の人気と信頼度。


 あのままずっと僕の傍にいさせて、騎士のほとんどが僕の派閥になることを恐れた。


 将来、エドガーが王座に就いたときの不安を一つでも消したかっただけ。


 そんなくだらない理由でバルト卿の未来を奪った王妃を僕は絶対に許さない。


「セシオン団長は不正に手を染める方でないと信じているだけです」


 バルト卿が引退したあとの第一騎士団は副団長だったセシオン団長が引き継いだ。


 そして……アリーの無実を晴らすべく僕と共に立ち上がってくれた一人。


 王太子妃としてずっと努力していたアリーの姿を見ていたセシオン団長は、アリーの無実を訴えると騎士団をクビにされた。


 犯罪者を庇う者が王族を守る騎士であっていいはずがないと、最もらしい理由を付けて。


 罪人は投獄された。これより一切の調査を禁ずるなんて言えば、やましいことがあると認めているようなもの。


 新たに忠誠を違うなら王宮に残ることを許してやるとチャンスを与えられたが、セシオン団長はエドガーを見限った。


 主として。


 騎士道の誇りは正しい心を持たなくては意味がない。


 その後、セシオン団長はエドガーを良く思わない団員に声をかけ、このまま疑問を抱いたまま騎士で在ることを望まないなら共についてきて欲しいと仲間を増やし僕の元に来た。


 忠誠を誓う主は僕であると。


 セシオン団長が調査の指揮を執ることになり、団員を動かすことを他の団長に許可を得た。


 今回の調査は普段と違う。


 まずセシオン団長と女性騎士を含めた数人の団員で部屋を調べその後に第二、第三、第四と、順番に合計四回、同じ部屋を調べることにはった。


 手間だし時間もかかるけど、人の目が変われば見えるものも変わる。


 徹底して調べ尽くすつもりだと本気度が伝わってきた。


 最初は僕を殺す動悸が全くない母上から。


 この間にエドガーが“何か”を隠してくれると僕も助かるな。


 多少なりとも時間はあるんだし、見つからないようにしてくれよ?


 お前を裁くのは今じゃないんだから。

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