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異物排除【エドガー】

 もうずっとそうだ。


 家族の食事に異物が紛れ込んでいる。


 そいつはまるで自分も王族であるかのように、当たり前のように席につく。


 卑しい平民の血が流れる平民混じりの分際で、高貴な王族と同じ卓を囲むなんて常識がなさすぎる。


 ──これだから知性の欠片もない平民は嫌いなんだ。


 自身が無能であることを言い訳にしてロクな教育もしていない。所詮、平民の子は平民。見ているだけで虫酸が走る。


 平民混じりは今日も護衛騎士の下級貴族を連れて来た。


 主従共に揃って愛想がない。


 平民混じりはともかく護衛騎士は下級とはいえ生粋の貴族。


 俺に媚へつらえばいいものを、鋭い視線で部屋中を見渡し、あとはずっと平民混じりの料理から視線を外さない。


 平民に近い下級貴族が王宮の料理に目を奪われるのは仕方がないことだ。アイツの家は確か、女が家督を継いだんだったな。


 能力が高ければそれも珍しくはないが、女が仕切る家なんて、レベルがたかだか知れている。


 下級貴族ではまともな教育が受けられるのも稀。要は無能の集団。


 護衛騎士の分際で王宮に仕える騎士団の訓練に参加していると使用人が話しているのを聞いた。


 それなら護衛騎士として、ここにいるのはおかしいんじゃないのか。


 訓練だけ参加して、後は自分のしたいように行動するなど、レベルの低さが伺える。


 ───主が主なら従者も従者だな。


 好き勝手にワガママし放題。


 なぜ父上はこんな連中を住まわせてやるんだ。


 何の利ももたらさない害虫など、身一つで追い出せばいいものを。


「困ります!!」


 メイドの困ったような荒々しい声と同時に隣国の私生児が入ってきた。


 口で言うだけで体を張ってでも止めようとはしない。


 これが俺達の命を狙う賊だったら取り返しのつかないことになっていた。


 魔法使いだろうがなんだろうが、王宮で過ごさせてやっているんだ。身を呈して守ろうとするのが当然じゃないのか。


 やはり使用人の常識は高貴な俺達とは違うな。


 そもそも、いくら交友関係のある国から来た王族だとしても、今はプライベート空間。土足で踏み入るなんて無礼極まりない。


 隣国の教育も底が浅いということか。


「どうしたんだクラウス」

「前々からブルーノ陛下に食事に誘われていてね」


 父上!寛大な心を見せつけるのはいいが、相手は選ぶべきだ。


 この私生児は卑しいだけでなく汚らしい。


 紛うことなき平民の血を引いた王族なんて、お飾りの役にも立たない。


 どうせ婚約者の女の実家が権力を持ち、強い後ろ盾のおかけで次期国王に選ばれただけの無能。


 国民には賄賂でも渡して支持を得たに違いない。


 卑しい平民混じりと汚らしい私生児。


 二人も目の前にいると食事が不味くなる。


「ディルクのいない晩餐は断っていたんだが、一度ぐらいは応じなければ失礼にあたると思ってな」


 だからってなぜ今日なんだ!?


 今日は……あの平民混じりの飲み物に……。


 食後に出すつもりで、扉の外には既に平民混じりの黒い液体の元となる粉とカップが用意されている。カップの中に先に毒を数滴、垂らしておけば、あとはその瞬間がくるのを待てばいい。


 占い師は毒を取っておけと言った。それはこの、平民混じりに使って殺せということだ。人の物を盗むのは母親譲りのこの盗っ人を。


 母上からは父上を、俺からはアリアナを、平気な顔をして横取りしては、自分こそが愛されているのだと自惚れる。


 そうなると平民混じりが父上の子かどうかも怪しい。


 酒場かどこかで働いていたんだったら、王宮に連れられる前に他の男と関係を持ち、その男の子を父上の子として偽っている可能性も充分にある。


 王族を欺いているのなら、即刻処刑しなければ。


 欺き、愚弄した親子には斬首刑が相応しい。首は広場にでも飾り、石でも投げられるようにしておこう。


 平民混じりがここで死ぬのは罰なんだ。俺の物を奪い、悪びれる様子もなくアリアナを自分の物だと主張する、卑しく、生きる価値すらない平民混じりへの。


 魔法使いがいようと何の支障もない。所詮コイツは私生児。


 私生児なんかに何が出来る。


 己の無力さを噛み締めながら友人だと言った平民混じりが息絶えるのを見ていればいい。


 ──無能な自身を恨め!!


 昼間の取り調べのこともあり空気が重い。


 あの教師のせいで俺もあらぬ疑いをかけられていい迷惑だ。


 いなくなって清々する。


 急遽、参加した私生児の料理が運ばれ、ようやく全員食べ始める。


 この素晴らしい料理を、味もわからない平民混じりと私生児に食わせるなどもったいない。


 家畜に食わせたほうがまだマシだ。こんな奴らには残飯でさえ豪華すぎる。いっそ、家畜の餌と交換してやればいい。


「カルロはさっきからディルクの料理を見つめてどうしたんだ」

「いえ!何でもありません」


 あまりにも視線を外さないから、この場にいる全員が料理に釘付きだったと気付いている。それを敢えて黙ってやるのが真の王族というもの。


 やはり平民の血を引く私生児に王族らしらを求めるのは無駄。


 付け焼き刃のマナーも俺と比べるとお粗末。


 いや、俺と比べること自体が失礼だな。この俺に対して。


「大丈夫だよカル。そんなに気を張らなくても」


 緊張を解くような、安心させるような声に下級騎士はうなづいた。


 ──コ、コイツらまさか……。


 平民混じりの食事に毒を仕込んだとでも言いたいのか!?口にこそ出さないが、母上を疑う雰囲気。


 まだあのときのことを根に持っているのか!!器の小さい男め!!


 あれは母上ではなく無知な料理人が勝手にやったこと。そう証言だって取れている。


 そもそも料理を作る際には騎士が見張っているんだぞ。どうやって毒を入れると言うんだ。


 考えなしのバカ共が!!


 コイツらこそ、王族侮辱罪で殺すべき罪人!!


 結局、平民混じりも私生児も、半分も食べずに食事を終えた。


 奴らの舌には贅沢すぎて味もロクにわからなかっただろう。


 平民混じりの食後にと、黒い液体が出された。


 その色味に淹れた使用人も母上も顔をしかめていた。人間が口にしていいものではない、と。


 父上は一度見ているからか特に表情に変わりはない。


 それを飲んだら最後、みっともなくお前は死ぬ。


 私生児には治癒魔法が使えると聞いているが、その効果は擦り傷を治す程度。毒に蝕まれる平民混じりを助ける(すべ)はない。


 ──早く飲め。早く死ね。


 この王宮はお前がいていい場所じゃない。


 いつまでも我が物顔でウロつきやがって。


 死体は俺が責任を持って弔ってやるぞ。


 下町の汚いゴミ捨て場に転がすだけだかな。


 お似合いだろう?お前はゴミみたいな存在なのだから。


 表情筋が緩むのを抑えられない。


 堪えろ。あと少しの辛抱だ。


 よし!飲んだ!!


 黒い液体は喉を通過して確実に体内に入った。

 瞬間!!


 平民混じりはカップを手から離し、派手に倒れ込んだ。


「ディルク!!」

「ディルク殿下!!」


 私生児と下級騎士が慌てて駆け寄るも、もう遅い。


 ソレは死ぬんだ。


 安心しろ平民混じり。お前の代わりにこの優しい俺が、あの冷酷な暴力女を婚約者に迎えてやる。


 利用価値がある間だけだが。


 俺が真に愛しているのも妃に迎えるのもたった一人。ヘレンだけ。


 ヘレンとは似ても似つかないあんな女を傍に置くだけでも虫酸が走るが、俺達二人の未来の役に立つという名誉な役割を与えてやるんだ。幸運に思え。


 暴力女だって王太子妃という立場に登れただけでも満足だろう。一時とはいえ、次期国王である俺の婚約者になれるんだ。泣いて喜ぶはず。


 俺は生まれてくる価値もなかった暴力女に生きる希望を与えてやる。俺ほど慈悲深く、他人を想いやれる人間などいない。


「お前を死なせるわけにはいかない」


 私生児の治癒魔法?


 なんだこの光は。眩しすぎて思わず光を手で遮った。俺だけでなく他の奴らと同じようにしている。


 光が消えると平民混じりは咳き込みながらも体を起こした。


 そんなバカな!!


 俺は確かに毒を入れた!数滴も!!


 一滴でも充分に効果があることはこの目で確認もしている。


 まさかこの……私生児の治癒魔法の効果だとでも言うのか!?


 話が違う!私生児の治癒魔法では擦り傷しか治せないんじゃなかったのか!?


「大丈夫かディルク!!」


 我が子を心配するように父上は駆け寄った。


 もし俺が同じように倒れたら駆け寄ってきてくれるだろうか。


 絶対に来る。父上にとって俺と母上だけが真に愛している家族。


 今回は仕方なく、父ではなく王としての務めから心配する素振りを見せているだけ。


 私生児がいるからだ。そうでなければ高貴な、この国で一番偉い父上が平民混じり如きのために……。


 そんな伸ばされた父上の手を無視して平民混じりは私生児の胸ぐらを掴んだ。


「アリーの元に飛んでくれ!!早く!!」

「お、落ち着けディルク」

「アリーが危ないかもしれないんだ!!」

「(さっきまで死にかけていたのに全く……。お前って奴は)」


 何が起きたのかわからないまま、平民混じりと私生児はその場から姿を消す。


 俺達が放心状態でいると下級騎士だけは動き、割れたカップと零れた黒い液体を採取した。


 それを見た父上がすぐに、料理人と食堂に近付いた使用人を全員集めた。

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