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考えなしの行動の結果

 ディーは私が屋敷の中に入るのをしっかり見守ったあと、例の魔道具でクラウス様を呼んだ。


 帰ってるときは気にも留めなかったけど、ずっと手を繋いでいた。


 まるでそれが当たり前かのように。


 熱が冷めていくのと同時に、すれ違う人がなぜ驚いていたのかがわかった。


 馬車で移動すればいいものを、護衛も付けずに歩く王子と侯爵令嬢。


 目立たないわけがない。


 普段なら絶対に取らない行動に私自身も驚いている。


「アリアナ〜〜!!」


 泣きながら抱きついてこようするあの子を避けて、出迎えてくれニコラに変わったことがなかった確認する。


 私に触れたら地下牢行きだと、もう忘れていた。興味のないことを忘れるのは結構だけど、将来に関わることなんだし、頭の隅に置いておいたほうがいい情報もある。


 ニコラは悩みながらもチラチラとあの子に視線を向けるということは、何かあったのね。


 ニコラに何があったか聞いただけなのに、関係のない次兄が口を挟んでは怒鳴りつけてきた。


「お前みたいな人の心を持たない奴がヘレンの友達だなんて、ヘレンが可哀想だ」


 ──…………は?


 次兄が何を言っているのかわからない。


 あの子が泣いているのは私のせいだとでも?


 だとしたら、とんだ濡れ衣。


 私は何もしていない。さっきまで外にいた私に何が出来るというの。むしろ、何かしたのはずっと同じ屋敷にいた貴方達のほうよ。


 私の言葉は通じなさそうだし、放っておいても良さそうね。


 少しでも構ってあげた時間が無駄だった。


 友達じゃないと否定する時間さえもったいない。


 後ろで次兄が騒いでいるけど、耳を貸すつもりはない。


 部屋の中なら邪魔されることもなく、もう一度何があったのかを聞いた。


 するとニコラは口元を抑えて吹き出すのを我慢した。


 ──何か、は、面白いことなのね。


 ニコラの笑いが収まるのを待った。


 さっきは、あくまでも人前だったから深刻そうにしていたけど、実際は笑えるものみたい。


「落ち着いた?」

「はい」

「じゃ、聞かせて」


 ニコラの報告は簡潔でわかりやすい。


 アカデミーが休校により、驚くことにあの子はクラスの女子生徒全員にお茶会の招待状を出したそうだ。


 しかも侯爵家の使用人を総動員して。


 帰ってきた使用人は手ぶらではなく全員分の返信を持っていて、中身は予想通りお断りの言葉が書かれていた。


 それで、さっきの行動に至ったらしい。


 泣きつかれても私は慰めてあげないし、招待状を送った彼女達を咎めるつもりもない。彼女達は言わば被害者。非常識なこの子に振り回される。


 今のを聞く限り、なぜ私が次兄に怒鳴られたのか不思議でたまらない。


 あの子が勝手に暴走しただけじゃないの。


 しかも返事を持ち帰るように指示したのもあの子。


 まさか断られると思っていなかったとでも?


 どれだけ頭がアレな人でも断るわよ。


 アカデミーが休校になったのは人が死んだから。


 死因が何であれ、死んだ人間がどうであれ、人が死んだ。だからアカデミー側は一週間の休校を決定した。


 そんなときにお茶会を開催しようなんてバカげている。


 あぁ、なるほど。つまりあの子のやった非常識な行いを後で知った彼らは、自分が責められたくないがために私が悪いと主張したいわけか。


 理由なんて適当にでっち上げて。


 悪いことは誰か一人に押し付けたほうが、自分の身を守れていいわよね。


 今日は聴取を……ま、まぁ、ほとんど本を読んでただけだけど、王宮にいた私が事情なんて何一つ知るわけがないのに、まるであの子の失敗を咎めようとした。


 だから怒鳴った。実際の私は何もしていなければ、しようとも思っていなかったのに。


 それが私の悪い理由。


 本当にどうしようもないクズだわ。


 同じ家に住み、同じ教室で学び、同じ歳の可愛くて可憐な子爵令嬢を無下に扱う侯爵令嬢と罵りたいだけなら、私の目の届かないとこで好きに言い合ってくれて構わない。


 今回のことに関して私は一切の関係がないのだ。


 常識がないのは貴族は何をしてもいいと思い込んでいるからよね。


 失敗したのはあの子に学ぶ気がないから。物覚えが悪いにも限度がある。


 アカデミーに通って一年以上が経つのに貴族としての振る舞いが身に付かないだけでなく、婚約破棄をさせるレベルで異性にまとわりつく。


 身分を笠に着て騎士団長であるラジットを見下す数々の発言。


 問題点をあげるとキリがない。


「お嬢様。お詫びの手紙を書きますか?」

「どうして?私があの子の尻拭いをしてあげないといけないの?」


 以前の私なら、あの子が問題を起こす度に代わりに謝罪の手紙を送ったり、関係を修復してあげようとした。


 それももう終わり。


 やらかしたのがあの子なのだから、あの子が自分でどうにかするべき。


 責任云々の問題になるなら私ではなく、あの子を連れて来た侯爵が、甘やかしてばかりでロクに教養を学ばせなかった長兄と次兄が、その責任を負い、取るべきだ。


 賢い彼女達はあの子からの不謹慎な招待状を処分しないはず。


 まさか自分から破滅する証拠をバラまいてくれるなんて。そこは感謝しなきゃ。


「そうですよお嬢様!!今までがおかしかったんですよ!!礼儀も立場も弁えないあの女のために苦労するなんて間違ってます!侯爵家の人もお嬢様があの女のために働くのは当然だという態度に腹が立ちます!!」


 部屋の中でなら、どれだけ悪態をつこうと構わない。私に近付けないあの子達が、部屋に来るとも思えないし。


 一介の侍女ではなく公爵令嬢として私の友達になっていたら、無礼者のあの子を言い負かしたのにと怒りに燃えていた。


 私と友達に……。


 そんな未来を想像してくれていただけでも嬉しかった。


 私に迷惑をかけないようにと我慢してくれていたニコラのストレスは計り知れない。


 そんなニコラにお礼を言うと、キョトンと目を点にした。


 突然、お礼を言われたら困惑するよね。ニコラを困らせるつもりはなかった。


 想いは口にしなければ伝わらない。伝えられないまま会えなくなる恐怖は身をもって体験した。


「なぜ侯爵はあそこまで、あの女ばかり贔屓するんですか。お嬢様のほうが自慢の娘なのに」

「可愛げのある娘のほうがいいのよ」

「お嬢様?」

「あの子は……ヘレン・ジーナは侯爵の実の娘よ」


 薄々感じていたであろう一つの真実を口にした。


 口の堅いニコラが言いふらすわけがないと信用している。


 何よりニコラが抱く不信感をこれ以上、大きくするわけにはいかない。たたでさえやり場のないストレスを溜め込んでいるのに。精神的な負担を少しでも減らしたい。


 家族も公爵令嬢としての幸せな未来も全て置いてきたニコラは侍女になった。


 そんなニコラが娘としてロベリア家に手紙を出すのも、何か頼み事をするのも、余程、重大な事件に巻き込まれたときぐらい。


 もしもニコラが公爵にあの子のことを調べて欲しいと頼めば、遅かれ早かれこの真実は知られていた。


 そして……知られたと、彼らに知られてしまったらロベリア公爵の命が危ない。


 あの子の秘密を明かすのは、ニコラの精神的ストレスを減らすだけでなく、ロベリア公爵を守る最善の策。


 念の為に口止めしておけば外部に漏れる心配もない。


 真実を受け入れ難いのかニコラは両手で口元を抑えたまま。


 うーん。これは黙っていたほうが良かったかな。


 そう思っているとか細く、でも、力強い声で「気持ち悪っ」と言った。


「そんなに愛してるならお互いに離縁してから一緒になればいいじゃないですか。わざわざ不義を働いて何になるんですか!?」


 実を言うと私もなぜお母様と侯爵が結婚したのかは知らない。


 アルファン公爵との婚約は、公爵に想い人がいたから断ったはず。それなら侯爵との婚約も断ることは出来たはず。


 ──待って。もし逆だとしたら?


 お母様が断らなかったのではなく、侯爵が断らなかったのだとしたら?


 王太子選びと同様に、お母様を侯爵夫人として迎えることが爵位を継ぐ条件だったとしたら、お母様を憎み恨む理由に説明もつく。


 侯爵は自分本位の人間。前侯爵の言葉を都合の良いように変換したに違いない。


 侯爵夫人になるために自分達の愛を壊した、身分に溺れた卑しい辺境伯の娘、とでも思っていそう。


 自分こそ侯爵の身分を得るためにお母様と結婚したくせに。ジーナ夫人との真実の愛を貫きたかったから駆け落ちでも何でもすれば良かった。


 それをお母様一人が悪いと決めつけて……!!


 侯爵もジーナ夫人も嫌だっただけ。地位も財もない平民同様に生きていくことが。


 プライドと見栄で出来ているような人達だからね。


 親友の子供。

 可哀想だから。


 どの理由も当てはまらない、あの子への惜しみない愛。


 それもこれも全て、たった一つの答えで揺るぎない確信へと変わる。


 ニコラは信じられないという表情を浮かべながらも、その目はどこか納得していた。


 根拠のない憶測は周囲を混乱させるだけ。口を噤むほかなかった。


 だからと言って私が侯爵の娘かと聞かれれば、そうだとしか言いようがない。


 私も侯爵の娘。あの子も侯爵の娘。


 それなのに私達に差があるのは……母親が関係している。


 私の母親はお母様、パトリシア。


 あの子の母親はジーナ夫人。


 最初からあの子が侯爵の愛情を受けている理由を言っていたのに。


 ジーナ子爵が親友っていうのは嘘で、あの子を怪しまれずに引き取る名分が欲しかっただけ。


 あの子が私を嫌っているのもそれが関係している。


 お母様がいなければ侯爵令嬢の椅子は自分のものだったのに、と。


 私は愛する女性と別れさせられて政略結婚をした女性の娘。好かれるはずなんてなかった。


 名前を呼んでもらえるはずがなかった。


 生まれたときから……私は憎まれていたんだ。


 私が頑張れば頑張るほど彼らの笑いの種になっていたに違いない。


 頭のどこかでは認めてもらえないことはわかっていたのに。


 いつかきっと……と、期待だけして醜い本性を見抜けなかった。


 私が彼らのために費やした時間は戻ってこないけど、決して無駄ではない。


 彼らのおかげで人は疑うべきものだと知った。

 愛が人を狂わせることを知った。


 誰かを愛することは、周りの人を不幸にするのだと知ってしまった。


 疑問を口にして、私が侯爵に問い詰めたとしても親子かどうかの鑑定はしない。


 私と同じ歳の娘。その母親は既婚者である元恋人。


 それが明るみに出れば侯爵の立場は一気に地に落ちる。


 どんな手を使っても隠し通そうとするでしょうね。

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