復讐内容
王宮に来た理由が聴取ではなく本を読みに来た、になってしまった。
昼頃には帰るとニコラに伝えていて、私の帰宅に合わせて昼食を作ってくれていたのに無駄にしてしまったわね。
帰ったら謝らないと。
お昼まで時間に余裕があったから一冊だけ読もうと思った。ほんとそれだけ!
それなのに読み始めると止まらなくなり、目にしたことのないタイトルを見つけると自然と手が伸びてしまう。
帰らなくてはという意識は次第になくなり、本を読むことだけに集中してしまった。
ラジットに声をかけてもらわなければ一日中、ここにいたに違いない。
完全に私の落ち度だ。
王宮の図書室には一般には出回らない貴重な本がいくつもある。
これを全部読めたら、きっと楽しい。
わかりやすく顔に出ていたのか
「ディルク殿下とご結婚されたら毎日、朝から晩まで読み放題ですよ」
なんて言ってくれた。
私は遠くを見ながら「そうね」と返す。それがディーをほんの少し傷つけたのがわかった。
目に影が落ちるもすぐに笑顔を作る。
ディーとの結婚が嫌なわけじゃない。私のことを愛してくれるのだから、毎日が幸せに色付くのだろう。
当たり前に過ごす日常を幸せと感じる日々。想像するだけで楽しいものだ。
でも、冷静になって考えると、ディーと結婚する理由はない。
私の目的は復讐。そして私を慕ってくれる心優しい人達を殺させないこと。
私の幸せは……いらない。
やり直した二度目の人生は全て、私ではない第三者に捧げると誓った。
ディーには私なんかよりも相応しい相手がきっと現れる。だってこんなにも他人を思いやれる優しく心を持っているのだから。
「アリアナ嬢。もう遅い。屋敷まで送ろう」
「僕が送るからクラウスはここにいてくれ」
私に申し出てくれているのにディーが断る。
人が、それも教師が死んでしまったのだからアカデミーが休校さているのに外を出歩くのは不謹慎。
ましてそれが、好きな人に会うためなら尚更。 王族として手本となるべき行動を心掛けているディーが堂々と私を訪ねて来れるはずがない。
一分、いえ一秒でも長く私といたいと、ディーが送ってくれることになった。
ちょっとだけ嬉しかったりもするけど……。
「ううん。ディーの気持ちだけ受け取っておくわ」
私を送り終えたあと、一人で帰るディーのほうが心配。
いくら強いとはいえ、複数で囲まれてしまったら圧倒的不利。
二人でいたいと主張するディーに護衛のカルがついてこられるはずがない。
──あれ、そういえばカルは?
いつもはディーと一緒にいるのに今日は姿を見てない。
ドクンと心臓が跳ねた。とても痛くて、不安になればなるほど痛みは増すばかり。
私が未来を変えたせいで、死ななくていいカルの命が奪われてしまったのでは。
「カルは一週間、第二騎士団の訓練に参加してるから、ここにはいないんだ」
動揺はすぐに落ち着いた。
ディーの護衛騎士でもあるカルに何かあればクラウス様も黙っていない。
休みを利用して、徹底的に鍛えてもらおうと頭を下げに行ったそうだ。
「そ、そうなんだ。じゃあその間、ディーの護衛は……」
クラウス様ね。
他人を寄せ付けないという意味ではクラウス様以上の適任者はいない。
事実、図書室には誰も入って来なかった。クラウス様の存在そのものが守りの魔法に見える。
「僕のことは心配しないで。アリーを送ったらすぐクラウスに迎えに来てもらうから」
いつかラジットが見せてくれた魔道具を取り出した。
団長と副団長の連絡手段だからディーも使える。魔力がなくても。
ラジットはディーの気持ちを汲んでくれて、後から屋敷に戻ってくると。
遠くから憎らしそうにこちらを睨むあの男がいて、目の前の現実を受け入れられないでいる。
頭脳も剣術も人徳も何一つ勝てないあの男が、ディーに勝っているものがあるとすれば王座に就ける約束された未来。
残された最後の一つでさえ手にすることが出来ないかもと、ようやく気付いた。
遅すぎるなんてないわよ。私だって最後の最後まで気付かなかったんですもの。貴方達が私を裏切っていたことを。
そういう意味では私達、誰よりもお似合いだったのかも。
愚か者同士。
今までは大丈夫という謎の自信があったようだけど、自分には会いに来ることもなくクラウス様を盾にディーと仲良く図書室デートをしていた、と思い込んでいた。
あながち間違ってはいない。
私が見つけられたぐらいだ。
隠れるつもりのないあの男をディー達は見つけ、どうしようかと目を合わせた。
最善は無視することなんだろうけど。
からかうのも面白そう。
「愛しの彼女をちゃんと送り届るんだぞ」
クラウス様の手が私とディーに触れた次の瞬間、私達は王宮の外にいた。しかも門の前。
門兵はギョッと目を見開き驚いている。
隣国の王太子であるクラウス様が滞在していることは知っているだろうに、いざ目の前で魔法を見るとそういう反応になるのね。
今頃、あの男がどんな顔をしているのか、後でラジットにでも聞いてみようかしら。
背中を押されたディーは周りを気にすることなく、笑顔で私に手を差し出した。
好きなこと。楽しいこと。全てを隠すように感情を抑え機械の如く生きてきた。そうしなければ奪われてしまう。
愛する夫の愛を奪った女の息子であるディーは、王妃から何もかも。
ディーの安全を優先するならこの手は掴まないほうがいい。どれだけ頑張っても私にはディーを守るだけの力はない。
危険に晒すだけ。
──それでも……。
体が勝手に動く。私の意志ではなく、蓋をし閉じ込めた感情は止められない。
手を重ねると子供みたいな屈託のないとびきりの笑顔で喜んだ。
手を繋いで歩くことが緊張するのはなぜだろう。体温が上がり、いつもより歩幅が小さい。
ディーは私に合わせてくれてる。
「あのねアリー。復讐の最後の仕上げなんだけど。提案があるんだ」
「何かしら」
ディーの提案は最高ではあるけど、それを実現するならテオにも真実を話さなくてはならない。
話すの……?
テオの愛したニコラの残酷な死を。
最終判断をするのは私。このままディーとシャロンとクラウス様を協力者に、証拠集めと準備を進めるほうがいい。
この世界で私だけが覚えていることを、何も知らないテオに話すのは酷だ。
「ごめんねアリー。困らせたいわけじゃないんだ。アリーが嫌なら今のは忘れて」
足が止まり、黙り込んでしまった私に慌てるディーに、そうじゃないと首を横に振った。
ディーは私のためを思って提案してくれたんだ。
心残りがないように。
私が味わった信じていた人達に裏切られる絶望を彼らに味合わせるには、そうするのが一番。
頭ではわかっていても、わざわざテオに嫌な思いをさせたくない。
どう説明してもテオはニコラを救えなかった。ニコラの死を回避出来なかった。
その現実を突きつけてテオの心を傷つけることはない。
あ、そうか。ディーはテオを自分と重ね合わせているんだ。
愛する人を救えない苦しみをディーは経験してしまったから。
何も知らなくて、終わったことだとしても、私は確かに殺された。
ニコラは殺された。
残されたディーは助けられなかった自分を呪う。きっとテオもそうだと、ディーは確信している。
奪われた者の気持ちは奪われた者にしかわからない。
たった一人の女性だけを一途に愛し続ける二人は似ている。
魔塔から出てきたテオは人捜しの魔法を使わなかった。使う必要がなかったのだ。
公爵が毎日テオが出てくるのを魔塔の外で待ち続け、ニコラの訃報の知らせを受けた。
悲しみと絶望に打ちひしがれ、魔塔の中でニコラとの再会を夢にまで見て暮らしていた呑気な自分を呪いたくなった。
そんな気がする。
だっていないのだから。テオには。復讐する相手は一人も……。全員ディーの手で……。
「ううん。話そう。テオにも」
権利がある。
前世で何も出来なかったテオには、彼らに復讐する権利が。
無理強いはさせない。優しいテオならあの子達を許す選択をしてもおかしくはない。
決めるのはテオ。
私も覚悟を決めなければ。ニコラの残酷な死を伝える覚悟を。