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第四騎士団長で在る理由【ラジット】

 陛下にとって優先順位はローズ家に配置された暗部の正体のはずだったのに、アリアナ様の境遇に嘆き王宮で暮らせるよう手配するか悩んでいる。


 部屋自体は余っているし、専属の侍女と信頼のおける執事長を連れて来たら生活にも困らない。


 そのほうがアリアナ様にとってもいいと思うとこが陛下の甘いとこ。


 王宮にはクソ王子とその母親がいる。


 アカデミーだけでなく、一日中、あの顔を見なければならないのは苦痛。


 しかもアリアナ様に迷惑しかかけない家族や、男好きの子爵令嬢まで入り浸つ。


 実家よりも心身共に疲れ果てるに決まってる。


 ──あぁいや、でも、ディルク殿下が傍にいたらそうでもないのか。


 人間という生き物は、愛してやまない人が傍にいるだけで不思議と強くなる。


 それにディルク殿下もアリアナ様が目の届くとこにいてくれたほうが安心だろう。


 アリアナ様を王宮に招くかどうかに俺の意志は関係ない。


 陛下は無理強いするような方ではないから、あくまでも提案するだけ。


 結果はわかりきっていることだが。


 話は終わったようだし、二人の恋路を守りに行くとするか。


 退室しようとすると、俺の名前を呼んだ陛下は立ち上がり深々と頭を下げた。


「息子が取り返しのつかないことをしてしまったこと、今更ではあるが謝罪させて欲しい」


 一国の王が平民に頭を下げるなど、あってはならない。


 この部屋でなければ大騒ぎ……だからここに呼んだのか。


 もちろん、暗部の正体を突き止めたい気持ちもあっただろうが、一番は俺への謝罪。


 第四騎士団設立と団長昇格は口止めだけでなく謝罪の意味も込められていた。


 俺が拒否することなく第四騎士団を受け取ったことは、陛下からの謝罪を受け入れたと誰もが思ったこと。


「左目を奪うばかりか名誉を傷つける発言まで……」

「謝罪ならもう受け取っています。どうか頭を上げて下さい」


 箝口令を敷いたのはクソ王子を守るのと同時に、俺が世間から後ろ指を差されないようにするため。


 平民の騎士が王子を怒らせた。


 俺の怪我は王子自らが罰をくだした。


 真実を知らない国民はそう噂する。


 違うと反論したところで耳を傾けてくれるのはごく僅か。それならば最初から何もなかったことにしてしまおう。


 そう話していた。陛下と官僚達が。


 当事者の俺の意見など聞かずに。まるでそれが正しいかのように。


「左目の謝罪なら既に当時、ディルク殿下から頂いております」


 治療を終えた俺の元に来たディルク殿下は、俺の目の状態を聞いたのだろう。


 誰に向けられた怒りか、それを鎮めるように拳を強く握り締めていた。


 それとは反対に泣きそうな表情。


 第一王子とはあまり接触しないようにと当時の上司からも言われていて、面と向かって言葉を交わすのは初めて。


 幼いながらにしっかりしていたディルク殿下には誠実さが感じられた。


 どんなに疎まれていても、クソ王子は弟で、兄である自分が謝罪するのが当然だと。


 散々、嫌がらせをされて、誹謗中傷まで受けた。そんなクソ野郎の尻拭いをディルク殿下がすることはなかったのに。


 ディルク殿下がいなかったら第四騎士団設立は拒否していた。


 俺は陛下の謝罪を受け入れたんじゃない。ディルク殿下の謝罪を受け入れたんだ。


 王族が関わった事件の調査を主にするのも、いざというときにディルク殿下の味方であると証明するため。


 シャロン様ほどの忠誠はあるわけではないが、決して裏切らないと断言は出来る。


 俺を人として扱ってくれたディルク殿下への恩返し。


 俺は今のままで充分満足している。


 給料良いし、一部を除いて慕ってくれる部下もいるし。


 何よりシャロン様の親友であるアリアナ様の護衛を任せてもらえるなんて最高だ。


 これ以上、陛下に何かを言われる前に、さっさと部屋を出た。


 王宮内のほとんどはクソ王子の派閥。


 今日アリアナ様が来るとこは全員が知っていることで、どうにかアリアナ様とクソ王子を運命だと言わんばかりに惹き会わせようと画策している。


 で、俺は全力でそれを阻止するのが役目。


 だってもう決まってるだろ。


 アリアナ様の運命の相手はディルク殿下で、親友はシャロン様。


 クソ王子もクソ女も入る余地はない。


 誰かにお膳立てしてもらわないと王座に就けないのなら、そいつは王の器ではない。


 なぜ誰も、そんな当たり前ことを教えてやらないのか。


 甘い汁を吸いたいがために無能を王に仕立て上げ操り人形にでもするつもりだったか?


 多くの人間に憧れの眼差しを向けられるより、期待を膨らませられるより、誰かに愛されるほうがよっぽど充実した人生を送れると思う。


 図書室では、中に入るまでもなく二人だけの空間が出来上がっていた。


 司書がいない。気を利かせたのか、ディルク殿下に命じられてしばらく席を外しているのか。


 ──どちらでもいいか、そんなこと。


 バカみたいに広いこの図書室全体が、浄化されたかのように空気が澄んでいる。


 欲望と陰謀が渦巻く王宮内とは思えないな。


 アリアナ様はあんなにもディルク殿下が好きだと表情が言ってるのに、頑なに認めようとしない。


 シャロン様の推測では、アリアナ様は全てが終わったあと、この地を去り王妃の座を誰かに譲るのではないかと。


 もし本当にその通りだとしたら、離れたあとに傷つかないように無意識に感情を閉じ込めていることになる。


 好きになってしまえば離れ難くなり、遠くにいても求めてしまう。


 張り裂けそうな胸の痛みを一生抱えて生きていかなければならない。


 まだ見ぬ未来を恐れて、予防線を張っているってことか。


 アリアナ様は頭が良いのに、少し考え足らずのとこが可愛い。


 おっと。その表現はマズいよな。


 主に使う言葉じゃない。失礼に値する。


 ディルク殿下がアリアナ様を手放すわけがないし、仮に傍を離れられたとしても草の根を分けてでも捜し出す。


 そういう人だ。ディルク殿下は。


 人捜しの魔法を使えば一発で居場所がわかる。


 王太子様なら協力してくれるだろう。わざわざディルク殿下が魔法を習得する手間はない。


 それはディルク殿下が掴み取った人徳。


「アリアナ様。今日は王宮にお泊まりになられますか?」


 真剣に本を読むアリアナ様。を、微笑ましく見つめるディルク殿下。


 クソ王子が入ってこないように入り口付近で本を読むふりをして警戒する王太子様には気付いてもいない。


 面白いことに平民を見下しバカにするクソ王子だが、王太子様のことが苦手らしく近寄ってこない。魔法が使えなかったら見下す嫌味な発言を連発するんだろうな。


 こんなにも小物感溢れる王子も珍しい。そういう意味では貴重すぎて、生かしておいたら次々と面白いことをしでかしてくれそうだ。


 夕方になっても帰る素振りのないアリアナ様に声をかけると、なぜかディルク殿下の顔が真っ赤になった。


 アリアナ様を見ていたことを、俺と王太子様に見られていたと気付き恥ずかしくなったのかも。


 ディルク殿下も可愛いお人だった。


「いつ、から……」


 声が裏返った。


「数時間前ですかね」


 ディルク殿下からの質問に嘘をつくわけにもいかず正直に答えた。


「声をかけてくれれば良かったのに」

「何やら集中しておりましたので」


 敢えて、アリアナ様を見ていることに、とは言わない。


 持ち出し禁止の本を数冊読み終えたアリアナ様は満足していた。


 背景がキラキラと光り花が散っている。アリアナ様の雰囲気もホワホワと柔らかいものがある。


 俺の顔と壁にかけられた時計を交互に見ては「これでは本を読みに来たみたいね」と小さく笑った。


 ほんとそうだ。


 いくら本が好きだからって数時間ぶっ通しで読み続けられる集中力がすごい。


 俺の周りに本好きがあまりいないため、もしかしたらアリアナ様のすごさは普通なのかもしれないが。


 何もせずただ見てるだけのディルク殿下はすごいを通り越して怖い。


 好きな人はいつまで見てても飽きないとは聞くが限度があるだろ。


 そんな二人のために地味で面倒なことを進んで引き受ける王太子様は聖人すぎる。


 この三人なら良好な関係を築けると、幸せな未来が訪れると確信が持てた。

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