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新しい本と頼み事

 店主は今日、二リンで売る代わりに頼みを聞いて欲しいと言った。


 一つはこの包装された本をディーに渡すこと。


 もう一つは噂の真偽。


 私達が、アリアナ・ローズとシャロン・ボニートであると知っていたのね。


 店主、エディはどの噂が真実なのか興味があるようだった。


 メガネの奥がキランと光る。話すことは決定されていた。


 用意された椅子に座り、まずエディがどこまで噂を把握しているか確認するため話を聞く。


「アリアナ様が心優しいお方で、そんなアリアナ様を陥れようとしている偽物聖女がいるってことしか」


 そこまで分かってたら充分。ある程度の真実を話しても問題はなさそうね。


 私はエディに、これまでのことについて話した。


 王族主催のパーティー当日、侯爵が勝手にディーからの贈り物である馬車をあの子にあげたこと。長兄がそれに加担したこと。


 でもそれは、長兄があの子を好きで、侯爵が長兄の想いを応援するため背中を押した結果だったと、私の適当な言葉を添えた。憶測ではあるものの、私がそう思うようになった理由も一緒に。


 長兄は事あるごとにあの子の肩を持ち、幾度となく助けようとした。「助けた」と明言しないのは、最終的に保身に走り、助けられたことがないから。


 他にも、ディーからの贈り物であるヘアピンを盗んだだけでなく、我が物顔のように付けては自慢していた。


 次兄がベタ褒めしていたことから、次兄もあの子に気があるのかもとほのめかす。次兄に至っては婚約者がいるにも関わらず、と付け加えて。


 ここでビアンカ嬢の名前を出すと迷惑がかかりそうで、伏せておく。


 こちらの雰囲気を察して、それについては追求してこない。


 私という婚約者がいるディーに、貴族が通うアカデミーでこっそりと香水を渡したことも言っておかなくちゃ。


 あの子は自分じゃないと言い張っていたけど、筆跡鑑定の結果、あの子のものと一致。


 嘘をついた罪に問われなかったのはディーの温情。


 私があの子をぶったことを気にして、事を荒立てないよう配慮してくれた。


 ディーの株が上がるように話してみたけど、問題はないはず。あの子と違って私は本当のことしか言っていない。


 ついでにアカデミーで男子生徒に近づきすぎて、多くの生徒が婚約破棄となったことも補足した。


 さっき見た出来事も話しておこう。


 エディはふむふむとメモを取っていく。それはそれは楽しそうに。


 チラッと見えたメモは走り書きで、まぁ、本人が読めれば問題はない。


「ありがとうございました。大変興味深かったです」


 満足したように声が弾む。


 エディは記者ではない。もしそうなら、喋る前にシャロンが止めるはず。


 単にゴシップ好きなのかもしれない。


 これだけ噂が浸透していれば、ゴシップに興味がなくても気にはなるだろう。


 私も同じ立場なら興味を惹かれている。


「ねぇエディ。やっぱりこれだけで二リンは安すぎるわ」

「そんなことありません。むしろタダで貰って欲しいぐらいです」

「なっ……!?」


 ──何を言い出すの!?


 輝く目は本気でそう言っていた。


 これだけの本を取り扱う店主が本の価値をわからないなんて、ありえない。


 貰い受ける前に最後にもう一度確認した。


 この本はとても価値があり、定価で買うなら最低でも五千リンは必要。


 本が破損しているから値引きするとしても、目次のページに折り目が付いているだけで、あとは新品同様綺麗なまま。これなら二千リンぐらいが妥当。


 エディはニッコリと笑ったまま本を紙袋に入れてお釣りを用意した。


「ありがとうございます」


 ブレないわね。全く。


 シャロンが絵本を買うのに払った二百リンと比べると私だけが得をしすぎている。


「アリアナ様。そこまで気になさるのであれば、今回限りではなく、また本を買いに来て下さい。それだけで私は満足ですから」

「立ち入ったことを聞いてもいいかしら。なぜこんな安く本を売るの」

「申し上げた通り、本が破損しているからですよ?」

「確かにそういう本もあったわ。それでも安すぎるのよ。これじゃ生活が困るんじゃないの」


 本が安くても、一日に何十冊と売れていれば暮らしていける。


 売れていれば。


 どう見てもこの店に大勢のお客さんが入るようには見えない。


 それに平民はあまり本は読まない。本にお金をかけるなら他のことに使うのが一般。だから平民しか住まない町に本屋はない。


 この店の立地もおかしいのだ。本気で売るつもりがあるなら、もっと目立つ場所じゃないと。


 雰囲気も怪しくて近寄り難い。せめて看板でもあればいいのだけれど。


 このまま潰れてしまうのはもったいない。店ごと買い取って私だけの図書館にしたいぐらいだわ。そんなことしたらエディを困らせることは重々承知しているから、思うだけ。


「お気遣い感謝致します。ですが本当に大丈夫なんです」


 自信たっぷりの態度は私が口を出すようなものでなかった。


 貴族からの支援を受けているにしては身なりが整ってなさすぎる。


 人間とは滑稽な生き物で、贅沢の味を覚えてしまえば破産するまでその蜜を追い求め吸い続けるのが普通。


 大金を目の前に積まれれば人としての一線を超える。ニコラを辱め殺したあの連中のように。


 平民が大金を手にしてガラリと変わった話はたまに聞く。それまでの質素の生活が嘘のように贅沢三昧。


 同じ平民を見下すような態度や発言もする。


 エディにはそれがない。とても支援を受けているようには思えないのだ。


 約束をしたし、都合が合えば本を買いに来よう。


 店を出るともう夕方だった。


 そんな長い時間話してたんだ。


 日が暮れてくると店は益々、不気味な雰囲気に包まれる。


 閉店は今頃の時間なのか、CLOSEの札にひっくり返された。


 エディは笑顔で手を振ってくれる。ここで手を振り返せば貴族としての品位がなってないと呆れられるとこだけど、私は操り人形をやめた。


 ──どうせここには貴族の目もないしね。


 手を振り返すとエディは大きく目を見開いた。


 まさか返してくれるとは思わなかった、っていう意味で合ってるのよね?


 私とエディに違いがあるとすれば身分だけ。


 たったそれだけのことで壁を作りたくない。


 暗くなる前にシャロンを送って行こうとすると、私が先に帰るべきだと怒られた。


 良くも悪くも目立つ私が一人で出歩くのは危険すぎる。


 万が一のことが起こってからでは遅い。


「全く。アリーはもっと危機管理能力を身に付けるべきよ」


 それを言うならシャロンだってそうだ。


 私以上にあの子達から疎まれていて、何をしてくるかわかったもんじゃない。


 私のことは殺せない。今はまだ。


 でも、シャロンは違う。死んでも困りはしない。だから平然と売買を禁じようとした。失敗したけど。


 侯爵の命令より、ボニート家に逆らうほうが後が怖いと知っているから。


 警戒レベルを最大限まで上げているボニート家に族が押し入ることはまず不可能ではあるけど、それこそシャロンの言った万が一が起こらないとも限らない。


 人の死はいつも突然やってくる。


 シャロンの死を、より確実なものにするのなら、毒ではなく人の手を使う。


 あんな悲劇は二度と起こらない。私が起こさせない。


「わかった。こうしよう。先にアリーを送って私はラジットに送らせる。それならどう?」


 団長を務めるラジットになら親友であるシャロンを送ってくれるようお願いするのは不思議ではない。


 本当はルア卿のほうがいいだろうけど、色々と話すことがあるなら、やはりラジットのほうが適任。


 提案を飲んで完全に陽が落ちて暗くなる前に帰らなければと少し急いだ。


 そういえば侯爵達は、食事をさせてもらえたのだろうかと、ものすごくどうでもいいことを思った。


 思ったのは一瞬だけで、シャロンと楽しく話をしていたら侯爵達のことなんてすぐに、どうでもよくなった。

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