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破格のお値段

 甘い物を食べたあとは下町に行くことにした。


 この付近にはまだ侯爵達がいるかもしれないから。


 もし出くわしてしまったら最悪を通り越して最低の気分となるだろう。


 その点、下町なら安心。プライドの塊のような彼らが下町に行くなんて絶対にありえない。平民は生きる価値がないと思うほど、毛嫌いしているのだから。


 シャロンと出掛ける機会はこれからもあるだろうけど、せっかく外にいるんだし、今が絶好の機会。


 浮かれて、鼻歌でも歌いながらスキップしたい衝動を抑えてシャロンの隣りを歩く。


 お忍びではないため二人で並んでいると、周りからチラチラと視線が飛んでくる。


 良くも悪くも噂の中心いる私達は注目の的となっていてもおかしくない。


 ヒソヒソと話して、私達には聞こえないようにしてくれるのは助かる。


 噂と言えどシャロンが悪く言われるのを直接聞くと、怒りに身を任せて何をするか。


 それが淑女や貴族令嬢に似つかわしくない行動だとしても、たった一人の心を許せる親友を侮辱されて良い気分な訳がない。


 それはシャロンも同じらしく、気にしてない素振りをしながらも、しっかりと彼らや彼女達の顔を焼き付けていた。


 滅多なことはしないだろうけど情報という、迎え撃つのが困難な武器で攻めてくる。


 悪どいことをしている貴族には称号の剥奪が免れない証拠をこれでもかってぐらい突きつけるだろう。


 シャロンは正義感は強いけど、理不尽に傷つけれた人がいなければ告発はしない。


 そのおかけで、多くの貴族は救われている。


 要はシャロンの優しさがこの国の貴族を救っているというわけだ。


 彼らにその意識がないから、たかが伯爵令嬢と見下す人間も少なくない。


 馬車に乗らず歩くだけで、普段目にしない店に心が踊る。


 下町にも私達の噂は届いてるはずなのに、好奇の目が向けられることはなかった。むしろ好意的。


「貴族より平民のほうが賢いってことね」

「何かしたの」

「別に。ただあの女の噂を流しただけ。アリーの婚約者のプレゼントの馬車を奪ったとか、アリーの婚約者に香水を贈ったとか。その程度のことよ」


 どれも事実。


 それだけであんな目が向けられるものかしら。


「そんな令嬢にも慈悲を与え屋敷に住まわせてあげる聖女アリアナに、憧れを抱いてるのよ」

「屋敷に住まわせてあげてるのは侯爵よ?」

「わかってないなぁ。アリーはあの女を追い出す権利があるの!それなのに侯爵に進言もしないで、侯爵令嬢らしく振る舞うアリーを好きにならない人がいるわけないでしょ」


 慈悲やお情けでやってるわけじゃない。


 本気じゃないとはいえ、王命に逆らった罪で追い出し牢獄に入れようとしたわけだし。


 内容さえ知らなければ、真実となる言葉はこんなにも人々の胸に刺さり共感を得るものなのか。


「ねぇ。この店は何かしら」


 OPENの札はかかっている。でも看板がない。


 店内も電気が点いてないのかやや暗がり。


 人が寄り付かないような場所にひっそりと佇む。


 怪しいのに不思議と嫌な感じはしない。


 ──そっか。シャロンが行くことを拒まないからだ。


 本当に怪しく危ない店なら、ここに来る途中に引き返すか、他の店に入るかしている。


 ここが何の店か教えてくれないのは、シャロンのちょっとした意地悪。


 扉を開けるとベルが鳴ってお客さんが来たことを店内中に知らせる。


 一歩、中に入った瞬間、思わず息を飲んだ。


 壁の端から端、低いとはいえ天井に届きそうなほど、本が棚に収められている。


 本屋だったのね。


「あら。お貴族様?」


 奥から出てきたのは手入れをすれば美しくなるであろう赤い髪の女性。ショートヘアだからか、髪の至る所がはねている。大きすぎるメガネも、逆に印象に残りやすい。


「どれでも二リン。お買い得よ」

「二リン!?」


 値段の安さに驚いた。


 ザッと見ただけでも、もっと値が張る本はいくつもある。


「ここにあるのは全て、汚れていたり、破損していたりしてる訳ありなの」


 目の前の本を一冊取って表紙を確認した。手で触ってみても目に見えない傷があるわけじゃない。


 中も特に目につく汚れもなかった。


「その本はですね、ここです」


 パラパラとめくり、その箇所を指差した。それは汚れと言われれば見えなくはないけど、かなり神経質な人じゃないと気にもとめない小さなシミ。


 背表紙が破れていたりタイトルが塗り潰されている本もある。それでも二リンは安すぎだ。


 シャロンの意見も聞こうと声をかけると、シャロンは絵本を見ていた。


『灰色少女と騎士の恋物語』


 私の声なんて聞こえてないみたいに真剣に読んでいく。


 私も内容が気になって同じ絵本を探してみるも、シャロンが読んでいる一冊しかない。


 絵本は全てタダだから好きなだけ持って帰っていいと言ってくれる店主の言葉は私にしか聞こえていない。


 肩をちょんちょんと叩くと大袈裟に反応して、私の視線と表情から次に言おうとしたことがわかりカウンターに銀貨五枚を置いて絵本を買った。


 お金の意味に気付けずにしばらくポカンとしていた。シャロンの手に持つ絵本から、買うつもりなのだと判明。店主は困ったように頬を掻いた。無料で配る絵本からお金は取れない。


 ()()()()()()()()()()()()()()()十リンが相場となるほどよく出来た絵本。


 一歩も引かないシャロンに、店の奥から持ってきた箱にしまわれたままの本を好きなだけ持っていっていいと言った。


 これで釣り合いが取れるわけでもないけど、箱の中を覗いたシャロンの目は輝いている。


 シャロンと好みを熟知しているのか、ほとんど剣術に関わる本。


 国中の騎士が載っているファンブックもあった。歴代の騎士もだ。


 騎士といえば当然、長兄も。「コイツいらない」と呟きながらも、そのページを破らないのは長兄の裏面に別の騎士が載っているから。


 表に写真。裏がプロフィールならすぐさま破り捨てていた。


「こんなのが騎士なんて真面目に騎士道貫いてる人に失礼じゃないかな。無理。絶対やだ!さっさと辞めればいいのに」


 シャロンの独り言(ほんね)は聞かなかったことにして、店主に比較的古い本を見せてもらった。


 新しい本は本屋で買える。でも古い本は廃盤になり二度と読めなくなったものも少なくない。


 この店でなら、そういった本が手に入りそうな気がする。


 カウンター横にある本棚には異国の本が、上から下まで並んでいた。どれもお金と時間をかけなければ手に入らないものばかり。


 空の神と海の神の恋愛小説。


 大地の神と精霊王の友情物語。


 どちらも気になっていた本。普通に買おうとすれば五千リンでも足りない貴重な本ばかり。


 そんな本をたった二リンで売ろうとする店主が太っ腹すぎる。希少価値の高すぎる本を多く所持しているせいで感覚が鈍ったのだろうか。


 店主の言葉に甘えるのは簡単だ。そもそも店の主が決めたことなのだから、素直に二リンを支払って本を貰えばいいだけ。


 私はそこまで図々しいわけでも神経が図太いわけでもなく、貴重本を安値で買うなんて選択肢はない。


 ──欲しい。けど……。


 私が今持っているお金では買えない。


「どうされました?」

「この二冊が欲しいのですが」

「四リンですよ」

「そんなわけにはいきません!」


 値下げするにしても最低でも半額の二千五百リンはいる。


 手元にあるのは二千リン。店を見て回るだけの予定だったからお金はそんなに持ってきていない。


「また明日買いに来ます」


 今日のとこは諦めると店主は笑った。


「ごめんなさい。以前いらした方と同じことを言ったので。好きな人にあげたいからと、翌日に五万リンなんて大金を持って来たんです」

「それってディー……ディルク殿下だったのでは?」

「そうです!あんなにも誠実な王子様は初めて見ました」


 王族でありながら一切を隠すことなく身分を明かし、本来の定価の値段で買ってくれた。


 あの本はここで買ったものだったのね。こんな素晴らしい店があるなら私にも教えて欲しかったし、誘って欲しかった。


 ディーもシャロンも、私に内緒にするなんて。


 表には出さず心の中で不満を募らせていると、パチリと目が合ったシャロンは口を尖らせてそっぽ向いた。

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