マリアンヌ様に協力依頼
マリアンヌ様はまだこちらの国に滞在してくれていて、クラウス様からの頼みが終わった今、宿に引きこもっていた。
早く帰りたがっていたマリアンヌ様を引き止めてくれたクラウス様のおかげ。
敵に魔法使いがいるなら、こちらも優秀な魔法使いがいたほうがいい。
マリアンヌ様はクラウス様の一つ歳上で、アカデミーを既に卒業している。クラウス様が卒業するまで王妃教育に努めている。
毎日同じことの繰り返しに飽き、クラウス様からの呼び出しは天の助け。だからといって、いつまでもここにいるのも退屈で、それなら教育を受けていたほうがマシ。
他国で好き勝手行動出来る立場でもなく、自然と宿に引きこもってしまう。
私が尋ねてくると思ってなかったマリアンヌ様は驚きながらも護衛を下がらせた。
「どうしたの。もしかして完全に……」
呪いが解けなかったのかと聞こうとするも、シャロンを見ながら口を閉ざした。
他人の前で口にしていい話題ではないと配慮してくれている。
「呪いはもう大丈夫です。マリアンヌ様のおかけで悪夢から解放されました」
ハッキリと「呪い」と言えば、隠す必要はないのだと伝わった。
ホッと胸を撫で下ろすマリアンヌ様は、たった一回しか会ったことのない私を本気で心配してくれている。
「今日は別件……お願いがあって来ました」
「私に?それはいいけど」
獲物を見据えたような目で私を見ては、お願い事の内容を聞いた。
───今のは何だったのだろう?
あの子達の思い通りにさせないためには、マリアンヌ様とクラウス様の協力が不可欠。
私のお願いはアッサリと協力してもらえることとなった。その代わり、クラウス様が、いいえ。私達が何をしているのか教えることが条件で。
新学期になっても帰ってこないどころか隣国のアカデミーに編入したクラウス様に疑問を抱いた。ディーと仲が良くても、それ以外はあまり深い交流はない。
この国に留まるだけではく、王宮に泊まり込みながら通う。
勉強会であの男を直に見てクラウス様の嫌いなタイプであることはわかっている。毎日顔を合わせるわけではないけど、あの男がいる王宮で暮らすのは胃に穴が開くぐらいストレスが溜まるはず。
────私が過去から戻ってきたと言うの?
味方となってくれているカルとテオ、私を信頼してくれているニコラとヨゼフにも何も話していないのに。
多少無茶なお願いを聞き入れてもらうのだから交換条件に真実を話すのは当然のこと。
回帰したことを伏せ、あの男を王座に就かせたくないと言うにしても躊躇われる。
嘘をついているわけではないけど、嘘をついているみたいに心が痛む。
俯く私をマリアンヌ様は急かそうとしない。
ただ待ってくれていた。私が話すのを。
秒針の音だけが響く。その音に合わせて段々と心臓の音も速くなる。
小さく息をつきながら顔を上げた。
「マリアンヌ様もお察しの通り、第二王子は我が家の居候、ジーナ令嬢に恋焦がれております。ですが第二王子が次の王になるには私と婚約しなければなりません。私はそれが嫌なのです」
「嫌いだから?彼のことが。だから他の女に取られて悔しいから腹いせに?」
「いいえ。愛せなかったからです」
この思いも気付きたくなかった真実の一つ。
私はあの男に依存していたんだ。
愛されたいがためにあの男に、あの子に、依存して自分で自分の価値を利用されるだけのものとした。
もしも私が本気であの男を愛していたら、何かは変わっていたのだろうか。
きっと何も変わらない。本気で愛することで、私の死が役に立つのだと喜びさえ感じてしまう。
無価値の自分に価値を与えてくれる、まさに神のような存在として崇めていたのかも。
「まぁいいわ。いくらでも協力してあげる。私はあの男もあの令嬢も、大っっ嫌いだから」
頼もしい協力者。
言葉の中に深い怒りと嫌悪を感じる。
勉強会での出来事が決め手となり、仮にあの二人が国のトップに立ったとしたら隣国との交友関係は途切るつもりだった。
そうなると貸し出してくれている魔道具は全て返却。いざというときの守りの要がなくなる。
マリアンヌ様に時間があるならお母様のことを聞きたいと言われたけど、シャロンが私とデートをするからと申し訳なく断った。
理解あるマリアンヌ様は、こんなことでいちいち目くじらを立てる人ではなく、気が向いたらまた来て欲しいと言ってくれる。
そこまで外に出たくないほど嫌な国ってわけではなく、噂が気に食わないらしい。
私は計算高い女。シャロンは悪女。
実際に私達と話したマリアンヌ様は、その嘘でくだらない噂にうんざりして、もしまた噂を口にしている人を見かけたら魔法を撃ってしまいそうになる。それを防ぐために、こうして引きこもるしかない。
宿を出たあともマリアンヌ様は窓から見送ってくれていた。
手を振ると、振り返してくれる。まるで友達みたいなやり取りについ笑ってしまう。
目的地もないまま歩いていると、また、あの一家がいた。
外でこんなにも姿を見つけるなんて最悪。
どこに行っても店主自らに断られる。
ここまでされても、彼らはあの子に非があるわけじゃないと言い切る度胸。
確かにあの子は可愛い。堅苦しい貴族の立ち振る舞いではなく、あの子本来の姿が誰からも好かれる。それが計算されたものだとしても。
調子に乗ってやりすぎている自覚を持つべきなのに。
教養がなくても婚約者のいる男性にベタベタ触るのがマナー違反なことぐらいわかりそうなものだけど。
一体何があの子をあそこまで分別のつかない非常識な人間にしたのかしら。
まさかあの男の愛?
だとしたら納得。
下級貴族が王族と友達なだけでなく、愛されてしまい国母となれる道が用意されてしまったら、自分は何をしても許される特別な存在なんだと勘違いする。
遠くから彼らの姿を見ていると哀れに思えてきた。
侯爵は癇癪を起こした子供みたい。
貴族御用達の店に入れなかった彼らはいい笑い者。
見つかる前に退散して、沈んだ気持ちをリセットするためにスイーツ専門店に足を運んだ。
朝から甘い物を食べる人は少なく、今だけは私達の貸切状態。