お手本にしてはいけない教科書素材
いかに自分が周りの人に支えられ、それと同時に大事なことは人任せなことを恥じた。
情報収集は暗部の右に出る者はいない。それを誰よりもわかっている私は、今世では都合の良いように利用している。
彼らに負けず劣らずの最低行為。
本気でシャロンの死を回避したいなら、この件から手を引かせるべき。
誰も巻き込まずに復讐するなら、私があの男を婚約者に選ぶべきだった。
ディーがあまりにも誠実すぎて、綺麗すぎる世界に足を踏み入れたかったのかもしれない。
綺麗な世界で生きていればいつかは自分も綺麗になれるんじゃないかと勘違いしていた。
そんな私をシャロンは、怒ったり、呆れるわけでもなく、少し驚いては好きでやっていることだと言ってくれる。
命を救ってくれたお礼だと言った。
どこまでも優しい。
これ以上の謝罪をしようものなら、一切の協力をしてくれなくなりそう。
「それで?今日はどうしたの。こんな朝早くから」
「私のご機嫌取りに食事に行くって。ま、誘われてないから断ったけど」
「行ってあげれば良かったのに」
「油断させるためにもそうしようかなと思ったわ。一瞬ね。でもね。無理なの。あの顔を見ながら食事するのが」
嫌ではなく無理。
生理的にあの子達を受け付けなくなったきた。
そんなことは顔には出さないし、あの子達に悟られるつもりもないけど、最近、たまに息が詰まるときがある。
隠された真実を突き付けて、楽になりと何と思ったことか。
そういうときはディーのことを思い出すと心に余裕が生まれる。
「あの教師。やっぱり死んだみたい」
ミルクを入れたコーヒーをかき混ぜながらポツリと呟く。
教師はこの国ではない、どこか別の国の毒で殺された。
一般に毒の種類は公表されないだろう。未知の毒物なんて国民の不安を煽るだけ。
渡したのは恐らく占い師で、驚くべきことに殺したのは……あの男。
危ない橋を渡るなんて、らしくない。魔法使いを雇っているから、彼らにやらせるはずなのに。
その行動も占い師の助言によるもの。
確実に殺す方法は、あの男が直接手をくだすことだと。
プライドが高く他人に脅かされる人生を送るぐらいなら、罪を犯すほうがマシ。
いえ、罪の意識さえないのよね。
平民も、貴族でさえ所有物だと思い、生かすも殺すも自由にしていいと思い上がる。
王子として陛下の背中を見てきたはずなのに、よくもまぁ、あそこまで好き勝手に育ったものね。
「人間って甘やかされて育つとダメになるのよ」
誰とは名前を口にはしないけど数人が浮かんだ。
どこの親だって我が子は甘やかしたい。でも、限度がある。
自分こそが絶対。何をしても許される。
そんなふざけことしか考えさせない教育しかしてこない親は、親ではない。
教育が間違っているとわかっていながら指摘しない家族も、家族失格。
流されるだけ流されて、都合が悪くなれば誰かのせいにする。図々しさは一人前。
悪い人間の見本。教科書が作れそう。
ラジットの特殊魔法のおかけで、あの男と占い師の会話を聞けるだけでなく、証拠として録音もしてくれている。
王宮内の盗聴に証拠能力があるかは別として、このようなことが行われていたのだと真実を突きつけるぐらいはいいよね?
「そうだアリー。前世で王妃のお茶会に誘われた令嬢の中に、あの女いた?」
「いいえ。私だけよ」
毎年、アカデミー設立記念日には陛下と王妃が別々でパーティーとお茶会を開く。
王妃のお茶会には淑女として教養とマナーを身に付けた令嬢数人だけが招待状を受け取る。当然だけどあの子は論外。
陛下のパーティーには信頼と信用が厚く、陛下に忠誠を誓った家門に招待状が出される。こっちは毎年変わらない顔ぶれ。
いくら身内でも、この日だけは招待されていないと足を運ぶことは許されない。
ディーとソフィア様が出席したという噂は聞いたことはなかった。
あの男も同様で、代わりに王妃のお茶会に参加している。
創立記念日は季節が秋に移り変わる少し前。
このタイミングで聞いてくるってことは、今回は私ではなくあの子がお茶会に呼ばれるということ。
それはそれでいい。
ただ……そのお茶会で令嬢達に魅了香を渡してあの子の言いなりにするつもりらしい。
アカデミーであの子の評判がよろしくないことに焦っているのか、無理やりにでもあの子の立場を良くしようと必死。
私と一緒ならともかく、ローズ家からあの子だけを招待すればあらぬ誤解を招くとは思わないのね。
例えば……あの男とあの子の仲を王妃が取り持とうとしてる、とか。
私には関係ないことだから、その日はディーと出掛けようかしら。
その前に魅了香をどうにかしないと。
以前、シャロンが持っていた偽物とすり替えられたらいいんだけど。
「ねぇシャロン。お茶会のメンバーってもう決まってる?」
「いいえ。まだよ。リストは作ってる途中」
それなのに、あの子の参加は決定している。おかしな話。
「策ある?」
「うん。一応」
「もしかして誰かに力を借りること?頼みずらい相手とか。それなら私に任せてよ。誰に何を頼めばいい?」
「どうして……。シャロンはいつもそうなの……。ずっと私の味方でいてくれて、それでいて……」
私から本音を無理に聞き出そうとしない。私が話すのを待っててくれる。
シャロンは小さく首を傾げながらキョトンとした。
「言ったじゃない。嫌な役目は私が引き受けるって。だから何でも言ってね」
ミルクが混ざったコーヒーは飲みやすいらしく、口元が綻んだ。